脅威の侵略者編 第八章
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先ほどの対面から数刻後、雷門中学と真帝国学園の試合が始まることとなった。木暮の加入のおかげで花織は選手として出場する必要はなく、ベンチでマネージャーとしての仕事をこなすことになった。しかし万が一のことを想定し、いつも通りの背番号17番の雷門ユニフォームを着用している。
「花織! ……大丈夫だったか?」
心配そうに着替えから戻ってきた花織に風丸がすぐさま駆けより、声を掛けた。彼の表情は複雑そうでやや悲しげに花織を見つめている。
「うん。……平気、何もされてないよ」
「すまない、俺が不甲斐ないせいで……。花織をもう、あんな目に遭わせないって言ったのに」
申し訳なさそうに風丸が視線を花織から背けようとする。だが、その彼の視線が花織の膝を捕えた。彼女の膝に真新しい傷があった。流血はしていないようだが、それは止血された後の為のようで、その傷は痛々しく存在している。
「花織、足の怪我どうしたんだ?」
「え? ……何でもないよ、ちょっと擦り剥いちゃって」
花織が笑って大丈夫、と風丸に言って見せる。この怪我は先ほど、不動に突き飛ばされ地面に膝をついたときに擦り剥いてしまったものだった。ジャージでなく制服を着用していたため膝が無防備になっており、こんな怪我をしてしまったのである。
「……本当か?本当に大丈夫なんだな?」
「うん。大丈夫だよ」
心なしか花織の元気がないようだ。風丸は目敏くそれを感じ取って歯痒い想いを感じる。花織をこんな目に遭わせた真帝国の者たちに対しての苛立ちもあったし、彼女を守りきれなかった自分の不甲斐なさも情けなくて堪らなかった。花織が何もなかったかのように振る舞うのも、自分の力の無さがありありと感じられるようで胸が痛くなった。
佐久間と源田を助けるため、その名目のもとに試合は開始された。花織はベンチにてピッチの様子を見つめる。試合前、うかない顔をしている風丸も気にかかったが、何より鬼道の様子が心配でならなかった。何かを危惧しているかのような、そんな表情を浮かべていた。何となく、嫌な予感がした。
そしてその嫌な予感は的中した。佐久間が円堂の前に立ち、シュートの態勢に入る。それと同時にセンターライン付近にいた鬼道が佐久間の方に向かって走り出した。
「やめろ、佐久間‼」
鬼道が叫ぶとほぼ変わらず、佐久間が指笛を吹く。すると地面から赤いペンギンが顔を出し、佐久間の足に噛みついた。鬼道がなおも叫び、佐久間を止めようとするが彼は止まらない。
「皇帝ペンギン一号―っ‼」
「それは禁断の技だぁ‼」
放たれた皇帝ペンギン一号に円堂がゴッドハンドを繰り出したが、ボールは止まらなかった。だが、佐久間の様子がおかしい。風丸は顔を顰めた、どうしてシュートを放った彼がこれほどまでに苦しげなのだろうか。佐久間は今、地に伏し息を荒げている。
「皇帝ペンギン一号は禁断の技だ、二度と使うな!」
「怖いのか……? 俺ごときに追い抜かれるのが」
鬼道の言葉に佐久間が狂気的な笑みを浮かべて言葉を吐いた。鬼道は首を振る。そして佐久間に訴えかけた。
「違う! このままではお前の身体が」
「敗北に価値はない。勝利のためなら俺は何度でも打つ……」
彼の眼には目の前の勝利しか見えていないようだった。鬼道の言葉を無視して、センターサークルに戻る。
鬼道は憎々しげに潜水艦の指令室へ目を向ける。円堂がゴールから動くのを見て、風丸も鬼道の元へ駆け寄った。
「鬼道! 禁断の技って……、どういう意味だ?それに二度と撃つなって」
きっとこのピッチにいる雷門の選手たち全員が感じている疑問だ。鬼道は眉間に皺をよせる。そして静かな声色で説明を始めた。
「皇帝ペンギン一号は影山零治が考案したシュート。恐ろしいほどの威力を持つ反面、全身の筋肉は悲鳴を上げ激痛が走る。身体に掛かる負担があまりにも大きい為、二度と使用しないよう禁断の技として封印された。……あの技を打つのは、一試合二回が限界。三回目は……」
「二度とサッカーができなくなるということか……」
そこまでするのか、風丸は顔を顰める。円堂が呟いた言葉が胸の中に木霊する。二度とサッカーができなくなる。そこまでして勝利を望むだろうか……、でも勝利を得たい気持ちはわかるような気がした。その時、円堂が腕を抑えて顔を顰める。鬼道が焦った様子で言葉を紡いだ。
「円堂! お前ももう一度まともに受けたら立っていられなくなる!」
「「‼」」
チーム内に衝撃が走る。その言葉はしっかりとベンチにいるマネージャーたちの元へも届いた。何ということだろう、使用者だけではなく相手にもダメージが行くのか。そんな、と花織の隣に居た秋が声を漏らす。花織も佐久間を見つめて拳を握った。そんなに勝利を得たいと思い詰めていたのか、しかも花織が見舞いに行ったあの頃からそんなふうに思っていたのだろうか。
「この試合の作戦が決まった。佐久間にボールを渡すな!」
試合の作戦を瞳子より任されている鬼道が宣言する。チームメイトは鬼道の言葉に頷いた。
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5
だが、そう一筋縄ではいかなかった。禁断の技を使うのは佐久間だけではなかったのだ。鬼道、一之瀬、染岡が放った皇帝ペンギン二号をゴールキーパー源田がビーストファングという技で受け止めた。そして彼も佐久間のようにボールを止めた直後に苦しみ始めたのだ。
雷門にとって苦しい試合だった。佐久間にはボールを渡さぬよう、細心の注意を払わねばならないし、シュートをしようにしても源田に技を出させるわけにはいかない。結局試合は動かないまま、前半が終了した。選手たちは明らかに消耗した様子の佐久間と源田に不安げな面持ちを隠せないでいた。
「二人を守るためにも試合を中止した方が……」
秋がぽつりとそう呟いた。花織はその言葉に振り返る。秋の言葉に賛成だった、これ以上試合を続けることで彼らの選手生命が断たれる危険がある。今は影山のせいで正常な判断ができていないのだろうが、正気に戻れば彼らはきっと苦しむだろう。
「そうだな。そうすれば禁断の技を使わせずに済む」
「試合中止は認めないわよ」
だがそうは問屋が降ろさなかった。監督はいつものように無表情に選手たちに告げる。
「後半は私の指示に従ってもらうわ。吹雪くんはフォワードに戻って。皆勝つためのプレーをしなさい」
瞳子の言葉に花織は顔を顰めた。何を言ってるのだろう、この人は。試合に勝たなければならないのだということはわかる。でもそんなことをすれば佐久間にボールが渡るリスクも、源田に向かってシュートを打ち、ビーストファングを使わせてしまうリスクも高くなる。
「でも、それじゃ佐久間君たちが……」
「これは監督命令よ! 私の目的はエイリア学園を倒すこと、この試合にも負けるわけにはいかない!」
花織は強くこぶしを握りしめた。それでいいのだろうか、試合に勝てば相手チームのことはどうでもいいとでもいうのだろうか。そんなの余りに無責任ではないか。花織はじわじわと沸き起こる怒りを堪えて監督の方へ歩を進める。だがそれは鬼道の言葉に遮られた。
「試合を続けよう。……たしかに試合を中止すれば佐久間たちの身体を守ることはできる。だが、この試合は佐久間たちの目を覚まさせるための試合。今のアイツらにはサッカーを通してでなければわかってもらえないんだ。勝つことに禁断の技など必要ないということを。もしここで試合をやめれば佐久間たちは完全に影山の影響下に置かれてしまう。そして……、いずれあの技を使って二度と試合できない身体に」
花織は鬼道を振り返った。それでも、と言いたかった。だが鬼道が下したのは苦渋の決断だったはずだ。仲間を守るため、一番何が必要なのか。これは鬼道と彼らの問題だ。外野の花織が口を挟み、ごちゃごちゃと意見を述べる筋合いはない。鬼道が言うならきっとそれが最善なのだ。
「やはりこの試合で救い出すしかない!」
花織がずっと不安げに鬼道を見つめていた。……仕方のないことだと思う。試合前、花織の身に何があったのか、俺にはわからないのだから。今はこの試合に専念して、佐久間と源田の目を覚まさせる。それだけだ。
後半開始後、不可能に近かった源田に技を出させずにシュートを決めるということを吹雪と染岡がやってのけた。染岡がワイバーンクラッシュの体勢から吹雪にアシストをだし、エターナルブリザードで決めるというこの技は目金によってワイバーンブリザードと名付けられた。
だが、その直後不動が染岡の足目掛けてスライディングをかまし、彼は足を負傷してしまった。花織と秋は彼らの元へ駆けより、染岡の足の治療を行う。だが彼の足の怪我は今日の試合でプレーできるようなものではなかった。
「これ以上の試合は無理だわ」
秋が染岡の足に触れながら呟いた。円堂が目金に視線をやったが、彼もまた捻挫が治っていない。花織は胸に手を当て円堂に言葉を掛ける。自分も、彼らにとってみればきっと邪魔者であっただろう自分も彼らの目を覚ます役に立ちたいと思った。
「キャプテン、私が出ます!」
「よし、わかった」
「……っ、交代は無しだ!」
花織が交代を頼もうとしたが、染岡が円堂を遮って立ち上がる。立ち上がることにすら彼は支えを要するようだった。秋が心配そうに彼の脇を支える。だが彼は苦しげに円堂の肩を掴み、訴えかけた。
「月島とは交代しねえ……。役に立たないかもしれないが、ピッチに置いてくれ!影山なんかに負けたくねえんだ!……それに、アイツらの気持ちもわかるんだよ」
「染岡くん……」
染岡が苦しげに呟く、花織が心配そうに彼の名を呼んだ。そうすれば染岡は強がって花織に笑って見せた。頼もしいが、明らかに強がるその笑顔に花織は胸苦しい思いだった。
試合は染岡をピッチに置いたまま続行された。その後は、ほとんど動きはなかった。だが残り時間少なになって不動に守備を突破され、二度目の皇帝ペンギン一号が放たれる。それは鬼道のカバーによって決まることは無かったが、佐久間への身体のダメージは相当なものだった。
「何故わからない⁉ 二度とサッカーができなくなるんだぞ⁉」
鬼道が叫び佐久間の肩を掴んで訴えかける。佐久間は苦しげな表情を見せながらも、狂気に染まった笑みを浮かべ続けていた。そして鬼道に向けて話を始める。
「わからないだろうな、鬼道。俺はずっと羨ましかった……。力を持っているお前は先へ進んでいく。俺はどんなに努力してもお前に追いつけない。同じフィールドを走っているのに、俺にはお前の世界が見えないんだよ」
佐久間は鬼道を突き飛ばし、なおも続けた。
「だが、皇帝ペンギン一号があればお前に追いつける。いや追い越せる。お前にすら手の届かないレベルにたどり着けるんだ」
どくん、その話を近くで聞いていた風丸は自分の胸が大きく脈を打つのを感じた。痛いほど佐久間の言っていることが理解できた。俺だって、エイリア学園を倒せるレベルになれるのなら、吹雪を超え圧倒的に速い存在になれるのならどんな手段だって使うだろう。
――――力が欲しいんだ。
この頃ずっと感じている感覚、努力しても報われないのではないか。白恋で吹雪が加入した時からずっと思い悩んでいる。円堂は特訓すればどうにかなるといった、勝てないことなどないと。今まで俺はその言葉を盲信していた。でも今はその円堂の言葉が信じられない。そんな慰め、信じられないと思うようになっていた。
俺が佐久間や源田の立場だったとしても、同じことをしたかもしれない。
後半終了目前、三度目の皇帝ペンギン一号が放たれた。染岡の捨て身のカバーに寄って雷門のゴールは守られた。だがシュートを打った佐久間は、もはやその場に立っていることができなかった。全身の筋肉は悲鳴を上げ、激痛が彼の身体を蝕んだ。
彼は足元からピッチの上に崩れ落ち、もう自力で立ち上がることはできなかった。