脅威の侵略者編 第八章
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花織が不動に引きずられてやってきた場所は潜水艦内にあるサッカーグラウンドだった。その中央に円堂と鬼道の姿が見える。そしてその奥、どこか見覚えのあるふたりが彼らの前に立っていた。花織は目を凝らす、程なくして花織はそれがいったい誰であるかを悟った。
「……!」
「フン……、どうやら鬼道クンの彼女も知り合いだったみたいだなあ」
彼らの傍に歩み寄って不動が制止する。花織は信じられないとばかりに彼らを凝視した。円堂と鬼道の前に立ち塞がる二人、それは帝国学園サッカー部の参謀佐久間、そしてゴールキーパーの源田に間違いなかった。
――――どうしてよりによってこの二人が。
花織は左手で自らの口元を抑えた。誰より鬼道の傍にいた、帝国学園サッカー部の中心にいた彼らがこんなことをしているのだろうか。前に会った時、稲妻総合病院でも純粋に鬼道を応援していた彼らがどうして。
「何故だ……」
鬼道がわなわなと肩を震わせて呟いた。彼もまた花織と同じで目の前の現実が信じられない思いだった。佐久間と源田、どちらも自分にとって信頼のおける仲間だ。そのはずの彼らが今、冷たい目で自分を見据えている。
「何故だ! 何故お前たちがアイツに従う⁉」
鬼道は叫んだ。……洗脳されているのか?まず思ったのはそれだった。いくら何でも影山の汚さを、身を以て知っている帝国イレブンの彼らが自分で望んでこんなところに。影山の配下にいるわけがないと思った。そうであってほしいと思った。だが、彼らの言葉は簡単に鬼道の願いを裏切った。
「強さだよ」
源田がはっきりと一言呟く。だがそれは、彼らが自分の意思で影山の元に着いたという説明に十分な言葉だった。
「強さ? 強さだけを求めた結果が、あの影山のチームだったんじゃないのかよ⁉」
「俺たちはそこから新たな一歩を踏み出したはずだろう」
円堂が源田の言葉に食って掛かった。それに鬼道が続く。絶対に勝てる試合しかしない、仮初の王者帝国学園。その歴史を打消し、正々堂々王者として君臨しようと誓った。そのはずだろうと鬼道は訴えた。だが源田も佐久間も冷め切った眼で鬼道を見据えていた。
「俺たちを見捨てて雷門に行ったお前に何がわかる」
見下すように佐久間が吐き捨てた言葉は鬼道の胸に鋭く突き刺さった。鬼道は、心の中で常々気にしていた。帝国の皆は自分が雷門に行ったことをどう思っているだろうと。恨まれていやしないかと。だから佐久間の言葉は胸に痛かった。動揺を隠すように鬼道は胸の内を吐き出す。
「ち、違う! お前たちを見捨てたわけじゃない! ……俺は、自分が許せなかった。チームメイトを助けられなかった自分が。……だから!」
「綺麗ごとを言うな‼ ……お前が欲しかったのも強さだ!」
源田が鬼道を指差す。鬼道は怯んだ、確かにそうかもしれないと思った。世宇子との試合、自分がピッチに立つ前に試合が終わっていた。目の前には地に伏す仲間たち、何人が病院送りになっただろう。どれだけ自分の不甲斐なさを悔いたことだろう。だから彼らの為にも世宇子を倒したかった。俺が仇を取ってやったとでも言いたかったのかもしれない……。
だが、そうやって言い訳をしても鬼道が欲しかったのは源田の言うとおり強さだった。世宇子を倒す力が、チャンスが欲しかった。だから雷門へ転校してきた。世宇子に勝利をしたことで自分たち帝国の雪辱も晴らされたものだと思っていた。鬼道は胸の内で苦い思いを感じながらも彼らに説得の言葉を掛けた。
「そのためにあの影山についてもいいのか……? 影山が何をやったか覚えているだろう!」
力を求めたのは自分も同じかもしれない。だが、影山の元へ傅くというのは悪魔に魂を売るのと同等だ。いったいどんな目に遭わされるか分からない。鬼道は最早懇願と言える口調で源田と佐久間の元へ歩みよった。
「源田、俺たちと一緒に来い。なあ、佐久間も……一緒に」
乾いた音がフィールドに響く。差し出した鬼道の手を佐久間が叩いたのだ。円堂と鬼道、そして花織は息を呑む。鬼道の手を叩いた佐久間の眼は鬼道の説得を全く聞き入れていないようだった。冷たく鬼道を睨み、お前にはわからないさ、と吐き捨てるように言う。花織の隣でニヤニヤと楽しげに笑っていた不動が彼らに向かって野次を飛ばした。
「おいおいわかっちゃいねえな。鬼道クンはよお、それだけじゃねえよなあ。なあ佐久間?」
「ああ、それだけじゃないさ。……雷門に行ったときはさぞ嬉しかっただろう、鬼道。好きな女とずっと一緒に居られることになって」
睨み殺さん勢いで佐久間が花織の方を見た。鬼道も花織もいきなり話の矛先が花織に向いたことに動揺する。状況のつかめないふたりをせせら笑いながら佐久間の言葉に源田も続く。
「負けた俺たちを捨て、雷門へ行けばお前の大好きな月島が傍にいてくれただろうな。月島の応援の中での勝利気持ちよかっただろう。俺たち帝国のことを忘れるくらいにはな」
厭味ったらしい言葉だった。彼ら、佐久間と源田は鬼道が愛してやまない花織に対してあまり良い感情を抱いていなかった。確かに花織に惹かれる鬼道の気持ちは分からないでもない、と思っていたが鬼道を盲目にしてしまいかねないという存在だと思い、帝国に居た時から彼女のことは不安視していた。
そして今になって思うのは、この女が雷門でなく帝国にいたなら、鬼道は雷門に行かなかったのではないだろうかという考えだ。逆に花織が雷門に居たから鬼道は躊躇うことなく帝国を去っていったのではないか、そういうことだ。
だがその考えは全くの見当違いだった。確かに花織の傍に居られることを喜びはした。だが、花織がいるから等というしょうもない理由で鬼道は雷門へ行ったわけではない。鬼道は頭を振った。
「アイツは……、花織は関係ない! 何故そんなことを言う⁉」
狼狽して鬼道は彼らの言葉を否定する。だが鬼道が必死に否定するためか、佐久間も源田も彼の訴えを鼻で笑うばかりだった。畳みかけるように鬼道を非難する言葉を綴る。
「あの女と仲睦まじく俺たちの見舞いに来たのは誰だ? お前だろう鬼道」
「あの女が今も帝国にいれば多少でも未練を感じてくれたんだろうな? 負けを喫した、あの女がいない帝国はもう用済みってわけだろう」
あの女、と花織を睨むふたりの眼には花織に対する敵意の様なものが含まれていた。花織はその視線に耐えかねて顔を背ける。だが、意を決し源田と佐久間に視線を戻した。
「き……、鬼道さんがそんな浅はかな考えで雷門に来るはずがありません! 鬼道さんは帝国の皆さんの雪辱を晴らそうとして……」
「黙れ‼ お前に何がわかるっ‼」
佐久間が憤慨した様子で花織に怒鳴った。花織はその剣幕にびくりと肩を揺らし、怯んだ。佐久間は今にも花織に殴り掛からんばかりの勢いで花織に言葉をぶつけた。
「敗北の屈辱を味わったことの無い陸上部員に何がわかる⁉ 自分の力で勝利を得たことの無いお前なんかに、無残に負け見捨てられた俺たちの気持ちが分かるもんか‼」
「王者の地位から引き摺り下ろされた俺たちサッカー部の気持ちなど、一人悠々自適に陸上をしていたお前なぞには分からないだろう」
「……っ」
花織は何も言えずに俯き、視線を外した。わからない、だろう。花織に彼らの心情を完璧に悟ることなどできない。彼らの言うとおり、確かに花織は彼らの立場に立ったことは無いし、彼らの何を知っているというわけでもない。
「やめろ! 花織は関係ないだろう!」
「あーあ、可哀想になあ。信頼してたキャプテンは大好きな女のケツ追っかけて、さっさと帝国を捨てちまうんだもんなあ?」
鬼道が花織を庇う言葉を発すれば、それに被せるように不動が花織を一瞥しながら嗤った。佐久間と源田が再び鬼道に視線を戻した。そして鬼道に恨みの言葉をつらつらと連ねる。
「あの時……。俺たちが病院のベッドの上でどれだけ苦しい思いをしたか、お前には分からないさ」
「動けないベッドの上で俺たちがどんな思いだったか……」
「雷門イレブンに入り、勝利やすべてを得たお前には絶対分からない」
「お前には勝利の喜びがあったろうが、俺たちには敗北の屈辱しかなかったんだよ」
まるで呪いの言葉だった。花織に激昂した時の様子とは比べ物にならないほど静かに、冷酷に鬼道に彼らは言葉を浴びせた。鬼道は俯いた、ゴーグルがあるため彼の表情の詳細は花織からは分からなかったが強くこぶしを握っているのが遠目からでも見て取れた。
「すまなかった」
鬼道が二人の前に歩み出て頭を下げた。円堂と花織が呟くように鬼道の名を呼ぶ。
「……はははっ‼ あの帝国の鬼道が人に頭下げてるよ‼」
不動がケラケラと笑う。帝国学園サッカー部の元キャプテン鬼道有人。帝国学園に居た時には、学園中の人間から崇められる存在だった。花織も未だに敬称を付けて彼を呼んでいる。一般の生徒であれば様付けで彼を呼ぶものもいるほどの人物。その彼が人に頭を下げているというのがよほど面白いらしい。だが、鬼道は不動の挑発を完全に無視していた。
「すまなかった。お前たちの気持ちも考えず、自分だけの考えで行動してしまった。何度でも謝る、だから影山に従うのはやめてくれ」
鬼道の肩は震えている。円堂も花織もどうか佐久間たちが鬼道の話を聞き入れてくれるよう、祈る様な気持ちで成り行きを見守る。だが今の彼らに鬼道の気持ちは届かなかった。
「遅いんだよ‼」
佐久間が渾身の力で手に持っていたサッカーボールを鬼道に向かって蹴りこんだ。そのボールは鬼道に命中し、彼の身体は数メートル吹き飛ばされた。
「鬼道!」
「鬼道さん!」
円堂が鬼道の元へ駆け寄る。花織も彼の名を叫んで鬼道の元へ歩み寄ろうとしたが、それは不動によって阻まれてしまった。円堂は鬼道を助け起こそうとしたが、鬼道は助けはいらないとばかりに円堂の手を跳ね除ける。不動がこぼれたボールを佐久間にパスした。
「佐久間……」
「敗北の屈辱は勝利の喜びで拭うしかないんだよ」
無感情な声色で佐久間が呟く。と同時に再び佐久間が勢いよく鬼道にボールを蹴りこんだ。先ほどよりも威力は無かったようだが、鬼道は顔を顰めて呻く。円堂が鬼道に言葉を掛けたが、鬼道は取り合う様子もなかった。
「これは俺とこいつらの問題だ……」
「そうそう、手は出さないほうがいいぜ」
鬼道が苦しげに吐き出した言葉に不動が笑いながら同調する。再び転がってきたボールを彼は佐久間に渡そうとした。花織は何とかそれを阻止しようと隙を見て不動の手を振り払い、ボールを奪おうと足を延ばした。
「……っ‼」
だが不動は華麗に花織を避け、佐久間にパスを送る。そして勢いそのままに花織の鳩尾に肘鉄を打ち込んだ。せき込み、花織が蹲ろうとすれば上腕をぐいと掴まれ邪魔するなっつってんだろ、と睨みつけられる。鬼道は一瞬花織の方へ気を取られていたようだが、それをしてしまうと佐久間たちの神経を逆撫でしかねない、と瞬時に思ったようで何も言わずに佐久間へ視線を戻した。
「どうしても影山から離れないのか?」
「そうだ、総帥だけが俺たちを強くしてくれるんだっ‼」
今度は源田の言葉と共に佐久間からボールが放たれる。鬼道は苦渋に満ちた表情で彼らを見据える。
「俺たちのサッカーは」
「俺たちのサッカー?」
鬼道の言葉をあざ笑うかのような声色で佐久間が鬼道の言葉を復唱した。それと同時に不動が花織を勢いよく突き飛ばす。花織は地面に膝をつき、倒れ込む。佐久間の視線がちらとそれを捕えた。
「……俺たちのサッカーは負けたじゃないか‼」
「……!」
叫びと共に放たれたボールの軌道は完全に先ほどとは違うものだった。全員がそれに気づき、それぞれの反応を取った。鬼道も円堂も彼女の名を叫んで走り出す。不動の表情がにやりと歪められた。花織は唐突な出来事に身動きできず、一秒後には来るであろう衝撃を覚悟して固く目を瞑った。
「……っ!」
間一髪で円堂がパンチングでボールを弾く。ボールは遠く、あらぬ方向へ吹き飛ばされていった。その後すぐに鬼道が花織の元へ歩み寄り、花織の身体を支える。彼は大丈夫かと花織を心配する言葉を掛け、円堂の方へ視線を向ける。円堂はいつもとは違い、怒りを孕んだ目で佐久間と源田、そして不動を見据えた。
「影山に従うやつらに俺たちのサッカーなんて言わせない。俺は今までサッカーを楽しめばいいと思ってきた。勝ち負けはその結果だって」
花織が円堂を見上げる。円堂は言葉を続けた。
「だけど、今日は違う。お前たちの間違いを気付かせるためには戦って絶対に勝って見せる。みせてやるよ、本当の俺たちのサッカーを‼」
円堂がこぶしを突出し、声高に叫ぶ。佐久間たちの目を覚まさせるためには、実力で雷門が勝利を収めて見せ、影山の力など必要ないと分からせなければならないだろう。佐久間と源田、そして不動の三人は円堂の宣戦布告に笑みを浮かべる。
「今度はお前が敗北の屈辱を味わう番だ」
佐久間がそう言って踵を返す。源田も不動もそれに続いた。三人は潜水艦のさらに内部に向かって歩を進めていく。
「俺たちには秘策があるんだ」
一度だけ振り返って佐久間が吐き捨てた言葉に、花織の身体を支える鬼道が顔を顰めた。