FF編 第一章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
教室を出た半田は思いつめた表情をしていた。後は任せた。口ではどんな気障なセリフを吐けようと半田の心は穏やかではなかった。どんなに取り繕ったって胸が苦しい。だが決めた、決めたんだと自分に言い聞かせる。
「半田。君、保健室に忘れ物してるでしょ? 取ってきなよ」
素っ気なくマックスが頭の後ろに手を組みながら言った。半田は保健室に何も持って行ってないから忘れ物はするはずない。半田は怪訝そうにマックスに視線を寄せる。そんな半田にぼそりとマックスは呟いた。
「一人になってくれば?」
そう囁かれたマックスの言葉に半田は苦笑する。どれだけ取り繕っても普段の彼を知っているマックスには、彼の気持ちは分かってしまったようだ。たまにはマックスのいう事を素直に聞くのもいいかもしれない。
半田は二人に別れを告げて屋上に向かった。屋上にたどり着くとフェンスにもたれかかり、半田は空を見上げた。空の青さに圧倒されながら半田は思う。花織と仲良くなった時から、彼女が風丸のことを好きだなんてことはわかってた。自分も彼女が好きだったから見ていて、わかった。
しかし、そんなことで簡単に諦められるわけがない。恋など小学生の時から何回もした。しかしここまで複雑で叶わない想いを抱いたのは花織に対してが初めてだったのだ。
それなのに、他の男に任せるなんて。好きな人さえ自分で守ってやれないなんて。半田は笑う、だから半端だって言われるんだ。そう思いながらも半田の心は少しすっきりとし始めていた。花織が幸せなら、それでいい。たとえ傍から見て大袈裟であろうと心の底から彼はそう思っていた。
「……好きだったよ、花織」
半田の頬を静かに涙が伝う。悔しいのか、悲しいのか何が何だかもうすでに分からなかった。涙を抑えようと乱暴に目を擦り、半田は目を伏せる。心の中で彼の中では重大な決心をした。明日からも、今までと変わらずに友達でいよう。俺はそのために努力する。花織にとって誰よりも、いざというときに力になれる友達で在るように。
***
風丸はゆっくりと花織の傍へ歩み寄ると、すぐに椅子を引いて花織を座らせる。そして花織の顔を覗き込むように床に膝をつき、花織を見上げる。
「月島……。怪我、大丈夫か?」
「……うん。軽く捻っただけ、だから」
風丸の優しげな瞳から花織は視線を外しながら答える。
「月島……」
気まずい空気が流れる中、花織は風丸の声に再び視線を戻した。風丸を見るたび、どくんどくんと鼓動が早くなっていく。しかし、風丸に対する背徳感を覚えた。言わなければいけない、風丸の事が好きだと。そして彼の気持ちを傷つけたことにだって謝罪しなければならない。しかし、先に口を開いたのは風丸だった。
「あのさ、俺やっぱり月島が好きだ。振られても、お前がどんなに俺のこと嫌ってても月島のこと好きなんだ。たとえ俺を見てなくても、誰かの代わりでもいい。お前の傍にいさせてほしい」
風丸の真摯な言葉に花織の心は締め付けられるように痛くなる。私も好き、その言葉を楽に口にできればどれだけいいだろう。その言葉を花織が口にするためには一つの決心をせねばならなかった、鬼道を忘れること。一切彼を想わないこと。この約束を今ここで花織はできるだろうか。しかしこれは最後のチャンスだ。言わなければきっと後悔する。あの日は言って後悔した。でも言わなかったらもっと後悔するだろう。花織は風丸を見つめる。
「私も好きだよ、風丸くんのこと。多分、初めて一緒に走った時から好きだった。でもね……」
一瞬、言葉に詰まった。頭の中に鬼道のことが過り、花織は自分に言い聞かせる。待っていても彼が私を好いてくれるわけじゃない。好きでいても叶うはずがない。そう思っているのに、こんな大事な時に花織の中を支配するのは鬼道だけだった。やはり、風丸を代わりになんてできない。傷つけるのが怖い、傷つけられるのが怖い。
「月島……!」
随分と長く花織が風丸の問いに答えあぐねていると、風丸が花織を呼んだ。花織が我に返ると優しい顔をした風丸がいて、またきゅっと胸が切なくなる。
「俺は、お前の助けになりたい。月島がどんなに他の奴のことが好きでも俺が代わりになれるなら、それで月島が楽になるなら、俺はそれでいいから。本当に月島のこと好きなんだ」
花織は真っ直ぐな風丸の言葉に思わず顔を背けてしまう。そんなこと、言わないでほしい。どうして彼はこんなに優しいのだろう。これでは甘えてしまう。風丸の傍にいることを望んでしまう。
「私には忘れられない人がいる。今だってはっきりと風丸くんに対してと同じくらいあの人に好意を持ってる……。一緒にいたら彼と風丸くんを重ねて風丸くんを傷つけるかもしれない。それでもこんな……こんな狡い私でも、いいの?」
「俺は、月島の助けになれたらそれでいい」
風丸の言葉に思わず涙がこみ上げる。これほどまでに人に想ってもらえているという事実が胸に染みた。想い人からの優しい言葉はこれほど温かいものなのかと感じる。そしてその温かさの分だけ、あの人と風丸を比較することに対して罪悪感を覚える。花織は制服のスカートを掴み、ぽろぽろと涙を零した。
「私、風丸くんのこと傷つけたんだよ? それでも本当に……?」
刹那、ふわりと花織の身体は優しく風丸の腕に抱き寄せられていた。
「いいんだ、それでも。俺がそいつのこと忘れさせるから。だから、そいつじゃなくて……。今だけでも俺を見てほしい」
花織は頬に触れる彼の胸の温かさと、深い鼓動に目を伏せる。花織を抱く風丸のその腕は微かに震えていた。自分がどれだけ大切に思われているのか、その腕から伝わってくるようだった。優しい人、私が好きでいてもいい人。これから誰よりも大切にしていきたい人。
「……月島」
言葉をかけられ、花織が顔を上げると優しく目を細めて微笑む風丸の顔が目の前にあった。花織と風丸との視線が絡み合う。とくん、とくんとふたりの鼓動が早くなっていく。
「好きだ。お前が好きなんだ、月島」
とうとう、素直な気持ちが花織の口から零れた。
「私も。……風丸くんが、好き」
確認するように呟いて静かに花織は目を伏せる。ゆっくりと風丸の顔が自分に近付いてくるのが分かった。そして、優しく風丸と花織の唇が重なり合った。