脅威の侵略者編 第七章
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エイリア学園の脅威は終わらない。だが、それでもイナズマキャラバンには一種の安堵の様な空気が流れていた。何しろあれだけ派手に破壊活動を繰り広げていたジェミニストームをひとまず倒したのだ。それを思うと今度の敵だってどうにかなる、皆がそう思っていた。少なくとも今の時点では。
だからだろうか、今このキャラバン内には比較的ゆったりとした空気が流れている。夕食を済ませ、各々外で過ごしたり、キャラバン内で過ごしたりと様々だ。
風丸は現在、キャラバンの中で静かに一人の時間を過ごしていた。円堂は今、塔子とどこかへ行ってしまっているし、染岡は風丸の隣列の席で吹雪と話をしていた。目金と一年生たちは後部座席のほうでカードゲームらしきことをしている。何より、彼の恋人である花織はマネージャーの仕事で外に出ていた。
唯一、前方に座る鬼道だけが風丸のようにひとりで席に掛けているが、彼には話しかける気になれなかった。別に鬼道とは仲が悪いわけではないが、何となくそういう気分ではない。何より花織とよりを戻した今、用もないのに声を掛けるというのがどうも気まずい。
「ねえ風丸、今暇してる?」
そんなふうにぼんやりと時を過ごしていた風丸に、一之瀬が声を掛けた。風丸が驚いて振り返ってみると、背後の空いている席から一之瀬と土門がひょっこりとこちらに向けて顔を出している。
「ああ、別に暇だが……。何か用があるのか?」
「いいや、ただ良いモン見せようかなと思ってさ」
「良いもの?」
にやにやした土門の表情に、不思議そうに首を傾げながら風丸は彼らの方へ身体を向ける。いったい何を見せてくれるのか興味はあるようだった。土門は勿体ぶる様にそれを取り出すと、ほらと言って風丸の前に翳した。
「……⁉」
一瞬、それが何だかわからなかったがそれを見て風丸は目を白黒させた。土門の携帯の画面に映ったそれ。それは紛れもなく、メイド服を身に纏い、微笑む花織の姿だった。その姿からは微笑みかける相手に向ける優しさや、どこか哀しげな様子が見え隠れしている。
「……っ、何だその写真‼ どうして花織の!」
風丸は動揺して思わず声を荒げる。何故、土門の携帯に花織のそんな写真が?花織と土門はそんな関係だったのか?いやいやいや……、そんなはずはない。でもだったらどうして?
「へへ、隠し撮りって奴。……ほらあの時のだって、秋葉名戸の試合」
「え、あ……」
土門の言葉にようやく合点がいく。風丸はひとまず胸を撫で下ろした。土門が掲げるその写真は地区予選準決勝、秋葉名戸との試合の時の写真だろう。あの時、マネージャーはメイド服の着用が義務として言い渡されていた。その時の花織の写真。
普段の彼女も可愛いが、メイド服を着てみると何だかいつもとは違う印象を感じたことを覚えている。
「俺に送ってきた奴だな」
「はあ⁉」
ひょっこり、花織の名前に釣られたらしい鬼道が、風丸の背後から顔を出し、土門の携帯の写真を見ながら呟いた。風丸はそれにも驚いて振り返る。送ってきた……?ということは鬼道はこの写真を見たことがあるうえ、所持しているということだろうか?
「わあ、花織さんだね。可愛いなあ。いつ撮ったの?」
風丸が声を荒げるからだろうか、わらわらとギャラリーが集まり始め、今度は吹雪が脇から顔を出した。吹雪は携帯の写真を覗き込み、いつものように柔らかい笑顔を浮かべている。きっと常時の風丸なら、見るなと言ったところだが、今は完全に頭が回っていないようだった。呆然、という言葉が似合うように携帯の画面を凝視している。
「地区予選の時だな、秋葉の試合でマネージャーが着てたんだよ」
「へえ、じゃあ」
土門が吹雪の問いかけに説明すれば、一之瀬が少し期待するような声で土門に言葉を掛ける。土門はその意図を汲み携帯を弄ると、集まっているメンバーの前に画像を差し出した。
「もちろんあるぜ、ほら」
次に画面に映っていたのはマネージャー四人の集合写真だった。右から花織、春奈、夏未、秋の順に並びそれぞれがポーズをとっている。最も、夏未は恥ずかしそうに唇を噛みしめ、スカートを握り締めていただけであったが。各々、目的の人物を写真の中に見つけ、男子たちは歓声を上げる。
「へえ、みんな可愛いね」
「秋は結構ノリノリだったんだね」
「花織も春奈も愛らしいな」
「ははは……」
好き勝手に述べられる感想に土門が苦笑いをする。ひとりだけ普段なら絶対に言わないであろうことを呟いていたが、気にしてしまうと負けなのだろう。風丸はとにかく集合写真の、さっきとは打って変わって楽しそうな溌剌とした笑顔を浮かべる花織の姿を胸に収める。そして土門に向かって不服そうな表情を向けた。
「集合写真はともかく、花織の写真は消してくれないか」
花織の写真を見られたことは収穫だ。だが、それが自分以外の男の携帯に入っている、という事実がどうしても気に入らない。こうして公の眼に触れたことも。だからこそ、もうこんなことが無いように一刻も早く一枚目の写真は消してほしい。
「あれ、送ってもらわなくていいの?」
「……っ、いいよ、別に」
単純に湧いて出てきた、とでも言うような質問を吹雪が風丸に掛ける。風丸は少し惜しいような気がしてしまったが、それでもそっぽを無き、いらないという姿勢を貫いた。吹雪はそんな風丸の様子を見ながらクス、と笑みを零す。
「じゃあ僕は花織さんの写真、貰おうかな」
「俺も春奈と花織が映っている物は貰っておこう」
「……」
自重しない吹雪と開き直ったらしい鬼道が言う。風丸はますます不機嫌そうに顔を顰めながら黙り込んだ。この二人が本気でそんなことを言っているのか、ただ単に風丸をからかうために発言しているのか判別ができないところも腹が立つ、という風だった。
「風丸、顔が怖いよ」
ムッとした表情のままの風丸の肩を一之瀬が叩く。彼はほんの少し、呆れた様子で風丸に向けて笑みを浮かべていた。そして同じように呆れた様子の土門も携帯を仕舞いながら風丸に言った。
「送ってほしいなら言えばいいのにな。ま、風丸はいつでも実物が見られるからいいのか」「実物?」
「秋たち、記念にメイド服貰ってるんだよ。懐かしいなー……。そういや、メイド服着た花織ちゃん、風丸のこと"ご主人様"って呼んだんだよな」
「「えっ⁉」」
今度は事情を知らない面子が驚く番だった。そういえば、そんなこともあったか。花織が勝手にメイド喫茶のメイドに嫉妬して、風丸をご主人様と呼んだ事件。あの後しばらく土門にはご主人様♪などと言われて、からかわれていたことを思いだす。
「……」
「いいなあ、風丸くん」
今度は鬼道が恨めしそうに風丸を睨む番だった。次いで吹雪も本心なのかよくわからない言葉を吐く。風丸は曖昧に笑って視線を逸らした。そうすることしかできなかった。ただあの時の言葉を思い出すと嬉しいはずなのに、気恥ずかしくてたまらない。
「そういうわけで、風丸はいらないよな、写真なんて」
「……」
締めの言葉らしきものを土門が告げる。どうやらもうこれで風丸に見せたいものは無いようだった。風丸は何と言うべきかわからずに口籠る。本心では写真を消してしまうというのも惜しい気がする。だが、土門の携帯にそれを残しておくというのはどうしても嫌だった。何と言ったものか、俺に送ってその後消せ、というのは少し図々しいかもしれない。
「そうだね、いらないと思う」
そこへ、ここに居るメンバーにはあり得ない女の子の高い声が分け入った。ここに居た全員が驚いてその声の主を振り返る。そこには今まで散々話題に挙げていた彼女、花織が笑顔を浮かべてそこにいた。
「花織ちゃん、い、いつからそこに……」
「ご主人様の下りからかな……。土門くん、そんな写真持ってたんだ?絶対に消せ、とは言わないけど、悪用はしないでね」
こんな話をしていたのに上機嫌そうな花織は、悪戯っぽく笑みを浮かべる。そして自分の恋人の名を呼んで手招きをした。風丸が複雑そうな表情をして花織の元へ行くと花織は彼に優しく微笑みかけた。
「いらないと思うけど、もしそんな写真が入り用なら言ってね? 一郎太君の頼みならいつでもあのくらいできるから」
「……っ」
花織のある種大胆な発言に風丸は言葉を見失って声を詰まらせる。花織はくすくす笑いながら、それじゃあおやすみなさいと言ってキャラバンを降りて行った。後には真っ赤になった風丸とふたりの関係を見せつけられた土門らが残る。
「バカップル……」
冷めきったキャラバンの中で誰かが呟いた言葉を皮切りに、幸せ者め、愛されてるなー、ラブラブじゃんかというふたりの関係に呆れるような言葉が飛び交った。
そして、この話が完全に終結したその数日後、風丸の携帯に土門からメイド服姿の花織の写真が送られてきたのは、また別の話である。