FF編 第一章
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風丸は授業中だというのに、窓の外をぼんやりと眺めていた。花織に振られてから何もかもがどうでもよく感じていた。俺はそんなに月島のことが好きだったのか、そんなことを思って風丸は苦笑する。
続けて外を眺めていれば、授業中だというのに階下に生徒の姿が見えた。どういうことだろう、誰かが人をおぶっているようだ。風丸の中に一人の人物が浮かび上がる。あのおぶわれているほうの短い髪、どこか見覚えがあった。
(月島……?)
そう思っている内に二人は校舎の中へ入っていった。その人影が花織かと疑惑を抱いた瞬間、風丸の中で黒い感情が湧きあがった。誰だろう、気になって仕方ない。もしかすると花織の彼氏かもしれないと思うと酷く苛立ちが募る。だがよくよく考えると半田と仲の良いマックスが教室にいないようだ。
さっき授業中だというのに木野秋が廊下を歩いている姿を見た気がする。二人とも花織と仲の良い友人のはずだ。風丸はだんだんと周りのことが見え始め、気になってきた。先ほどの黒い感情よりも、花織にもしかしたら何かあったのかもしれないという不安の方が大きくなってきた。そわそわと風丸が辺りを見回していると教室の戸が静かに開く。
「遅れてすみません」
珍しくどこか悩むような表情でマックスが教室に戻ってきた。ざわざわとクラスメイトが何かあったのか、と彼に声を掛けるがマックスは何も言わなかった。風丸はちらと時計を見る、授業が終わるまで後数分。今日は職員会議があって、授業は五時間で終わりだ。すなわちこの授業で終わりになる。ホームルームが終わったら、何かあったのかをマックスに聞いてみようと風丸はそう思った。
ホームルーム終了後、風のように教室を立ち去ったマックスを追って、風丸は教室を出た。教室を出て彼を追いかけている間に様々な生徒の声を耳にした。花織が五限目の授業に出ていなかったこと、昼休みに怪我をしたらしい、今は保健室で休んでいるらしい。憶測にすぎないことだが妙に信憑性があって風丸はどんどん不安になった。
「おい、マックス、半田」
マックスが駆け込んだ花織や半田のクラスの教室に入り、すぐさま風丸は彼らに声を掛けた。彼らは何やら深刻そうに話し込んでいるようだった。風丸を見てハッとしたように二人は目を剥いている。すぐに半田が取り繕ったようにため息をついて風丸の声に応えた。
「ああ、風丸か。俺たちに何か用か?」
「月島に何かあったのか?」
単刀直入に風丸が問いかける。廊下で聞いた噂話で散々不安を煽られていた。彼は一刻も早く真相が知りたかった。風丸の問いに半田が苦虫を噛みつぶしたような顔をする。マックスもいつになく真剣な表情だった。一体何だっていうのだろう。風丸は怪訝そうに眉根を寄せる。
「花織は、陸上部の先輩に暴力を受けてた。部室で」
「!! ……どういうことだ?」
マックスの静かな声に風丸が目を見開く。花織に虐められる要素などどこにもないだろう、それに女子陸上の先輩たちはそんな人たちじゃないはずだ。
「お前を振ったからだって……。だからアイツら花織に」
「まあ……、それだけじゃなくって、花織が相当実力あったのも気に入らなかったみたい。最近噂になってたくらいだし、花織のこと陸上部の女子が目障りに感じてるって」
マックスはともかく、半田は酷く腹を立てているようだ。風丸は思う、半田がここまで腹を立てているのを見たことが無かった。そんな半田の前に立ちマックスが風丸を見上げる。その眼はいつもの無気力さは無く、とても真剣そうであった。
「風丸……、花織は君のことが好きみたいだよ」
「え?」
風丸はマックスの言葉に思わず声を漏らす。意味が分からなかった、自分は確かに昨日、想いには答えられないと彼女自身に告げられた。そんな彼女が自分を好いている? 風丸の瞳が動揺に揺れる。風丸が呆然としていると半田がマックスの言葉を繋いだ。
「花織は……、帝国の時に好きだったやつのことが今でも好きで……。だから混乱してる」
半田はそういうと花織が先ほど彼らに話したことを手短に風丸に伝えた。花織がどんな気持ちで風丸の告白を断ったのか、それを聞いて風丸は、深く胸が痛むとともに何かわからない、どす黒い感情が溢れるのを感じた。そんな風丸をちらりと一瞥するとマックスは続けた。
「花織は中途半端な気持ちで風丸の告白を受けたくなかったんだよ。髪を切ったのも、君のことを意識しないように……だって。……先輩たちのせいで捻挫までしちゃうし」
「捻挫!?」
愚痴るように呟かれたマックスの言葉に思わず風丸は叫んだ。花織が怪我をした、という事実にまるで臓腑を掴まれたような感覚に陥る。
陸上をする花織にとって足の怪我というのは致命的なものだ。酷くなくても数日間は確実に走れない。多少のブランクでもそれが選手のバランスを崩してしまう。そして花織をそうさせた原因の一端に風丸のことがある。決して風丸にどうこうできる話ではなかったのだが。どこか風丸は罪悪感のようなものを覚えた。それを察したのかマックスがその考えを否定する。
「それは風丸の責任じゃないよ。花織はね、自分の気持ちに踏ん切りをつけるためにあの場に行ったんだ。だから花織自身で一応選んだことなんだよ」
花織はちょっとバカだよね、そういってマックスはふっと笑った。しかし風丸の心はそう晴れない。その踏ん切りをつけなくならなくなった切っ掛けはやはり自分なのだ。今、先生から事情を聴かれているだろう花織を想うと風丸はきゅっと胸が締め付けられるように苦しくなった。
「俺は……」
「これを聞いて風丸がどうするのかは任せる。でも、できるなら花織を支えてやってほしいとボクは思うよ」
いつもなら言わないような言葉を紡ぐマックスに風丸はああ、と返事をした。半田はまだ不機嫌そうにそっぽを向いている。そのとき、音を立てて教室の戸が開いた。そこに立っていたのは秋とやはり短い髪の花織だった。マックスがふっと柔らかく微笑んで呟く。
「お姫様が来たね」
そしてすっと風丸の横をすり抜け、マックスは花織の元へと歩み寄った。マックスはいつの間にか自分の鞄を持っていて、帰る気満々だなと風丸は思わず苦笑してしまった。
「風丸……」
小さく半田が風丸を呼んだ。その表情はどこか決心したようで真剣だった。
「なんだ?」
「花織を頼む。……アイツのことを好きならお前が一番アイツを、花織を理解してやってほしいんだ」
風丸は息を飲む。風丸はこの言葉を聞いて、ようやく半田の花織に対する想いに気が付いた。だからだったのだ、花織の話をしている間、ずっと半田が不機嫌だったのは。そう思ってしまうと途端に、風丸は半田に対して申し訳なさが込み上げきた。すまない、心の中でそう半田に謝罪する。声に出すのは余計に半田に失礼な気がした。
「ねぇ花織、風丸が君に話があるんだって」
「え……?」
突拍子のないマックスの言葉に風丸が花織の方を向くと、花織と視線が絡み合った。花織は不思議そうな、それでいて悲しそうな表情をしていた。風丸は花織をじっと見つめる。足には包帯を巻いて、秋に支えられている花織は痛々しかった、顔も泣いたのか目が腫れていた。それでも風丸の視線が行くのは、やはり髪だった。風丸がじっと花織を見つめていると半田が鞄を持ち上げ風丸の横をすり抜ける。後は任せたから、そう呟いて。
「じゃあ俺たちは邪魔しちゃ悪いから帰るか!」
「そうだね。木野もそうするよね?」
半田の言葉にマックスが頷く。秋は二人の会話でこれからいったい何があるのか、状況が分かったようでうんと返事をして鞄を取った。花織が動揺に声を漏らす、あまり風丸とふたりきりにしてほしくなかった。話をするにも誰かに傍にいてほしかった。
「秋ちゃん……」
「花織ちゃんは風丸くんと話してから。ね」
子どもを諭すような言い方で、秋が花織に告げると三人は教室を出て行った。取り残された花織は戸惑いを表情に浮かべ、俯いた。風丸は静かに花織に歩み寄る。そしてゆっくりと口を開いた。