脅威の侵略者編 第六章
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「痛……っ」
すてん、そんな効果音が付きそうな勢いで花織は雪の中に尻餅をついた。選手たちよりも練習時間が少ないせいか、中々上達しない。転ぶ回数は少しずつ減っているし、スピードも少しずつ出てきているがやはり皆の上達スピードには追いつかない。
「花織、大丈夫か?」
慣れた様子で風丸が花織の傍まで滑り降りてくる。彼は朝練の成果もあってかとても上達している。障害物として設置されている雪玉を避けることも容易になっていた。彼は心配そうに花織を覗き込んだ。
「怪我、してないか?」
「うん……。でも本当に中々上手く滑れなくて。早く一郎太くんと並んで滑りたいのに」
早朝、練習の時はよろしくとは言ったものの、練習レベルに差が付きすぎて一緒に練習するに至れていなかった。悔しそうに呟き、花織は俯く。風丸は花織の怪我が心配やら、彼女の発言が嬉しいやらで何とも言い難い表情をした。その場に止まりつつ、風丸は花織の肩を叩く。
「焦る必要はないさ。……俺に教えるほどの技術はないが、花織に合わせて滑ることはできる」
風丸が諭すような口調で言う。だが花織は首を振った、そう言った風丸に対して花織は少し厳しい目をして見上げる。
「それはダメ。私のレベルに合わせてたらレベルアップなんてできないでしょ? 一郎太くんは自分のペースで練習してほしいの」
「……そ、そうだな」
花織の勢いに押されて風丸が言葉を詰まらせる。花織は他人にレベルを合わせられるのを嫌う。以前、一緒に練習していた時は風丸が少しでも手を抜こうものなら、滅多に怒ることの無い花織が不機嫌そうに指摘をするのだ。
「どうしたの?」
その時、ふんわりとした声が2人の間に分け入った。彼らが声の主を見やると華麗なボード捌きで吹雪がふたりの傍に停止する。雪が綺麗に流れてゆく。吹雪の白いマフラーが風に静かに持ち上げられた。
「吹雪くん」
「花織さんに風丸くん、こんなところに立ち止まってちゃ危ないよ」
昨日もこんなことを吹雪に言われたような気がする。花織は苦笑しながらごめんなさい、と吹雪に謝った。
しかし、それにしても吹雪は強かというか、何というべきだろうか。花織と風丸の間に分け入る人間はほとんどいない。邪魔できるような空気じゃないからであるし、皆ふたりが恋人同士であると知っているから邪魔をする気にもならない。
吹雪がそれを知っているか知っていないかは定かではないが、このふたりの空気の中に飛び込めることは本当に凄いことである。いろいろな意味で。
「そういえば、花織さん。スノボー教えるって約束してたね。よかったら今から教えてあげるよ」
ハッとした様子で花織が吹雪を見上げる。吹雪が小首を傾げて花織を見つめた。花織は昨日が言っていたことを思いだしていた。そういえば彼は昨日、スノーボードを教えてくれると言っていた。
「えっと……、じゃあお言葉に甘えようかな」
「うん、いいよ」
吹雪がふわりと穏やかな微笑を浮かべた。
「花織」
風丸が少し咎めるような口調で彼女を呼んだ。その眉間には皺が寄せられている。少し気に入らなかったのだ、自分の申し出は断ったのに、彼女だって自分が嫉妬深いということを知っているはずなのに。……それに何も吹雪に教わる必要はないじゃないか、彼はそう思った。
「一郎太くん、ごめん。でも私、早く一郎太くんと一緒に滑れるようになりたいから。その一番の近道は経験者の吹雪くんに教えてもらうことだと思う」
彼女の言葉は正論だ。風丸だってそんなことは分かっている、花織が真面目できっと吹雪と一緒に練習するということに他意がないことだって分かっている。以前付き合っていた時から花織はずっと風丸に誠実にあろうとしてくれた、昨日だってそれを証明してくれた。わかっているはずなのに……。
胸に渦巻く言いようのない感覚。ダメだ、といえば花織は俺を心の狭い人間だと思うだろうか。実際宣言しておきながら、花織にそんなことを思われるのは嫌だった。渋い顔をして風丸は黙り込んでいた。そんな彼の手に花織は自分の手を乗せる。
「一郎太くんと一緒に練習できるように、私頑張るから」
真摯な目、絶対に下心などなく一生懸命風丸の隣に立とうと努力したいと望む目。こういうところ、円堂に似てる。目標に向かって直向きに努力するところが円堂に似ている。風丸はじっと自分を見つめてくる花織から目を逸らした。彼は花織の目に弱い。
「……仕方ないな」
「ありがとう、一郎太くん」
少しため息をついて風丸が了承ともいえる言葉を呟く。花織は彼の意を汲んで申し訳なさそうに礼を言った。構わない、と風丸は花織に言いつつ雪道を滑り始める。実際、花織と吹雪を2人きりにすることは気のりしないが、花織が自分の為にと努力する姿は他の人間に対して優越感を覚えた。
風丸が滑り去った後、花織はようやく不安定ながらに立ち上がる。長々と座っていたせいでお尻が冷たかった。あまりの冷たさに花織が臀部に触れながら顔を顰めていると吹雪がねえ、と花織を呼んだ。
「花織さん、風丸くんと随分仲が良いんだね」
「え? あ、うん……。一応、その、彼氏だから……」
吹雪がいつもより少し低い声で問うた言葉に、花織は動揺しながらも答えた。その頬はほんのりと赤く、照れくさそうに表情が緩んでいるようだ。吹雪の眉が少し動く。
「じゃあ昨日言ってた好みの人は彼の事だったんだね」
「うん。だから彼と一緒に滑るためにも、ちゃんと滑れるようになりたくて。……風になりたいのも勿論だよ?」
照れたように、でも悪戯っぽく花織は笑って見せる。吹雪は何とも言えない思いを感じた。彼女は可愛い、普通の女の子と同様に。でもどうしてだろうか、それだけじゃなく目を奪われる。構いたくなってしまうようなそんな何かがある。
「不純な理由だけどごめんね、吹雪くん」
「……ううん。構わないよ」
でもどうしてだろうか。自分に優しくしてくれた花織が、他の人間に想いを抱いていると知ると少し不愉快な気分になった。