脅威の侵略者編 第六章
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昇り始めた朝日が一面に敷き詰められた雪をキラキラと輝かせる。
少しだけ早起きをした花織は教室を抜け出して外に出てきていた。もはや花織が消灯から起床の時間までの間に抜け出しをするのはすでに常習とも呼べるほどになっていた。このキャラバン生活に入ってから、どうやら彼女はショートスリーパーになったらしい。早朝に自主練をすることを考えるのも良いかもしれない、と花織は思った。
コートを着ていながらもやはり外は寒い。花織は白い息を吐きながらも雪が煌めく美しい景色に感動していた。冬はつとめて、という言葉もあることだし、本当に世界が儚く美しく見える。
花織は校舎の隅に屈んで掌に雪を掬い上げた。雪がひんやりとして手が悴むような感覚がする。何だかそれにも風情があって感慨深い。昨日も、一昨日も見ている雪なのに今日の雪は一際綺麗に見えた。……彼との関係に変化があったからだろうか。
自然と頬が緩んでしまう。昨晩、ようやく彼に自分の想いを改めて告げることができた。
長い間ずっと彼を悩ませてきた自分の気持ちの結論を彼に伝え、そして彼がそれを受け止めてくれた。昨日の事を思い出すだけで頬が火照る。特に特別なことはしていないのに何だかとても幸せだった。
「花織」
掌に乗せていた雪が滑り落ちる。名前を呼ばれて花織は振り返った、彼の声だった。そこにはスノーボードを持った円堂と風丸が立っていた。ぎゅっと雪を踏みしめる音がした。足元には二人分の足跡が並んでいる。
「おはよう、花織」
「おはよう! 早いな月島、どうしたんだ?」
彼らは笑顔で花織に挨拶をした。花織は立ち上がるとふっと微笑む。視線をちらりと風丸の方へと向ければ彼も花織の方を見ていた。
「おはようございます、一郎太くん、キャプテン。二人の方こそお早いですね、もしかして今から練習ですか?」
「ああ! 風になるためには特訓しないとな!」
風になるため、そういえば円堂も風丸も昨日はあまりスノーボードの練習が上手くいってなかった。それに昨晩も風丸はスピードの足りなさに悩んでいた。もしかしたら円堂が彼に提案してくれたのかもしれない。成長するには特訓あるのみなのだから。
「頑張ってくださいね。風になるために、エイリア学園に勝つためにも」
「おう! 行こうぜ、風丸」
花織の応援に円堂がこぶしを上げる。円堂はすぐさまゲレンデに向かって歩き出そうとしたが、風丸は歩を進めなかった。花織の方に視線を寄せたまま、円堂に告げる。
「先行っててくれ、すぐ行くから」
「? うん」
円堂は不思議そうな顔をしていたが、花織と風丸が付き合っているかどうかはともかく、仲良くしていることを知っている為か何も言わなかった。昨日のように風丸と花織だけが取り残される。円堂がいなくなると風丸は花織と距離を詰めた。
「花織」
「一郎太くん……」
どちらともなく照れくさそうに笑う。以前は当たり前だったのにこうやって向き合っていることが、何だかとてもくすぐったい様な気がしてしまう。それにこの光景、以前にもあったような気がした。
「何か、変な感じだね。……前はずっと一緒に居たのに」
「ああ、凄く。でも……また傍にいてくれるんだろ?」
風丸がいつもの大人びた微笑を浮かべて花織の髪に触れる。彼女の髪に触れるのも久しぶりだと思った。花織が以前髪を切ってから随分髪が伸びたと思う。自分と御揃いにしたいから伸ばすのだ、と言ってくれた花織。
沈黙がふたりを包む。お互い見つめ合って逸らすことは無かった。今まですれ違っていた時間を埋めるかのごとく見つめ合っていた。やっぱり睫毛が長い、風丸はここの所間近で見ていなかった花織の顔を見つめる。そのうち花織がくすりと笑った。
「早く行かないと、キャプテンが待ってるよ」
「あ……」
風丸は花織の言葉にハッとして声を漏らす。そういえば、円堂を先に行かせたままだった。花織とふたりっきりになったことで彼はすっかり円堂のことを忘れていたのである。風丸は苦笑しながら頭を掻く。
「そうだな。……花織、一緒に練習しないか?」
若干、まだ気まずさがあるのだろう。どことなく会話がぎこちない。風丸は花織とまだ一緒に居たかった。久しぶりにこうやって真っ向から話ができたのだから、まだ離れたくないと思っているのだ。しかし花織は風丸の提案に申し訳なさそうに首を振る。
「ごめんね。できることなら一緒に練習したいけど、そろそろ朝食の支度をしなきゃ」
「そうか」
心なしか残念そうに風丸が眉根を寄せる。花織は困ったように微笑んで髪を揺らした。花織もできることならば一緒に練習したいと思う。だがマネージャーとしての仕事をさぼるわけにはいかない。
「でも、……今日の練習には参加するつもりだから。その時は一緒に練習しよう?」
「! そうか、わかった」
花織の返答に彼はコロコロと表情を変える。花織は彼の表情が綻ぶと同時に彼の頬に素早くキスを落とした。再び不意を突かれて風丸が驚きの声を上げる。花織は悪戯っぽく微笑むとさらりと髪を揺らした。
「朝練頑張ってね、一郎太くん」
「……ああ!」
風丸も花織につられて微笑んだ。スノーボードを抱えなおして円堂が待つゲレンデへと掛けて行く。花織はその彼の後姿を、手を振って見送った。彼のポニーテールが揺れている。……私も頑張らなきゃ。
花織も意気込みを新たにして校舎へと戻る。彼らの力の源になる食事の準備をするために。上機嫌に花織は校舎へと急ぐ。建物の陰から雪を踏みしめる音が聞こえた。