脅威の侵略者編 第五章
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世界は静まり返っていた。ふたりが雪を踏みしめる音以外には、何も音を響かせない。校舎の中に入ってもふたりの足音だけが、廊下に響く。二階、階段脇の踊り場。不意に風丸は立ち止まった、花織は怪訝そうに彼を見る。
花織たちが間借りしているのは三階の教室、この階でないことは風丸も知っているはずだ。ふいに手を離され、花織は彼を呼ぶ。
「一郎太くん……」
「花織」
彼は何か言いたげな表情をしている。だがどうやら言葉が出てこないようで、気まずげに視線を泳がせている。彼は花織に問いたいことがたくさんあった。だがそれよりも先に花織は目を伏せ、彼に話を切り出した。
「聞いてほしいことがある。……フットボールフロンティアで優勝したら、一郎太くんに聞いてほしいって言った話。……聞いてくれる?」
「……ああ」
風丸は頷く。踊り場の窓から月の光が差し込んで二人を照らした。
「私は、私は……、今でも一郎太くんのことが好き。今までずっと一郎太くんを傷つけてきたけど……。それでもやっぱり一郎太くんが好き」
静かではっきりとした声だった。彼女の瞳は風丸を見据え、凛としている。その瞳からはもう彼女の想いに言ってんの曇りもないことが明らかであった。風丸の瞳が揺れる。彼女の想いには気づいていたにしても。
「だから、もう一度一郎太くんの傍にいさせてほしい。一郎太くんを誰よりも傍でサポートしたいの」
「……」
「もう、迷ったりしないから」
花織の言葉が嬉しかった。風丸は目を伏せる。花織が自分を選んだ、自分の隣に居ることを望んでくれた。自分の想いに答えてくれた。嬉しいことのはずだった。
しかし、今の風丸はそれでは満足しきれなかった。
花織は自分のものであってほしい。以前よりも大きな独占欲を抱えていた。以前のように花織が他の男と仲良くすることを良しとすることができるとは思えなかった。絶対に花織を束縛するという確信があった。
そうなれば花織はきっと苦しむ。
「お前の気持ちは嬉しい。……あんなことを言ったが、俺だって本当はお前を手放したくなんか無かった」
「一郎太くん……」
「でも寄りは戻さないほうがいい。お前の為にも」
風丸の言葉に花織はどうして、と言葉を漏らした。風丸は視線を逸らしながら淡々と理由を説明する。
「俺は、前にも言ったがそんなに優しい奴じゃないんだ。他の奴らと花織が仲良くすることも、話すことも気に入らない。俺だけを見てほしいって思ってる。……もしまたお前の傍にいられるようになったら、きっと前のように寛大ではいられない」
「……」
彼らしくない、といえるだろう。それほど大胆な束縛宣言であった。彼の頭には数人の仲間の顔が思い浮かんでいた。ライバルであった鬼道、妙に花織に親しげな一之瀬と土門、そして花織に馴れ馴れしく接する吹雪。その誰にも花織の心を渡したくない、触れさせたくない。そう思ってしまう。
花織はこぶしを握った。寸刻も、迷いはしなかった。
「それでもいい、一郎太くんの傍にいられるなら」
その言葉は一種の契約であった。風丸は花織に向き直り、花織を見据える。花織は胸がざわめくのを感じた。
初めてだった、彼を怖いと思うのは。どことなくギラギラしたような、瞳。月明かりで妙に煌めくせいだろうか、彼の瞳はとても嗜虐的に思えた。
「だったら、証明してくれないか? 俺のことだけを見てくれるって」
「……」
彼らしくない彼に、花織が少し動揺を見せる。すると風丸はクスッと笑みを零し、冗談だよと花織に笑んで見せた。その仕草はいつも通りの風丸のもので、花織は少し安堵する。彼は花織の身体をそっと抱き寄せ、花織の首筋に顔を埋めながら囁く。
「好きだ。……花織がまた、こんな俺を好きだって言ってくれて嬉しいよ」
「……一郎太くん」
花織は彼の背を叩いて彼の顔を上げさせる。風丸が花織から少し離れたと同時に花織は彼の頬を両手で包む、そうすると二人の瞳はかち合った。花織は真っ直ぐに風丸だけを見据えている、そんな彼女にどきりとしたのか風丸は少し動揺して視線を泳がせた。
花織はそっと目を伏せて風丸の顔に自らの顔を寄せた。自らの唇を彼のものに押し付ける。それは一瞬だったが、永遠のようにも感じられた。
ん、と少し風丸が声を漏らした。どうやら驚いたらしい。彼女の躊躇いの無い行為に風丸は唖然とする。数秒の間をおいて彼は状況を察すると、顔を真っ赤にした。
「え、あ……花織?」
「証明になるかは分からないけど……、これでいいかな」
花織はそういって風丸に笑って見せる。花織の言葉に彼は、その行為が、彼自身が出した先ほどの意地悪で自己中心的な問いかけの答えだと悟る。
「こんな、じゃないよ。……私、一郎太くんだから好きになったの。……遅くなってごめんね。でもやっと胸を張って答えられる、一郎太くんが誰よりも好きなんだって」
優しい花織の言葉に風丸は胸が高鳴るのを感じた。花織が愛おしくて思わず、笑みが漏れる。自分を見ようとしてくれる花織を見ていると満たされるような気分になった。何よりも”いつかは俺を見てほしい”と数カ月前に告げた願いを花織が叶えてくれたことが幸せだった。
「ありがとう、花織」
胸がいっぱいになって風丸は花織を再び抱き寄せる。先ほどまでは酷く寒かったはずなのに、少しも寒さを感じなくなっていた。月明かりがふたりを包み込む。月光も互いの体温も優しくお互いを包み込んでいた。