脅威の侵略者編 第五章
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もう消灯の時間を過ぎ廊下の明かりは落とされている。
花織は雷門中学の女子メンバーが間借りしている教室から数十メートル離れた廊下から窓の外を眺めていた。今は、雪は降っておらず、明るい星が空に散りばめられている。彼女は静かにそれを眺めていた。手には携帯が握り締められている。
校舎内だというのに凍てつくほど寒さを感じて、花織は少し身を震わす。自分の気持ちが落ち着かない……。何だか切なくなっているのだ。
そろそろ行こう。長居して誰かに見つかっても不味い。そう思い花織が携帯をポケットに仕舞いこんだ時だった。
「花織ちゃん」
囁くような柔らかい声が花織を呼んだ。花織はふっと振り返る。就寝用のジャージ姿の秋が花織の方を心配そうに見つめていた。
「消灯時間を過ぎてるのに戻ってこないから心配しちゃった。……どうしたの? こんな寒いところで」
秋は花織の方へと歩み寄りながら、花織に問い掛ける。花織は微笑んで後ろ手に手を組んだ。そして秋同様、廊下に響かないよう囁くような声で返答をする。咄嗟に思いついた答えだった。
「考え事、かな。……色々、どうしたらいいかわからないことがあって」
そういって花織は目を伏せる。秋は花織の言葉を察して目を見開いた。秋は何かあった?、と再び花織に問い掛ける。花織は首を振った。
「眠れないから少し散歩してくるね。……秋ちゃんは早く休んでた方がいいよ」
「え? 危ないよ、こんなに夜遅くに」
花織が秋に背を向け歩き出すと、秋の声が花織を追った。花織は振り返り、大丈夫と明るい様子で笑い掛ける。
「少し星を見て来るだけだから」
「あっ……」
秋は花織を引き留めようとするが彼女は振り向かずに行ってしまった。秋は立ち止まる。……花織なら、放って置いても大丈夫だろう。きっと思慮深い彼女は危険なことはしないだろうし、どの程度の行動が許されるものなのかわかっているだろう。やけになると自分を苦しめることもあるけれど、今は別にそんな感じではないし……、ともかく心配しすぎるのも問題かもしれない。
花織にもきっと一人きりになりたい時があるのだ。
秋と別れた花織は昇降口へたどり着くとふう、と息をついた。あの場は誤魔化せたのか何なのかよくわからないが、何とか外に出ることを告げられたのだからいいだろう。
花織が外に出ていたのは悩み事があったからではない。皆が寝静まった後、やはり一人で練習をしようとしていたからである。ただ秋に練習をしたいから等と言えば、絶対に反対され外出を禁じられてしまうだろう。
花織は靴ひもを結びなおして軽くストレッチをした。雪がそこらに積もっているし、地面が凍っている可能性もあるからボールを使うことは危険だろうと昼間のうちに考えた。よって北海道にいる間はランニングをしようと決めたのだ。校舎脇の階段を下ればグラウンドに出る。そこでランニングでもすれば少しは体力維持にもなるはずだ。
いざ外に出ようと思い、扉に手を掛けるとふとした考えが花織の脳裏をよぎった。夜間にこんな練習をしたところで選手たちに追いつけるわけがない。
花織はマネージャーだから練習をする時間など本来ない。練習時間はマネージャーの仕事に徹するべきだと思うし、花織自身がそれを望んでマネージャー業をしている。瞳子は練習に参加するべきだとたまに声を掛けることもあるが、それを理由にマネージャーの仕事を放棄して選手のような顔をするのはやはり間違っていると思う。
花織は首を振った。何を考えているんだろう、私がサッカーの練習をするのは選手になるためじゃない。もちろん、サッカーを知ることでマネージャーとしてのメンタルケアができるという理由はあるけれど、一番の理由はそうじゃなかったはずだ。
――――風丸がサッカーをするから。風丸がサッカーのフィールドにいるから。
今彼が走る場所が、サッカーのフィールドだから。それ以外に理由なんてなかったはずだ。
花織は外へ出た。身を切るような寒さが花織の身体を包む。やはり寒いのは嫌いだと思った。急ぎ足でグラウンドへ向かおうとすればあたりから声が聞こえた。男の子の、聞き覚えのある声のような気がした。
見つかると不味いことになる。花織は咄嗟にキャラバンの陰に隠れた。そして息を潜めて人の声がどこから聞こえたのかを探る。どうやら声はキャラバンの上から聞こえてきたようだった。
「吹雪は凄いよ。俺たちも変わっていこうぜ、アイツに負けない様に」
「アイツを生かすにしても、誰かがエイリア学園からボールをとらなきゃな。それが勝利のカギになる」
明るい溌剌とした声、そして落ち着いた低い声。どちらも聞き覚えのある声だ。花織は一瞬で声の主を悟る、円堂と風丸だ。花織はキャラバンの物陰で聞き耳を立てる。彼らが何を話しているのかが気にかかった。
「ああ、風になればできるさ」
「できなかったら?」
どきり、と花織の心臓が低い声に音を立てた。昼間にも感じたこの感覚に他に聞こえるはずもないのに思わず胸を押さえる。落ち込んだような、否定的な声。間違いなく風丸の声だ。
「そんなこと言うなよ」
風丸の言葉にムッとした様子で円堂が言った。花織は耳を欹てた。円堂がそういうのも無理はない、風丸の言葉は円堂たちの頑張りを否定してしまう。……でも普段の彼ならそんなことを言うはずがない。誰よりも円堂のがむしゃらな頑張りを応援してきたというのに。
「力が欲しいんだ」
「え?」
花織は二人の会話に対し、動悸を感じた。緊張というか妙な胸の不快感、意識していないのに息が荒くなる。風丸が悩んでいるのではないか、ということに対してはここの所気にかかってはいた。これが、彼がずっと胸中に秘めていたことなのだろうか。
「神のアクアがあれば……」
彼の小さな呟きに一瞬息が止まった。
「世宇子中が使った神のアクア。あれがあれば、すぐにパワーアップができるだろ? 世界を救うためなら使っても許されるんじゃないか」
花織は風丸の言葉に口元を覆った。そんなに思いつめていたの……?
神のアクアは人間の能力を神のレベルにまで上げてしまう、言わばドーピング剤のようなシロモノだ。エイリア学園を倒すためだとはいえ、使って許されるものではない。真面目な彼がそんなことを言い出すなんて……。
風丸が責任感の強い人物だということは重々知っている。でもそんなことを言うなんて本当にどうかしている。よほどエイリア学園を倒せないことに責任を感じているのだろう。
花織が風丸の真意を汲み取ることなどできなかった。あたりでもはずれでもある答えが彼女の中で展開される。
「何言ってるんだ! 神のアクアなんかに頼っちゃだめだ! それじゃ、あの影山と同じになっちまうぞ!」
円堂の声が澄んだ空気に響き渡る。その大声に花織は驚き、キャラバンに身体をぶつけてしまった。少しだけ軽い音が響く、が2人は気づかなかったようだ。
「エイリア学園はサッカーで人を傷つける。だからこそ、俺たちは正々堂々と戦って絶対に勝たなきゃいけないんだ‼」
円堂がキャラバンの上で立ち上がったようだ。ほんの少しキャラバンが揺れる。花織はまた音が立たない様にとキャラバンから少し離れた。そっとキャラバンの上を見上げる。風丸の立ち上がる姿も見えた。
「悪かった。……何焦ってるのかな、俺。忘れてくれ」
「特訓特訓!なろうぜ、風に‼ ……って、ん?」
花織は大きく目を見開く。しまった、と思った。何と円堂とばっちり目が合ってしまったのだ。音を立てない様にとキャラバンから距離を取ったのだが、逆にそれが死角から飛び出す形になってしまっていたのだ。
「月島! お前何やってんだよ、そんなところで」
「えっ、花織?」
円堂が驚いた様子でキャラバンの上から花織のいる方へと視線を向けた。円堂が花織の名前を呼んだことで風丸も花織がそこにいることに気が付き、こちらに視線を寄越す。花織は困ったように笑いながら、二人から目を逸らした。
「え、えっと……眠れなくて。散歩でもしようかと思ったらキャプテンの怒鳴り声が聞こえたので……。何かあったんですか?」
咄嗟に思いついたにしてはリアリティのある嘘だと花織は自分でも思った。今までの話を聞いていたことは伏せておいた方が良いだろうと花織は判断し、円堂に詳細を尋ねる。円堂はそうなのかー、と納得しながらキャラバンの上から降りてきた。同様に風丸も円堂の後から降りてくる。
「別に何でもないさ。な! 風丸」
「ああ……」
円堂がバシバシ風丸の背中を叩けば、風丸は肯定とも否定ともいえないような笑みを零した。花織は風丸を見つめる、風丸も花織を見た。花織は風丸の不安は完全に払拭できていないような、そんな気がした。
「それより月島、お前こんなところにいると風邪ひくぞ?」
「は、はい……。もう教室に戻ります。……キャプテンたちは?」
「俺たちももう寝るさ」
円堂がな? と風丸に同意を求める。しかし風丸はああ、と返事しつつも続きの言葉を口にした。
「円堂、先に花織を教室まで送って来るよ。すぐそこだとはいえ、一人で行かせるのは心配だからな。それに少し話したいこともあるし」
「そうか?じゃあ俺、先に戻ってるぞ?」
「ああ」
風丸が頷けば円堂はおやすみ、という言葉を残してキャラバンの中へ入って行った。キャラバンの戸が閉まると同時にしんとした静けさがあたりを包み込む。花織と風丸、そのほかにはこの白い世界に誰もいなくなった。
静かに空からは雪が舞い落ちる。先ほどまでは星が輝いていたのに、いつのまにか月に雲がかかりハラハラと雪が降り始めていた。それを見て花織は忘れていた寒さを思い出す。身を縮めて身震いすれば風丸がそれに気が付いた。
「とりあえず、校舎に入ろう。外は寒いからな」
風丸は静かな声でそう言った。そしてそっと花織に手を差し出す。花織は驚いて風丸と彼の手を見比べた。彼は無表情、いやどこか切なげな表情を浮かべている。花織が恐る恐る彼の手に自らの手を添えれば、彼は花織の手を取って歩き始めた。