脅威の侵略者編 第五章
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「なあ、一之瀬」
「どうしたんだ? 土門、そんなに声を潜めて」
もぐもぐと少なく貧相な食事を咀嚼しながら一之瀬がちらりと声を掛けてきた土門に視線を送った。土門はそれでもやはり小声で周りには会話が聞こえない様にしながら、ぼそぼそと話を続ける。
「花織ちゃんの競争率、高すぎると思わないか? 見てみろよ、アレ」
ちら、と土門が花織の方へと視線を送って見せる。一之瀬は土門の声と一緒に花織を探した。花織は一之瀬の向かいの隣から右に三つ進んだ席だ、そして吹雪の真正面に座っているらしい。吹雪が人の好い笑みを浮かべながら花織に話しかけているのがこの位置からでもよくわかる。対して花織は自分たちと居る時よりも控えめに思えた。
鬼道や風丸はどうしたのだろうと反対側を見てみれば、彼らは円堂の周りにいた。しかしそれでも時折花織の方へ視線を送っているのがよくわかる。どうやら吹雪と何を話しているのかが気になるらしい。
「花織っていつ吹雪と仲良くなったんだろう」
「さあねえ。でも声を掛けたのは吹雪だぜ、一緒に座らないかって声掛けてたの見たし」
「ふうん」
周囲に悟られないよう、スムーズに食事をしながら土門と一之瀬は情報を交換する。しかしこの状況は中々まずいのではないだろうかと双方思っていた。何しろ、鬼道はともかく風丸の視線の痛さが尋常じゃない。それほど気になるのなら早く寄りを戻せばいいだろうに。
「ねえ、花織さんはどんな人が好みなの?」
「え?」
談笑の最中、嫌でも聞こえてしまうワード。一之瀬はさり気なく花織の方を見る。花織は驚き、少し口籠ったようだ。少し頬が赤くなるのが一之瀬からもよくわかる。そういう顔は結構男受けがいいだろうな、と一之瀬は食事を口に運びながら風丸らの方を振り返った。……なるほど、いい顔はしてないな。
「え、えっと……。足が速くて真面目で、一生懸命で。……凄く仲間思いの優しい人かな」
照れた様子で花織が言う。一之瀬も土門も無表情だったが、抱いた感情は同じであった。花織が言っているのは好きなタイプじゃなくて好きな人の特徴だろう。吹雪もそれに気が付いたようだ、ふっと表情を陰らせる。
「ふうん。何だかそれって誰かのことを言ってるみたいだね」
「うん……。そうかもしれない」
少しだけ切なさを覗かせて花織が言う。彼らは思った、吹雪が望んでいるのは否定の言葉だろうにと。花織は素直だが意外と鈍いのかもしれない。今までは割と鋭い方だと思っていたが。
今度は花織の想い人の方へと視線を送る。あまり機嫌は良くなさそうな気がする。というか、気づいているのだろうか。花織が言っている人物が自分であることに。……もしかして気が付いていないんじゃないか?
一之瀬はもぐもぐと食事を進めながら肩を竦める。彼ら、本当は鈍いのかもしれない、と。
❀
楽しい食事の時間から数時間後、寝静まるキャラバンの上に彼はいた。ボンヤリとした様子で星を眺めている。どこか意気消沈したようでただ白い息を吐き出していた。あたりは凍えるほど寒いのにそんなことは全く気にしていないかのように。
彼、風丸一郎太は胸の中に溢れ出る不安と嫉妬を持て余していた。
この頃ずっと自分の気持ちが制御できなくなりつつあるのを風丸は感じ取っていた。エイリア学園が現れてから自分の気持ちが落ち着くことなどなく、ずっと緊張と重たい責任の中に彼はあった。
彼はこのチームの中で誰よりも速さを持っていた。彼が持ち前のスピードでボールを奪うことはチームメイトとしての彼の使命であった。それは彼にとって誇らしい仕事であると同時に、それが果たせないことに対して屈辱的な思いでいた。
そんな時、吹雪士郎が現れた。
フォワードもディフェンダーも、そつなくこなしてしまう吹雪。今まで誇りにしてきた自分のスピードをあっさりと追い越し、彼は余裕綽々で笑う。風丸が努力で得てきたものを難なく得て、フィールドでの風丸の役目を脅かす。
吹雪の存在を頼もしいと思う、だが同時に脅威だと思った。
アイツは俺より速い、圧倒的に速い。絶望的なまでに。俺よりも速い奴がエイリア学園に止まらず、存在するということが堪らなく悔しくて、俺自身のアイデンティティを奪われるようだ。
増幅する焦りと吐きそうなほどの劣等感。
吹雪を歓迎したいのに、同時にここに居ないで欲しいとも思う。
そしてそれは速さだけに限ったことではない。愛してやまない彼自身の大切な人にも関係する。
吹雪は明らかに花織に対して好意を持っている。それが恋愛感情であるかどうかは定かではないが、花織を気に入っていることは間違いない。でなければあんなに長い時間、花織の傍にいる必要なんてないだろう。夕食の時間から消灯まで、入浴時間を除いてほとんど吹雪は花織の傍にいた。
触れるな、話しかけるな、見るな。
どうして花織の隣にいるんだ。
自分にそうする資格なんてないはずなのに、風丸の心はその気持ちでいっぱいになる。自分という存在が吹雪に掻き消されてしまうようで、居場所を奪われるようで。
自分が堪らなく無力に感じられた。
―――――もっと俺に力があれば。
エイリア学園を倒すこともできる、誰よりも速い存在で在り続けられる、花織の傍にいる資格が得られるのに。
「風丸、ここにいたのか!」
掛けられた言葉に風丸は思考を止める。行き場の無い鬱々とした気持ちを心に留めたまま、キャラバンの梯子を上ってきた円堂を一瞥した。