脅威の侵略者編 第五章
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吹雪が皆を連れてきたのは白恋中の校舎裏にあるゲレンデだった。吹雪はここでスノーボードをすることによって速さに目や身体を慣らしたのだという。
かくして、雷門イレブンはスノーボードに挑戦することになった。本当にスノーボードをすることによってエイリア学園のスピードに一歩でも近づけるのならやってみない手はない。
真っ白な白銀の世界に出て、花織の心は高鳴った。きっとボールも何も使わないだろうから、マネージャーも仕事はないだろう。花織は円堂を探してきょろきょろとあたりを見回す。
「あ、円堂キャプテン!」
花織が彼女同様にワクワクしている様子の円堂に声を掛けた。ヘルメットやボードを装着していた円堂は名前を呼ばれたことに気が付くとん? と声を上げて花織を見上げた。
「どうした、月島?」
「私も一時間だけ練習に参加させて頂けませんか?」
「……? いいけど、なんで一時間なんだ?」
円堂は不思議そうに首を傾げた。現在時刻は午後三時、練習は六時までだからあと三時間は練習できるはずだ。花織は円堂の問いかけにふっと笑い掛けると答えを口にする。
「お夕飯の支度に入りますので。私の仕事はマネジメントですし、自分勝手な行動ばっかりはできませんから」
花織は瞳子に練習の参加を許可されているが、やはりマネージャーが彼女の本当の役割である。選手のサポートが第一で自分の練習は自分の空き時間に行うべきことだ。それが覆ってはならないと花織は信念の様なものを持っている。
「そっか、いつも悪いな。んじゃ、一時間一緒にがんばろうぜ!」
「はいっ!」
花織は円堂の返事に嬉しそうに笑うと余っている靴とボードを準備し、秋と春奈、そして夏未の元へと向かった。そして彼女らの前に立ち、頭を下げる。
「ごめんね、一時間だけ参加してくる。ちゃんとこの埋め合わせはするから」
「いいよ。花織ちゃん、練習も参加するよう監督に言われてるんだもんね」
「そうですよ! こっちは特に仕事もありませんし、気にしないでください」
花織が極力練習に参加する、という話はもちろん監督から他のマネージャーたちにも通っている。彼女たちは快く花織が練習に参加することを許してくれた。彼女から許可を得た花織は広い平坦な場所へ来るといそいそと道具の装着を始める。急がなければ時間が惜しい。
「花織、お前はスノーボードは経験があるのか?」
着々と準備を進める花織に鬼道が声を掛けた。彼は準備万端のようである。花織は彼を見上げ、笑い掛けるといいえと返答した。
「スキーはしたことあるんですけれど、スノーボードは全く。だから今日はかなり転ぶと思いますよ。鬼道さんは?」
「多少はある。だが、教えてやれるほどの経験者じゃないな」
微苦笑を漏らしながら鬼道が花織に言う。花織は肩を竦めた。
「それは残念です。鬼道さんに教えて頂こうと思ってたので」
「の割に楽しそうだな、お前は」
「もちろんです。皆と同じ練習ができるのに楽しくないわけがないじゃないですか。……よし、行きましょう? 鬼道さん」
心底楽しげに花織が鬼道の手を引きかねない声色で言う。鬼道は花織の様子を見て微笑ましさを感じていた。花織は以前、フィールドに居なければ選手の世界は見えないと切なげに呟いていた。きっと今はキャラバンに乗り、自分も多少なりと戦力になれるこの状況が嬉しいのであろう。
鬼道としては彼女が怪我をするリスクが上がる様な事は謹んで欲しいのだが、花織と同じフィールドを駆けることに関しては楽しさを見出していた。
彼は今もどんな花織も愛しているが、中でも彼女が風を纏う姿には特別なものがあった。何せ、鬼道は彼女のその姿に心を奪われたのだから。
さて、タイムリミットが四十五分を切った頃、ようやく花織はゲレンデを滑り降り始めていたのだが……。彼女が思っていた通り、中々上手く滑ることができなかった。まずバランスを取ることが難しく、立つのがやっとなレベルである。斜面などはとてもじゃないが滑れるような気がしない。数センチずつ、じりじりと降りていくのが精いっぱいだ。
「わっ‼ きゃっ‼」
何事もチャレンジと、思いきってボードの向きを変えようと重心を偏らせるとすぐにバランスを崩して転んでしまう。キャプテンと並ぶほど転んでいるのだから、結構バランス感覚は無い方なのかもしれない。
「冷た……」
顔を顰めつつ花織が呟く。そろそろ転び過ぎでジャージが濡れ、臀部がひんやりとしてきた。息をついて花織は振り返り、ゲレンデを滑り降りる選手たちを見つめた。鬼道、塔子は普通に上手い。塔子は特に初めてスノーボードをするとは思えない滑りっぷりだ。
土門や一之瀬も慣れた滑りを見せ始めている。……彼は花織と同じようにこの特訓があまり上手くいっていないようで、滑るたびに足をがくがくとさせている。だが誰より熱心にこの特訓に取り組んでいる様に花織には見えた。
「大丈夫かい?」
ふんわりとした穏やかな声が、花織の顔を覗きこんだ。花織は驚いて目を見開く。吹雪だ、彼は花織の顔を覗きこみああ、と声を漏らした。そしてふっと頬を緩ませる。
「君だったんだ。こんなところに座り込んでちゃ、危ないよ」
その言葉と同時にすっと吹雪の手が花織に差し出された。どうやら立つのを手助けしてくれるようだ。花織は迷いなく彼の手を取り、立ち上がる。自分で立ち上がることも花織の苦手分野であった。
「ありがとうございます。吹雪さん」
「いいんだよ。君には優しくして貰ってるからね。……花織さん」
吹雪は柔らかく微笑を浮かべながら花織の名前を呼んだ。花織は彼の手から自らの手を離しながら首を傾げた。じっと彼の顔を見つめる。試合の時に見せるあの一面はやはりサッカーの時だけにしか出現しないのだろうか……、そんなことを考えていた。
「よかったら僕が滑り方を教えるよ」
「え?」
「君も風になりたいんだよね。……僕が君を風にしてあげる、だから一緒に練習しようよ。その方が僕も楽しいし」
良い提案なのだろう。花織は吹雪の顔を見ながらそう思った。彼の言う、風になるという言葉は花織自身も気になっていることだ。誰よりも速くあることは諦めた彼女だが、それでも速さに興味が無いわけではない。それに今、全く練習が上手くいかなくて四苦八苦しているのだ。彼の手を借りない手はないだろう。
「はい、じゃあ……。お言葉に甘えて」
吹雪の誘いを受けようとする花織。そんな彼女にはいくつかの視線が向けられていた。ことに一際不服そうに視線を向けているのはもちろん、風丸である。
彼は今、本当に気分が悪かった。練習が上手くいかず視野が全く開けないことも、花織と吹雪が仲良さげに話をしていることも、自分のスピードが吹雪に劣ることもすべて気に入らない。だが自分に何を言える義理もないから黙っているしかない。そんな自分にも心底腹が立つ。
「じゃあ、ちょっとこっちに来てくれるかな」
「花織」
吹雪に了解の意を伝えた花織の傍に鬼道が滑り降り、彼女の傍に停止した。思い切り彼女の言葉を遮り、先を続けさせないようにする。どういう意図があるのか、彼の表情は少しだけ固いような気がした。
「もうすぐ四時になる。マネージャーの仕事はいいのか」
「あっ、ありがとうございます、鬼道さん」
花織はハッとして思い出したようにマネージャーたちの方を振り返った。もうそこには彼女たちの姿はなかった。恐らくもう校舎に戻っているのだろう。花織も急いで戻らなければならない。花織は吹雪を向き直ると軽く頭を下げた。
「ごめんなさい、そろそろ戻らないと。また機会があればぜひ教えてください。……っわ」
そう言ってボードを外そうとして身を屈めれば、花織はよろめいてしまった。ハッとして鬼道が花織を支えようとするがそれよりも早く吹雪が花織の背に回り、両手で花織を抱きとめる。すっと彼らの眉間に皺が寄った。
「気を付けて、花織さん。……また後でね」
「ごめんなさい……。ありがとうございます、吹雪さん」
恥ずかしそうに顔を赤らめ、端的にそう言い残すと花織は急いで校舎の表へと向かって行った。吹雪はその様子を目で追い、そんな吹雪の様子を彼らは凝視していた。吹雪は花織の姿が小さくなってしまうと鬼道の方へと視線を向け、にっこりと微笑む。
「可愛いね、花織さんって」
冷たい北風が髪を揺らす。いっそう深く、彼らの眉間には皺が刻まれた。