脅威の侵略者編 第四章
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キャラバンを走らせることしばらく。雪道を走っていたキャラバンは急停止した。
「どうしたんですか?」
瞳子が運転手の古株に問いかける。白恋中学まではまだ少し時間がかかるはずだ。花織は自身の携帯の時刻と古株が告げた到着予定時刻を比べてみる。……三十分程度、もしや誤差だろうかと思うくらいのレベルだ。だが、窓の外に学校らしきものは見あたらない。それどころか、一面の白以外は何も。運転手の古株はじーっと窓の外、ある一点を見つめているようだ。
「人だ……」
えっ? とキャラバン内に声が挙がる。外は真っ白、家屋なんて全く見あたらない。しかも外は吹雪いているみたいだ。こんな場所に人がいるのだろうか。
円堂がキャラバンの戸を開け、外へとでる。ビュウと冷たい風がキャラバン内に吹き込んだ。花織は衣服をすり合わせながら円堂が戻ってくるのを待つ。数分後、円堂は一人の男の子を連れてきた。
「古株さん! こいつ、乗せてやってもいいですか?」
円堂が少年を支えながらバスのステップを上る。どうやらその人物は凍えていたらしい。ぶるぶるとふるえ、唇にも色はない。花織は素早く席を立った。
「円堂君! 私の席に座らせてあげてください」
花織が円堂に言う。何故席を譲ったのかというと、一番入り口に自分の席が近かったからだ。花織は円堂にそう言いつつ、キャラバン後方へと駆ける。何か暖を取るものがきっといるだろう。花織がたどり着く前にさすが気遣いの人と言うべきか、秋はすでに荷物の中から毛布を取り出していた。
「花織ちゃん、これでいいと思う?」
「うん。ありがとう秋ちゃん」
秋の問いに頷いて花織は前方を振り返る。秋はすぐさま少年の元へと毛布を運んでいった。……他に何か出来ることはないだろうか。何か少しでも暖かいもの……。花織はすぐにそれを思い立った。そしてすぐにパタパタと自分の座っていた座席へと戻る。そして未だ寒さに震える彼に目線を合わせ、自分の懐から取り出したそれを差し出した。
「これも使ってください。少しは暖かいですよ」
「えっ……」
花織が差し出したのは、先刻話題に上がった懐炉だった。それを花織は半ば強引に少年の手に握らせ、自らの両手で暖めるようにする。そして鬼道の方を見上げ、言葉を掛けた。
「鬼道さん、脇のホルダーにココア入ってませんか?」
「ん、ああ。これか?」
鬼道がちらりと脇を見て、飲み物を置くためのホルダーから200mlサイズのペットボトルを花織に手渡した。中身は花織が言ったとおりココアだ。懐炉を購入したサービスエリアで一緒に購入しておいたものである、自らが暖を取るために。
花織は鬼道からココアを受け取るとそれをそのまま少年に差し出した。
「よかったらこれもどうぞ。口は付けてませんからご心配なく」
「……これ、君のじゃ」
震えた声で絞り出すように少年が言う。花織はふっと優しく笑いかけ、腰を上げる。そして気にしないでください、と笑って席を離れた。
花織は性質としては優しく、気遣いはするが、それは仲間内だけであって基本的に外野に手をさしのべることは少ない。普段なら自分の私物を懐炉はともかく、ココアまで差し出したりはしないだろう。だが、今回は例外だった。少年が今にも倒れそうな顔色をしていたからだ。
このまま放っておくと低体温になってしまうのではないだろうか。そう思って多少心配になったから暖を取るための準備をしたのだ。実際、そこに突っ立っていただけならばここまで手をさしのべることはなかったはずだ。
そんなことよりも、今は花織の座る席が先決だ。花織が座らなければキャラバンは出発しない。どこか空いている席はないだろうか……、花織はキャラバン内を見回す。そして染岡の横……、豪炎寺が座っていたその場所に空席があることに気が付いた。
少し花織は迷う。染岡の隣に座るのが一番いいのだろうが、それは間接的に豪炎寺の席を潰す、ということにはならないだろうか。今、染岡は豪炎寺の離脱に敏感になっている。あの席をあえて空席にしておきたいと望むかもしれない。その席を花織が仮にでも座ってしまうと彼の機嫌を損ねることになりはしないだろうか。
「花織! 座るところがないならこっちに来なよ」
そんなとき、花織の名を呼んだのは一之瀬だ。花織は染岡の後ろに座る彼に視線を向ける。一之瀬もその隣に座る土門もこちらに向かって手を振っていた。どうやら花織を歓迎してくれるらしい。
「ありがとう、今行く、」
花織が礼を口にしながら、キャラバン後方へと歩きだそうとしたときだった。がしっと強い力で腕を捕まれ、その場に引き留められた。花織は驚いて振り返る。花織の腕をつかんだのは思い詰めたような表情をした風丸だった。
「一郎太、くん……?」
急に腕を捕まれて花織は困惑した様子で風丸を見た。風丸は花織の言葉で我に返ったようにハッとする。どうやら花織の腕をつかむという行動は、無意識のうちにやっていたようだ。
「……っ! ……あ、よかったら……座らないか」
咄嗟に風丸が花織に提案する。……彼は、苛立っていたのだ。花織が鬼道だけでなく、見知らぬ初めてあった男にすら懐炉を渡すのだから。いや別に彼は懐炉が欲しいわけではないが、花織が優しさを振りまいているのが気に入らなかった。
花織が知らない人間に優しく接し、モヤモヤを溜め込んでいた。だからつい、花織の手を引き留めてしまったのだろう。自分にその資格がないと分かっていながらも。
「いいの……?」
「ああ。なあ、円堂」
「俺は別に構わないぜ。月島、座るか?」
二人の了承が得られるならばと花織は頷く。どうせ長くても白恋中学へ到着するまでの間だ。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「ああ! ……あ、風丸の隣がいいのか」
花織が微笑むと円堂が思い出したように呟き、花織の為に席を空けてくれた。花織はどう反応すべきか迷いつつ、とにかくありがとうと円堂に礼を言い円堂と風丸の間に掛ける。どうやら円堂は花織と風丸が別れたことにすら気が付いていないようである。
とにかく彼の中では花織と風丸は結構な頻度で一緒に居る、というイメージがあるようでそのため席を譲ってくれたようだ。
「……」
「……」
キャラバンが走り出しても花織と風丸は互いに話すわけでもない。風丸も花織を引き留めたは良いが、何を話したものか困り切っているようだ。あまりに会話がなく、どうしていいか図りかねて仕方なしに花織は前方から聞こえてくる会話に耳を傾けた。
「まだ寒い?」
「ううん、もう大丈夫」
塔子と少年の声だ。そろそろ走り出して五分ほど経つ。身体も温もる頃だろうか、とにかく彼はもう大丈夫なようだ。花織はそれにひとまず安堵する。低体温症や凍傷になって救急搬送、なんて大事にならなくてよかった。
「あんなところで何をしてたの?」
秋が少年に聞いた。確かにあそこはただ広いだけで何もない場所だった。民家も店も、どうしてあんなところで彼は凍えていたのだろう。
「あそこは僕にとって特別な場所なんだ。……北ヶ峰っていってね」
「北ヶ峰? 聞いたことあるぞ、確か雪崩が多いんだよな」
運転手の古株が少年に声を掛けた。それを聞いて花織は少し疑問を感じた。ならば尚更、彼はどうしてそんな場所にいたのだろう。雪崩が多いのならば危険だろうに。特別な場所と言ったって、そんな危ないところにいったい何があるだろうか。
「ところで坊主、どこまで行くんだ?」
「…………、蹴り上げられたボールみたいにひたすら真っ直ぐに」
間髪を入れずに古株が少年に尋ねる。すると少年は随分と詩的な表現で答えを返した。蹴り上げられたボール、という言葉に反応したのか、花織の隣に座っていた円堂が前方にひょっこりと顔を出す。
「いいな、言い方! 蹴り上げられたボールみたいにひたすら真っ直ぐに……か。君サッカーするの?」
「うん、好きなんだ」
「俺もサッカー大好きだよ‼」
彼もサッカー少年なのか。花織は彼らの話を小耳に挟みながら髪を耳に掛ける。そういえば、彼はさっきサッカーボールを持っていたような気がしなくもない。とにかくすぐに身体を暖めなければと思い、少年のことをよく見ていなかったからあまりよく分からなかったが。
とにかく花織は隣の人と話したくても話せる状況になく、少し暇だった。ねえ、と声を掛けたいが、その後なんと言葉を続ければいいだろう。
実をいうと、彼らは前回の露天風呂のハプニングから一切言葉を交わしていなかった。唯でさえ気まずいのに、妙な距離感があれ以来できてしまっている。
だが、それでも何か話しかけなければ前には進まないか。花織がちらりと風丸の方へと視線を向ける。すると頬杖をついて窓の外を見ていたらしい彼とばっちり目が合った。どうやら花織が動きを見せたのを見て、こちらに視線を向けたらしい。ふたりが互いにまたも気恥ずかしさを感じて視線を逸らそうとしたその時だった。
「うわあっ‼」
「きゃっ」
がくっとまるで段差から落ちた時のような衝撃がキャラバンに走った。車体も僅かにだが傾いている様に感じられる。どうやら雪溜まりにタイヤを取られたらしい。アクセルを踏み込んでも前に進めないようだ。古株が外を見てくる、と言ってシートベルトを外す。
「駄目だよ」
先ほどの少年がぽつりと呟いた。その声が古株の足を止める。
「山オヤジが来るよ」
「山オヤジ?」
円堂が少年の言葉を問い返したその時だった。バンっ‼と凄い音がして窓が叩かれる。そのシルエットから、窓を叩いたのは大きな獣だということが推測された。
……もしかして、熊?キャラバンに乗っている人間すべての脳裏にそれがよぎった。刹那グラグラとキャラバン内が揺すられるように動く、酷い揺れだ。きっと立ってはいられない。
「……っ」
キャラバン内には悲鳴が飛び交っている。シートの真ん中に座っていた花織はあまりの不安定さに思わず隣の彼に縋るように手を触れた。……きっと、無意識のうちに彼ならば助けてくれると思ったのだろう。この緊急事態に花織の身体はきっと意識とは別に彼に助けを求めていたのだ。それとも心のどこかで彼なら自分を守ってくれるとわかっていたからかもしれない。
「……!」
花織の腹部と頭部に何かが添えられた。それは強く花織の身体を抱き込んで花織の身体に覆いかぶさる。花織は固く目を瞑っていた。突然の出来事に思考が付いて行かず、誰かが自分を守ってくれていることにすら気が付いていなかった。だが、ようやく揺れが治まり始めると花織はゆっくりと目を開ける。
「……一郎太、くん?」
「花織、大丈夫か?」
風丸が必死な様子で問いかける。彼自身もあまり今自分が何をしているのか、状況は分かっていないらしい。ただ花織に助けを求められ、それに答えることで頭がいっぱいのようだ。
「くっ……!」
一際大きな揺れを感じて風丸は花織を強く抱きしめる。彼はもう夢中だった、ただ花織に何かあったら……それだけが彼の中で募る。
本当に脅威が去ったことを悟ると、やっと彼は花織の身体をそっと解放する。そしてすぐに花織からそっぽを向いた、頬を赤いところを見ると無意識に自分が花織に何をしていたのか察したのらしい。
「花織、その……。悪い、妙な事して」
「……ううん」
花織は首を横に振った、そして自分から顔を逸らしてしまった風丸を見つめる。彼が守ってくれたのだ、自分の身を挺して。ちゃんと何が起きても花織を守れるように、花織の身体に覆いかぶさるようにしていたのだろう。花織は言いようのない胸苦しさを感じていた、彼の優しさで胸が締め付けられるようなのだ。
「守ってくれて……、ありがとう」
「花織……」
花織が瞳を少し潤ませて風丸に礼を言う。風丸は花織に視線を戻した、そっと花織の頬に手を這わせる。今までの居心地の悪さなど消し飛んでいた。別れたことも、周りに人がいることも何もかも忘れそうになった。ただ、キャラバン内に冷たい風が吹き込むまでは。
「もう出発しても大丈夫ですよ」
穏やかな声色に風丸も花織もハッと我に返る。そして慌てて座席に座りなおした。前方を見てみると先ほど遭難していた少年がサッカーボールを抱えてキャラバンの開き戸の前に立っている。たった今、外から戻ってきたような風体である。
「まさか……」
キャラバン内に憶測が広まり始める。それでも花織はそんな事よりも、隣に座る彼のことが気にかかって仕方がなかった。花織がとにかく心を落ち着けようと件の少年に目を向ける。少年は花織が譲った席の前に立つと、柔らかく花織に微笑みかけた。