脅威の侵略者編 第四章
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キャラバンの窓の外は、徐々に白銀の世界へと変わりつつあった。
雷門イレブンの一行は白恋中学のエースストライカー、吹雪士郎をスカウトする為に遥々北海道へとやってきていた。気温はマイナス、キャラバン内でも窓の近くにいれば寒さを感じるほどだ。花織は隣に掛けている鬼道と窓の外を見ながら話をしている。
「凄い雪ですね。東京じゃ、こんなに降らないですし」
「ああ、そうだな」
あの話の後も、鬼道が所望した通りふたりの仲が変化することは無かった。いつものように言葉を交わし、いつものように笑いあう。鬼道の心情はどうであれ、ふたりは友人同士として接し合うことにしたのだ。花織はそれに対して心苦しく感じていたが、鬼道がそうしてほしいというのだからそうするしかないだろう。
「私、雪が凄く好きなんです。綺麗で儚くて……、ひとつひとつ結晶になっているのを眺めてるとなんだか感動しちゃうんです。自然って凄いなあって」
「ほう。俺はてっきり雪遊びが好きなのかと思ったが……、お前の趣味は高尚だな」
少し茶化すような口調で鬼道が花織に言う。こういう言葉を掛けるのも友人として意識するためだろうか、以前にはあまり見られなかった言葉だと思う。
「雪遊びも好きですよ。雪合戦なんて特に燃えますよね! ……でも、生憎寒いのはちょっと苦手で」
子どもらしい微笑を浮かべて花織が言う。花織は寒いところが苦手だった。スポーツをすれば暖まるから普段はあまり気にしないのだが、寒い中に何もしないで突っ立ていると凍えて死んでしまいそうになる。多少大げさなたとえではあるが……。そんな彼女は唐突に思い出したように声を上げるとスカートのポケットから何かを取り出した。
「鬼道さん、これをどうぞ」
「? ……なんだこれは?」
「懐炉ですよ。さっきのサービスエリアで買ったんです。絶対寒くなるだろうなって思ったので」
鬼道に懐炉を差し出しながら花織が言った。市販の何の変哲もない懐炉、鬼道は花織の手からそれを受け取る。受け取った指先にじんわりとした熱を感じる。何故だろうか、鬼道はほのかに温かいそれが何物にも勝るほど自分を温めてくれるような気がした。
「用意周到だな。なるほど……、少しは暖かくなるな」
ふっと柔和な微笑を浮かべて鬼道は、防寒具をきちんと準備しておいた花織を見る。花織がくれたそれがますます鬼道の手を温めてゆく。
「でしょう? よかったら使ってください」
鬼道の感心したような声色に花織が嬉しそうに言う。鬼道は花織の方を怪訝そうに見た。これは花織が自分の防寒の為にと準備したものだろうに。
「お前が寒いから準備していたんだろう?」
「大丈夫ですよ。……ほら、まだもうひとつポケットに入ってますし。それに背中にも貼ってるので、ひとつくらいなんて事ないです」
「……準備がいいな、お前は」
花織はもうひとつの懐炉を取り出し、くすと笑った。鬼道はそれに対して呆れたような、仕方がないなお前は……そんなふうに言いたげな表情を見せる。実に楽しそうなほのぼのとした光景だ。だが、彼らの後ろに座っている人物はあまり面白そうではなかった。
「……」
風丸は、二人の会話がすべて聞こえる位置に座っている。前の二人の楽しそうな会話は例外なく聞こえるのだ。だからあまり機嫌は良くない、本当は自分が花織と話がしたいのに。
もはや風丸は花織の気持ちを知らないとは言えないだろう。彼自身、自惚れているわけではないが、そこまで鈍いつもりもない。花織の態度、周りの言動から花織の真意は、確信はなくともほとんど明らかである。何よりこの間のプレーがそれを裏付けている。
だからこそ、風丸は花織の態度にもやもやとした感情を抱くのだ。風丸は前述したとおり秋から、また他の人間からも"花織が風丸を好いている"というアプローチを受ける。そうなることで彼の想いは上塗りされていくのだ。
"花織が好いているのは鬼道であり、俺はその代わりだった"から"花織の傍にいるべきは俺ではないか"へと。 彼自身そう思うのならば、風丸がさっさと花織に想いを告げるべきだろう。だが彼はそれを選択することに躊躇いがあるのだ。
理由としては二つ。一つは以前、彼自らが花織を傷つけるような事をしてしまったからだ。彼女の煮え切らない態度が彼にそうさせていたのだが、彼はそれを未だに申し訳なく感じていた。それに加えて別れを切り出したのは自分だからという思いがあるのだ。それが彼の行動を封じている。
そしてもう一つは彼がこの頃になって抑えがたくなってきたある感情のせいだ。
――――花織を俺だけのものにしたい。
要するに、嫉妬と独占欲だ。彼は最近になってからますますそれが自分の中で強くなってきたように思うのだ。片思いしていた頃からそれなりに嫉妬と言う感情は覚えていた。
花織が宮坂と練習することも、友人であるマックスや半田と話すことも気に入らないとは思っていた。今までそれが大きく、特に鬼道に対しては抑えられていたのは、花織が恋しているのは鬼道であり、自分はその代わりだという思いこみがあったからだ。
勝機がないと思っていたから堪えることが出来ていた。しかし、対等になってしまえばその限りではない。
本当はずっと以前から腹の底では花織のすべてを得たいと願っているのだ。声も笑顔も彼女の優しさ、視線さえも……。
他の誰にも渡したくない、触れさせたくない、見せたくない。そんな欲望を彼は胸中に秘めている。
これを花織に押しつけたくないのだ。きっとこの感情は花織を困らせる。よりを戻せば花織のことだ、きっと風丸の為に尽くそうとするだろう。今までの罪悪感も助長して。そして自分はきっとそれに付け込んで花織を束縛するに違いない。……薄々、そんな気がしている。
だがそれでも、花織はきっとマネージャーとしての仕事はきちんとするだろう。でも自分はそれすらも気に入らない、もしかして花織に当たることもあるかもしれない。そう思うとますます花織とよりを戻すことすら躊躇われる。だが彼にとっての一番は"花織を他の誰にも取られたくない"ただそれに尽きるのだ。
温厚な彼らしくない、酷くどろどろとした感情を風丸は持て余していた。それは自分の中に生まれるもう一つの大きな焦り、急激な環境の変化などからも齎され影響しているだろう。そして今まで感じたことのない思いだからこそ、彼は手に負えなくなりつつあるのだ。
彼は前方から聞こえる楽しそうな花織の笑い声にため息をこぼす。自分の汚い感情は胸の中で押し殺して、表にはただちょっとした悩みを抱えている、そんな風に自分を表現した。