脅威の侵略者編 第三章
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温泉でのハプニングのせいで、何となく花織と風丸には思春期の異性にありがちな距離ができてしまった。今まで、互いにそういうことを考えなかったわけではない。だが、こうもリアルに相手の性を意識してしまうと何となく気まずくなってしまう。
夕食を食べた後は久しぶりに楽しい時間を過ごした。いろんな催し物をしたり、互いにいろいろな話をした。特に壁山と栗松の漫才は傑作だった。中学生らしいひとときで、久しぶりに学校のような雰囲気を感じられた。
そんな時間からすでに5時間が経過している。花織はそっとテントから抜け出た。移動中以外では男子はキャラバン、女子はテントで眠ることになっている。皆疲れからか、花織がテントから抜けたことに誰一人気が付くことは無かった。
涼しい夜風が吹いている。携帯のライトであたりを照らし、花織はしばらく広い道を歩くと、今日の昼間に昼食を摂った広場へとやってきた。そこのベンチに腰かけて、星を見上げる。町の光がないからか綺麗に星が見えた。ぼうっと花織が空を見上げる。
「どうしようかな……」
花織は、本当は自主練をしたくてこんな時間に目を覚ましたのだ。マネージャー業をこなしているとほとんど練習に費やす時間はない。だからこそ、皆が寝静まった後、自分の睡眠時間を割いて練習をしたいと思っていた。だが、今日はどうにも練習する気になれなかった。サッカーボールをキャラバンの中から予め出しておくのを忘れたということも要因のひとつだろう。
「花織?」
花織が静かに一人、星を眺めていると低く穏やかな声が花織の名を呼んだ。花織はそっと彼を振り返る。花織の髪がさらりと揺れた。
「鬼道さん……」
「眠れないのか?」
別にそういうわけではなかったが、花織は肯定とも否定とも取られない程度に微笑んだ。鬼道に花織が真夜中に練習を企てていたことを知られると多分怒られてしまうだろうと踏んだのだ。だから誤魔化すような言葉を口にする。そういえば鬼道に初めて会った時も、適当なことを言ってその場を誤魔化したのだったか……。
「急に目が覚めてしまって……。だから少し星でも見ようかと思ったんです。……鬼道さんは?」
「壁山の鼾が煩くてな。……隣、いいか?」
鬼道が花織の正面に回って問いかければ、花織はもちろんと鬼道に頷いた。彼はきちんとマントを整えてベンチに掛ける。花織との距離はさほど開けなかった。何となく、帝国に居た時のことを思いだす。秘密の場所で、こんなふうに座ってよく話をした。どうして今、これほど鬼道との思い出を思い返すのだろう。
「……鬼道さんにお聞きしたいことがあります」
「何だ?」
「鬼道さんは、監督をどう思っていらっしゃいますか?」
昨日、本当は鬼道に問い掛けたかったことだ。どうして監督の肩を持とうとするのか、花織には理解できなかったからだ。鬼道は少し考える様子で黙り込むと、花織の問いかけに答える。
「そうだな……。正直なところ、まだ俺にもよくわからない。だが、きちんとした考えを持っているんだとは思うぞ。でなければ、あんな一見考えなしの作戦を決行できるわけがない」
「……私には、監督はあまり才がある方だとは思えません。確かに豪炎寺くんの離脱も、今までの作戦も何らかの考えがあるのかもしれませんが、何も説明しないというのが私としては理解できません。あれでは憎まれ役を買って出ているではなく、ただの説明不足の大人にしかなりえないと思います」
花織が監督に対して感じていることを口にする。こういうことを花織が話せるのはきっと鬼道だけだろう。鬼道は花織の意見を偏見なく聞いてくれるはずだ、そして誰にも口外したりしない。彼はそう断言できるほど、花織にとって信用に足る人物だった。
「……お前の言うことにも一理ある。だが、そう判断するのはまだ早いはずだ。もしかして監督は俺たちの自主性を育て、己で判断を下せるように成長をさせたいのかもしれないだろう」
「鬼道さんは監督の考えを深読みしすぎですよ。……きっと、鬼道さんの解釈は監督の説明の無さを都合よく考えすぎなんです」
少しむくれた様子で花織がふいとそっぽを向く。鬼道は子供っぽい彼女の所作に苦笑しながら花織の手をそっと握った。花織が急に手に触れた温かさに振り返る。
「お前は監督のことをあまりよく思っていないようだな」
「ええ、ちょっと。……ああいう人は苦手なんです。無感情で……、まるでみんなに対しては興味が無いみたい。私が感情的すぎるのかもしれませんけど……」
「大人しいように見えて、お前は意外と頑固だからな」
練習にも参加したがり、誰かのために貢献したがる。本当に花織は優しい女だと思った。花織は誰かに共感することに優れている人間だから、監督のように無情に決断を下せる人物が理解しがたいのかもしれない。優しい花織の傍にいる事は心地いい、だが同時に優しすぎる彼女は逆に残酷でもあった。特に今の鬼道にとっては。
「だが、少しは監督を信じろ。……大丈夫だ、響木監督が信頼して俺たちを任せた人だぞ」
鬼道の言葉には言いようのない説得力があった。花織はふっと微笑み鬼道を見つめる。だがその瞳には少し悲しげな色があった。鬼道はそこまで鈍くない、彼女が今思っていることを、とても敏感に感じ取っていた。
「鬼道さんのお言葉にはいつも絶対的な安心感があります。私、帝国に居た時からそんな鬼道さんのお言葉が……、いいえ。言葉だけではありません、……ただ、私はずっと鬼道さんが好きだったんです」
「花織……」
好き"だった"、その言葉が指し示す意味は一つだ。その言葉は過去を指しており、現在には持続していない。ずっと覚悟していた、気が付いていた。俺は今も、花織を愛しているからだ。
「鬼道さん、私……」
言いにくそうに花織が口籠る。その言葉を助けるように、鬼道が花織に彼女が恋い慕う相手の名前を提示した。
「風丸、だろう?」
「はい……。私、一郎太くんが好きです。彼と別れてから、それが自分の中で一番の感情なのだとよくわかりました。本当に誰かに助けてほしいとき、一緒に居てくれたのは彼だったから……」
鬼道は奥歯を噛みしめる。一緒に居られたならば一緒に居ただろう。風丸は花織の傍にただ居ただけだ。間接的にでも花織を本当に守っていたのは自分のはずなのに。
「……」
「鬼道さんは私の為に自分を犠牲にしてくださっていたことはもちろんわかっています。だから、鬼道さんには感謝してもしきれない。……それでもこの感情はどうしようもないんです。私が今まで、彼を苦しめても貴方に焦がれてきたように……」
だがそれでも自分で撒いた種だ。鬼道は優しい、気遣うような口調で投げかけられる棘の様な宣告に胸を痛めながら、そう自分に言い聞かせる。鬼道にチャンスがなかったわけではない、むしろ花織の鬼道への恋心を消失させたのは風丸というよりは鬼道だ。
「理屈ではなく、ただ私は彼が好き。……彼の傍で、彼を支えたい。私が持てるすべてを彼の為に費やしたいんです。……だから私は、鬼道さんの申し出に答えることはできません」
「……そうか」
「……ごめんなさい、鬼道さん」
花織は俯いて自分の表情を悟られない様に隠す。だが鬼道にはもちろん、花織の考えが分かっていた。彼女が涙声であったことも分かっていた。こんなときまできっと鬼道の心を察し、鬼道の想いに答えられないことに胸を痛めているのだろう。
そんな花織が無性に愛おしくて、手放したくなくて……。それでも自分の恋に終止符を打たれたのだということは違いなくて、鬼道は自身も思わず泣きたいような気持になった。
「……っ」
「すまない、しばらくこうさせてくれ……」
鬼道は花織の手を引いて彼女を自分の胸に抱く。花織が絶対に抵抗しないとわかっていて、花織の身体を強く抱きしめる。自分の恋の終息に身体は震え、言いようのない胸の痛みが鬼道の中に溢れた。
「花織、聞かせてくれ……。もし俺が、あの時お前にあんな言葉を言わなければ……、俺が初めて雷門と試合をしたときにお前に気持ちを伝えていれば、何か違っただろうか……?」
今更何を聞いても悔やんでも、花織が自分の物になるわけではない。分かっていても聞かずにはいられなかった。悲しげな声で問いかける鬼道に、花織の心はますます刺激される。彼の言葉にずきずきと胸が痛んだ。率直に、自分が思うすべてを彼女は口にする。
「……はい、きっと。きっとすべて違いました。何か一つ違ったとすれば、私は鬼道さんを選んでいたと思います」
「……お前が好きなんだ、ずっとお前が好きだった。愛しているといっても過言じゃない」
「鬼道さん……」
花織の耳元でそっと囁いて、鬼道は花織の身体を解放する。そして花織の首筋を両手で包み、言い聞かせるように花織に話す。
「お前が風丸を選ぶのなら、この場はそれを受け止めよう。だが、俺の気持ちは俺の物だ。このままにお前を風丸に奪われるのは耐えられない。……いつか振り向かせる、お前が選ぶべきは俺だったと理解させてやる」
「鬼道さん……」
花織が潤む瞳で鬼道を見上げて彼の名を呼ぶ。数か月前までは、この人を誰よりも愛していた。今だって嫌いになったわけではない……、ただ風丸が好きなだけだ。だからこそ、鬼道の言葉に答えられないことに花織は切なさを覚える。だが、これ以上答えを先延ばしにすることもきっと彼も自分も苦しめ続けるだろう。これ以上待たせるわけにはいかない、あれほどの友人が後押しをしてくれて。
「だから、このままの友人関係を許してくれ。たとえ友人同士であったとしてもお前の傍にいたい……、特別な立場になくてもお前を守れるところに居たい。……もちろん、お前と風丸の邪魔をしたりはしない」
「そんなの……、鬼道さんは優しすぎますよ……」
鬼道の想いに花織は静かに涙を零した。花織は何も失うものはないということになる、彼の提案を呑むのならば。でもそれは鬼道がそれだけ苦しむということだ。もしも、花織と風丸がよりをもどせば、彼はそれを間近で見ることになるのだろう。普通だったらこの選択をする者はいないはずだ、傷つくのは自分だけなのだから。
「構わない。俺がお前の傍にいたいだけだ。……花織、頼みがある。今だけでいいんだ、名前で呼んでくれないか」
「……名前?」
以前の出来事を思い出す。帝国が世宇子に負けた時のことだ。あの時も彼は自分を名で呼ぶことを花織に強要した。きっと彼にとって名前というのは特別なものなのだろう。鬼道は頷き、花織に促す。花織の瞳から零れる涙を拭い、花織へ気丈にも微笑みかけた。
そんな顔をしないでほしい。花織は自分の為に笑って見せる鬼道を見ながらそう思う。だが、彼の言葉を叶える為に自身も優しく、涙を流しつつも優しく鬼道へ微笑みかけた。
「ありがとう……。有人……、さん」
これが一年越しの恋の、すべてを振り回してきた恋の決着であった。