脅威の侵略者編 第三章
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今日も言えなかったな、と恋する乙女のような事を思う。花織は、おにぎりを美味しそうに仲間たちと談笑しながら食べている彼を見つめていた。それだけで自然と頬が綻ぶ。
中々言い出せないこの気持ち。以前はいくらだって言えたのに、今更になるとなんだかとても言い出しにくい。本当はエイリア学園を倒すまではこの気持ちは抑えておくべきなのだろう。でも、もどかしくて……彼のそばで応援できないのが溜まらなく辛くなる。前はもっと近くで応援していたから、またあの場所に戻りたいのだ。
大好きな人を一番近くで応援していたいと思うのは、やはり恋する者の性なのだろうか。
そんな、のんきな乙女心を抱いていた花織だったが、突然彼女を悩ませるとある出来事が起こった。
「ね、ねえ……。本当に皆、入るの?」
選手たちがおにぎりを食べているさなか、それは提案された。瞳子監督が近くに温泉があるという情報を教えてくれたのである。練習のせいで汗だくになっている選手たち、そしてマネージャーにとっては嬉しい情報であった。花織にとってはただひとつ、問題があったが。
「混浴、って……、書いてあるんだけど……」
着々と着替えを進めている秋たちに、花織が掲示板を見ながらおそるおそる問いかけた。だが、秋はあっけらかんとした様子で花織の問いに頷く。
「うん、そうみたいだね」
「そうみたいだね……って、秋ちゃん」
花織は困り顔で頬を赤らめた。花織が顔色を変えたのを見て、塔子は怪訝そうな顔をして花織を見る。彼女はもう既に着替え終えたようだ。
「花織、混浴だったらなんか悪いの?」
「と、塔子さんはイヤじゃないの?」
「? なんで?」
率直に彼女は疑問そうな顔をした。たぶん、花織と塔子は根本的に思考回路が違う。ひょっとすると塔子は異性や思春期に無理解で、花織は敏感すぎるのかもしれない。
「だ、だって……」
「諦めなさい、月島さん。彼女と貴女の悩みは永遠にわかりあえないと思うわ」
不毛な二人のやりとりに夏未が口を挟んだ。そういいつつ、彼女は迷い無く着替えを進めている。
「夏未さんは平気なんですか……?」
「平気ではないわよ。でも、汗でベタベタのままでいるのは耐えられないの」
彼女は潔く服を脱ぎ捨て言い切る、花織はその言葉には反論できなかった。花織も汗をかいたのだ、だからこそ体を綺麗にしたいとは思う。夏未の発言に花織は諦めたようにうなだれながら、ジャージを脱ぎ始めた。
「大丈夫、みんな水着なんだから。プールだと思えば平気だよ」
「そうですよ! それに一人だってわけじゃないですし!」
そう言う問題ではない、と思いながら無言で花織は頷く。これ以上自分が異性に対して過剰に意識しているような言動を見せると、自分が自意識過剰か変態のようでいやになったのだ。皆が気にしないのだから、何とか自分も気にしないようにしようと花織は思った。
だが実を言うと、花織がこれほど混浴いや、水着を嫌がるのには理由があった。それは彼女の胸。もとい彼女の身体に訪れた第二次性徴のせいだった。
花織は小学生の時から人並みにはそういうものが見られていた。だがしかし、何故かその成長は中学二年生になって急激にかつピンポイントに加速していったのだ。彼女の身体は彼女の想像以上に女らしくなってきていた。
花織がこの違和感を覚え始めたのは雷門に転校してきたころだった。そしてそれが明確となったのは全国大会に入った頃だったろうか。走ると胸が揺れて痛い、花織の小柄な身体には大きすぎるほど彼女のバストは成長していた。
陸上をしており元々筋肉質で細身の身体だったため、彼女の気にしている部分はやはり目立つ。加えてこのごろは練習量が減ったからか、身体自体も丸みを帯びてきた。……実際はそれも第二次性徴のひとつではあるが。
そして彼女がこれを何より疎むのは陸上において邪魔にしかならないからだ。大きい胸は走りを妨げる、彼女が以前これ以上のスピードアップは見込めないだろうといった原因の大部分はこのせいだったのである。
あとは単純に視線が気になるからだろうか、思春期に入った中学生なのだから裸を、特に胸を見せるというのはとても気になる。今日までは、スポブラや胸を小さく見せる下着なんてものまであるからそれらを駆使して切り抜けてきた。水泳の授業も男女別だったから問題はなかった。だが、今日は何も花織の防壁になってくれるものはない。
花織は中学生にしては進んだ恋愛をしているからこそこれが気になった。彼に胸だけでなく、自分の裸体に近いものを見せると言う行為が死ぬほど恥ずかしかった。
「……」
大丈夫、彼らはサッカー少年。きっと何も気にしてはいない、同性の秋たちだってそうだったのだから。
花織は自分にそう言い聞かせて下着のホックをはずす。するととたんに胸部に開放感とともに重さが戻ってきた。花織は手早く夏未が準備してくれていた水着を身につける。他の皆は花織の着替えがあまりに遅いためにすでに退出してしまっている。入浴時間がなくなるのだけは困ると、花織は髪をまとめ自身の胸を押さえて脱衣所を出た。
そろりと露天に足を踏み出す。ひんやりとした感覚が足先から広がっていった。すぐに近くの岩影から楽しそうな笑い声が聞こえる。もうみんなすでに温泉に入っているのだろう。とにかく、洗い場がちゃんと分かれていることだけはホッとした。
花織はさっとシャワーで掛け湯をして急ぎ足で温泉へと向かった。出来れば人目に触れる前に湯船に入ってしまいたかった。だが花織のその切実な願いが叶うことはない。
「あ、花織センパーイ! 遅いですよー‼」
ドキリと春奈の大声に花織は身を震わせた。数人の視線が花織へと集まる、しかも春奈が花織を呼んだのは彼女にとってもの凄く、タイミングが悪いときであった。春奈が花織を呼んだのは彼女が温泉に片足をつけ、身を屈めているときだったのだ。ちょうど胸を強調するようなポーズ。
そしてたまたま近くにおり、花織の名に振り返った風丸とばっちり目があった。一番対面したくなかった人と真っ先に対面してしまった。数秒間二人は固まったままだったが、彼の頬が赤くなると同時に花織はさっと目をそらした。すると今度は頭にタオルを乗せた染岡と目が合う。
「? おい何やってんだよ、月島。早く入らねえと風邪引いちまうぞ」
「う、うん……」
花織が妙なポーズで硬直していたのが気にかかったのか、染岡は純粋に花織のことを心配してくれた。きっと彼は花織が気にしているところはみじんも見ていないのだろう。花織は染岡の言葉にこくこくと頷くと急いで春奈たちの所まで行き、鎖骨当たりまでを湯につけた。
「どうしたの、花織ちゃん。お風呂に入ったばっかりなのに顔真っ赤だよ?」
「ごめん、何でもないから気にしないで……」
逆上せたのではないかと心配そうに花織を見つめる秋に花織が静かに首を振った。そして恥ずかしさから火照る顔をマナー違反だと分かっていても洗わずにはいられなかった。
……実を言うと、風丸は花織の気にしている部分をしっかりと見たわけではない。ただ、いつもと違って髪をまとめ上げている花織が妙に大人っぽく見えて、それに見とれていただけだったのだ。
それでも花織は自身気にしている部分を気にしないわけにはいかなくて、しっかりと湯に浸かる。
「花織先輩のうなじ、すごく綺麗ですねー。お肌も真っ白ですべすべだし……。スポーツやってると少しくらいは焼けちゃうのに」
春奈が花織の首筋から鎖骨当たりを見ながら感心したように言う。確かに花織は元々あまり焼けない体質であったこともあり、スポーツをする身としては白すぎる肌をしている。
「どうしてかわからないけど、あんまり焼けないんだ」
「いいなあ、そういうの。あ、先輩あの少し聞いてもいいですか?」
「なあに、春奈ちゃん?」
春奈はそろそろと水をかき分け花織に歩み寄る。そして両手をメガフォンのように形作り、花織の耳に当てるとぼそぼそっと呟いた。
「先輩の胸、急に大きくなりました?」
「⁉」
花織が顔を真っ赤にして春奈を見る。花織の驚愕の視線に春奈は、別に変な意味じゃないんですっ!と慌てて顔の前で手を振る。そして先ほどのように耳打ちまでとは行かないが小声で話し始めた。
「いやあの、普段はそんなに目立たないのにさっき見たときにちょっと大きいなーなんて思ったので……。先輩、着やせするタイプですか?」
「えっと、何ていうか……普段はその、抑えてるっていうか……」
「えっ⁉ あの、先輩、少し触ってみてもいいですか……?」
女の子特有の会話かもしれない。少し抵抗はあるが了解を取るだけましだろう、花織は春奈の問いに頷きながらそう思った。クラスメイトの女の子は了解を得ずに鷲掴みにしたりするからだ。
春奈が花織の背に回り、花織を抱え込むようにして後ろから優しい力で胸に触れる。柔らかい感触に触れて春奈はまず驚愕の声を挙げた。
「ちょ、大きくないですか⁉」
「春奈ちゃん声‼」
予想外に大きな声が出た。だが周りの人間は自分たちの話に夢中だったようで、花織は思わず安堵の息を漏らす。春奈はすみません、と謝りつつ花織の正面に回ると小声で、だが少し興奮した様子で花織に話した。
「先輩!どうしてこんな武器を隠してるんですか⁉ これがあれば風丸先輩もお兄ちゃんも誰でも悩殺できるのに!」
「の、悩殺って……」
花織が春奈の剣幕に押され苦笑を漏らしながら、目をそらす。
「だってこんなの、走るときに邪魔でしょう? ……そりゃあ、女の子としては少しくらい欲しいけど……。こんなにあったら速く走れないから。無いほうがよかったって思うくらい」
「あー……」
納得した様子で春奈が声を挙げる。そして思った、これも風丸の為なのだろうなと。花織が速く走りたいと願う理由は今となっては彼の隣に立ちたいからという理由以外に推測の余地はない。
「そうですよねえ……。私、花織先輩の気持ち全然考えてなかったです。でも大丈夫ですよ! 先輩綺麗ですし、風丸先輩はともかくとしてお兄ちゃんはとっくにメロメロなんで!」
「……フォロー、ありがとう。春奈ちゃん」
あんまりフォローになってないなと思いながら花織はあはは、と笑ってみせる。この話はこれで集結しそうなので彼女はホッと胸をなで下ろしていた。……だがしかし、心穏やかではないのがこの話をたまたま小耳に挟んでしまった彼らである。
春奈の声は全体的に抑えられていたものの、話の後半になるにつれて段々と通常通りになりつつあった。そして花織もそれに気が付いていなかった。だから幸か不幸かこの話を聞いてしまった者が数名いるのだ。
「……」
まず一人目は花織の初恋の人であり、春奈の兄の鬼道有人である。彼は結構頻繁に彼女の声にアンテナを張っていることが多い。そして今回は自分の妹春奈と想い人花織の二人きりの女子トークだ。これを聞かずにいられるだろうか。
彼は微塵にも態度にはそれを露わにしなかったが、ただ無表情になって湯の中に座り込んでいた。だが、心は放心状態に近かった。中学生には刺激が強すぎる話だったのだろう、ゴーグルの曇りを拭おうともしない。
「私、もう身体洗って上がっちゃうね。お夕飯の準備、お昼の時に遅れた分、先にやるから」
「あ、じゃあ私も」
花織と秋が立ち上がる。先ほどの話を聞いていて、湯から上がった花織の胸部に思わず視線を寄せてしまった中学生男子をどうして責められようか。中学生男子とはきっとそう言う生き物である。
花織は入湯したときと同じように足早に出口へと掛ける。やはり恥ずかしいのだ、秋を置いてバシャバシャと水をかき分け歩いていく。だが、これが良くなかった。
「きゃっ」
段差に足をかけた途端、花織は足を滑らせてしまった。ふわっと足下が不安定になる。花織は一瞬で覚悟をし、ギュウと目を瞑った。だが、花織の動向を彼が見ていなかったわけはない。彼女のすぐ傍、湯へ降りるための段差付近にいた風丸が、素早く立ち上がり花織の身体を支えた。
「……っ」
ばしゃばしゃ、と水音が立つ。だが、花織は転ばなかった。おそるおそる花織が目を開けてみると、恋いこがれる彼の横顔が花織の眼前にあった。どきっと花織の胸が高鳴る。
「一郎太くん……」
花織が転び掛けたことに関しては数人しか気が付いていなかったようだ。だが気が付いた数人の人物はその見事な救出劇に、おお、と声を上げる。
「大丈夫か?」
「う、うん……、ありがとう」
花織はふう、吐息をつく。だがそこで気が付いた、花織は自分の気にしている部分を自分が彼に押しつけるようにして立っていたことに。花織が硬直していることに疑問を感じ、風丸が花織の肩を揺する。そして、彼自身もようやく気が付いたようだ。
「……‼」
さっき小耳に挟んだ話の主題である花織の胸が、自分の胸元に押し当てられていることに。
「――――っ! すまん‼」
「ご、ごめんねっ、じゃあ!」
どちらとも無く慌てて身体を離す。花織はどたばたと洗い場の方へ顔を真っ赤にして掛けていった。風丸の方もすっかり茹で蛸のように顔を赤くしてじゃぼっと水の中へとへたり込む。事情を全く知らず、ただ風丸が花織を助けただけだと思った秋は"ナイスキャッチ、風丸君"と親指を立てて湯から上がっていった。
「ラッキースケベ、か」
「しみじみ呟くなよ、一之瀬……」
花織と春奈の話を聞き、かつただいまの光景を見ていた鬼道を除く唯一の二人は、何とも中学生らしい言葉を交わし合うのだった。