脅威の侵略者編 第三章
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風丸は森林の中を、ひとり疾走していた。
公園などでよくみられるケーブルに滑車付ロープを取り付けそれにぶら下がって遊ぶ遊具のようなものを使って練習をしていた。滑車付ロープの下にボールを括り付け、斜面のためスピードに乗るボールをただひたすらに追いかけるのだ。
――――もっと俺が速くならなければ。
風丸の胸の中で沸き起こる感情を支配するのはそれだった。もっともっと速くなって、エイリア学園からボールを奪って自分が他の選手に繋げなければならないと責任感の強い彼は思っていた。
彼は自分のスピードを誇っているのだ。正直に言って、彼は自分よりも足の速い中学生などそうそういないと思っている。雷門中の陸上部では断トツの速さであったし、戦国伊賀島の霧隠にだって、実質勝ったようなものだ。それに元々自分のスピードが全国に通用するものだと知っている。
だからこそ、現状で全くエイリア学園に付いて行けない自分が嫌で嫌でたまらなかった。だからこそプライドを傷つけられない様に、誰よりも速い存在であるために風丸は努力をするつもりであった。……そうすれば、きっと花織も風丸を見てくれるだろう。
先日の花織が選手としてサッカーをする姿を見て、花織のスピードが速くなっていることにも気が付いた。そしてそれと同時に初めて花織を走る姿を見た時のこと、そしてその時に抱いた彼女に対する言い表せない感情を同時に思い出していた。
――――俺よりも、速いんじゃないか。
風丸はずっと負けなしだった。だからこそ花織が初めて現れた時、彼女が走る姿を見て綺麗だという思いと共に抱いたのは、微かな劣等感のかけらの様なものだった。結局、彼女と共に走ってみればライバルと呼ぶにちょうどよく、脅威と呼ぶには足らなかったことに安堵したのを覚えている。
始めはライバルだと意識していたからこそ、風丸は知っている。花織が風丸の速さに対して初めは嫉妬していたことに。
その羨望と嫉妬が変化し、興味を持った彼の行く末が花織の恋心だ。あの頃の花織は鬼道に注目される存在であるために誰よりも優れたスピードを欲していた。現在の彼女にその傾向はないが、それは風丸に引き継がれつつあった。
誰よりも速く、彼女から羨望の眼差しを受けるのは自分だけでいい。
付き合っていた頃、彼女は風丸のスピードを誇りにしてくれていた。誰よりも速く風丸がサッカーのフィールドを駆けるのが好きだと言ってくれていた。それを揺らがせたくない。
「一郎太くん」
突然聞こえた声に風丸は足を止めた。ボールは滑車と共に坂道を下って行ってしまったが、あとで取りに行けばいいだろう。風丸は肩で息をしながら振り返る。そこに立っていたのは花織だった。いつものハーフパンツスタイルの体操着の花織。
「あんまりに戻ってこないから心配しちゃった。……秋ちゃんたちとおにぎりを作ったの、少し休憩しない?」
「ああ……」
風丸は自分の考えに耽っていたせいで気が付かなかったが、数十分前に秋がホイッスルで休憩の合図を出しているのだ。他のメンバーはすでに戻ってきているのに彼だけは戻ってこなかった。そのため、秋の個人的意見で花織に白羽の矢が立ったのである。もっとも、花織も彼に話したいことがあったから都合がよかった。
「これ、使って。……行こう? 皆のところに」
「……ありがとう、花織」
花織が差し出したタオルを風丸は受け取る。なんだろうか、この空気は。重苦しいような、緊張に満ちているような妙な空気だ。歩き始めた二人の間に会話は無く、ただ沈黙だけが存在している。何と言っても、まだよりは戻していないのだ。
「あの……」
「どうした?」
「ううん。……練習、よっぽど頑張ってるんだろうなって思って。……走ってるときも何だか怖いくらい集中してたみたいだし」
沈黙に耐えかねて花織が呟く。その口調は彼に対しての好意が見え隠れしていた。だが、同時に少し心配している様子もあった。なにしろ、あんな顔をして走っている彼を見たのが初めてだったからだ。
花織は彼が走ることを愛しているのを知っていた、だからいつも彼は楽しそうだった。
「ああ。俺が奴らからボールを奪って、皆に繋げないと。それに相手のボールを奪ってしまえば奴らはシュートを打てないだろ、お前が前に言っていたようにさ」
「一郎太くん……」
決勝戦前の合宿で花織の言っていた言葉。花織は彼を見つめた、あの時の自分の言葉を彼は聞いてくれていたのだ。彼に当てて囁いた言葉、ちゃんと答えてくれたのは見間違いではなかったのだ。
「だから、もっともっと特訓しないとな。俺のスピードで奴らをかき回せるくらいに」
「うん。……応援してる、一郎太くんが走る姿が私……」
好きだから、その言葉を紡ぐ前に花織は踏みとどまった。そんなことを言う前に彼に伝えることがある、先に話さなければならないことがあるだろう。花織は一度大きく息を吸うと、気持ちを落ち着かせて言葉を紡ぎだした。
「あの、一郎太くん……。わたし、一郎太くんに伝えたいことがあって……」
「……花織」
風丸は、何となく彼女が今から話そうとしていることがあの約束に関連したものだと悟ったようだ。花織の方へ向き直り首を縦に振る、彼らはどちらともなく歩みを止めた。そして二人きりの世界の中、花織が自分の思いの丈を告げようと口を開く。
「一郎太くん、私……」
「おーい‼ 風丸ー‼ 月島ー‼」
ビクッとふたりとも突然に呼ばれた名前に飛び上がった。きょろきょろとあたりを見回してみると、ちょうど木々が途切れて光が差し込む場所があった。どうやらそこがキャラバンを止めている広場のようだ。
花織も風丸も話に夢中になりすぎて、すぐ傍まで戻ってきていたことにふたりして気付かなかったらしい。そこから円堂がこちらに向かって声を掛けている。
「そんなとこで何やってんだよー‼ 早くしないと全部食っちまうぞー‼」
完全に雰囲気はぶち壊しである。花織も風丸も、すでにその彼らにとって重要な話を続ける気は失せていた。
「……行くか。話は、また後でな」
「そうだね……」
ふたりは一度大きくため息をついて、チームメイト達の元へと歩き始める。こうして結局もどかしいまま、ふたりの関係はまたも修復せずに終わってしまったのだった。