脅威の侵略者編 第三章
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瞳子監督はチームのエースストライカー豪炎寺を"必要ない"と言ってチームから外した。他の説明は何もなかった。豪炎寺も何も言わなかった。何も言わず、円堂の説得にも耳を貸さずにキャラバンを降りてしまった。
"北海道、白恋中のエースストライカー吹雪士郎をチームに引き入れ、戦力アップを図れ"
事情を知らないであろう響木からそんなメールが届き、ますますチームの空気は険悪だった。染岡は特に以前より増して監督への嫌悪を露わにし、態度にもそれを表出させた。
その吹雪についてはほとんど噂程度にしか情報がなく、熊殺し、ブリザードの吹雪、熊よりでかい、一試合一人で十点を叩き出した……などという信憑性があるのだか無いのだかよくわからない情報しか得られなかった。
その日の夜、キャラバンの中は静寂に包まれていた。
キャラバンを運転する古株さん、そして監督の瞳子はもちろん起きているのだが、選手やマネージャーたちはは試合の疲れからか、眠っていたりあるいはウトウトとしているような状態であった。
彼……、鬼道有人もその例外ではない。数十分前までは彼はずっと自分の思うことを思案していたのだが、現在は暖かい微睡みの中へと包まれつつあった。彼も疲れているのだ、今日は彼にとって考えなければならないことが多すぎた。
ひとつは、豪炎寺修也の離脱。 新たに仲間としてディフェンダーの財前塔子がキャラバンに参加したことは、勿論喜ばしいことである。だが、豪炎寺の離脱は雷門の決定力を大幅にダウンさせるだろう。
もう一人のフォワードである染岡に不足があるわけではない、だが豪炎寺は連携技を沢山持っていた。ドラゴントルネードもイナズマ1号も、イナズマブレイクや炎の風見鶏でさえも豪炎寺が居なければ成立しない技が多い。そしてエースストライカーの離脱はチームの士気に関わることだった。
豪炎寺と塔子、人数的にはプラスマイナスゼロなのかもしれないが、戦力的にはどちらかといえばマイナスへと傾いていた。
ふたつめは新監督瞳子の采配について。急に雷門の監督の座についた女性、吉良瞳子。実力はあるようだが、素性の知れないと言う面、指令ひとつひとつにトゲがあることなどから大多数の選手たちから賛同は得られていないようだ。殊に染岡には特にその傾向が見られる。
いや、染岡だけではないかも知れない。花織も……、鬼道の想い人も明らかに瞳子の采配に対して疑問を感じているようだった。鬼道が監督の指令を何とか噛み砕いてチームに伝えているからこそ、そこまで大きな不満として表出してはいないが、監督への不信感は明らかだった。
花織があれほどまで鬼道に対して意見として、気遣いもなく一言で否定的、かつ冷え切った言葉を口にしたのは初めてのことであった。鬼道に対しては未だに礼儀を弁える花織でさえ、あれだけ冷ややかな口調でいたのだ。彼女が持つ監督への不信感はそれなりに大きいのだろう。
そして最後、それが鬼道の恋慕する相手である月島花織についてだった。
うつらうつら、鬼道が段々と眠りの世界へ引きずり込まれ始める。だが、その眠りは彼の肩に急に掛かった重みによって妨げられた。ゴーグルの中で赤い瞳が大きく見開かれる、肩に掛かった重みの原因を目でとらえて彼は息をのんだ。
「……」
鬼道は三人掛けのシートの一番窓側の席に座っている。このシートには新しく加入した塔子、花織、鬼道の順番で腰を掛けていた。鬼道は怖々と頬に触れる黒髪に左手を伸ばした。そう、眠っている花織が彼の肩にもたれ掛かったのだった。
肩、というか胸部分というのが正しいかも知れない。鬼道の首筋に頭頂が触れるか触れないかという程度で鬼道に彼女は凭れている。
どくんどくん、と鬼道の胸の鼓動は確実に速くなっている。なぜなら彼女は鬼道にとって唯一の肉親の妹と同じほど大切な人間で、彼の初恋の人だからだ。
――――花織。
僅かに鬼道は花織の方へと顔を寄せる。ほんのりと花織の髪からは彼女のシャンプーの香が薫った。ああ、本当に自分はこの女が好きなのだと思う。鬼道はすっかり冴えてしまった頭で再び思考を巡らせた。
好きだった、一年も前からずっと、花織だけを見ていた。花織もそうだった、先日までは。鬼道はもはや悟っていた。彼女の気持ちが自分になくなったことなど、もうきっと随分前から見ないようにしていただけで鬼道自身、分かっていたのだろう。
その現実を今日の試合でまざまざと見せつけられ、やはりと鬼道は思わずにはいられなかった。花織は風丸を見ている、だからこそあんなプレーができるのだろう。だが、いつからこんな風になってしまったんだろうか。
花織の気持ちが自分にないことが、堪らなく悔しい。だが、花織の気持ちを引き離したのはきっと俺なのだと分かっていた。あんな言葉さえ口にしなければ、きっとこの女は自分のものであったのに。
「……ん」
もぞ、と花織が動いて鬼道の胸に顔を埋める。その時に上がった彼女の寝言は鬼道の心をますます揺さぶる。愛らしいと思う、今の花織との一対一の関係に不満はないが、彼女の恋心が自分に向けられていたあの頃の関係へ戻れたらと何度願ったことか。そうすれば、きっと彼女を突き放すような言葉を鬼道は封じるだろう。
鬼道は目を伏せ、花織の温もりをジャージ越しに感じる。そっと花織の手に自分の手を添えてみた。こんなことをしても彼女は起きないのだから、きっと自分は彼女の信頼を得られているのだろう。だが、信頼が得られていても彼女の鬼道への恋心は欠片も残っていないかもしれない。それは花織でなければその真意はわかりなどしないが、鬼道はきっとそうだと思っている。
まるで恋人同士のように席に掛ける、誰かがこれを見て花織と自分の関係を思い違えればいいのにと未練たらしい感情を抱く。それほどまでに彼女に対して愛と独占欲があった。花織の幸せのために身を引く覚悟があっても、いざとなると中々彼女の背中を押すことは出来ないものだなと思う。
そんな自分を浅ましいと思いつつ、だがそれこそが自分なのだと鬼道は感じていた。花織への想いを抱いたからこそ、今の自分があることは否定できない。
――――俺の想いに、お前は答えないだろう。
その宣告はいつくるやも分からなくて、その答えこそが怖くて鬼道は何も言いはしない。だが着実にその時が近づくのを感じて鬼道は切なく痛む胸の痛みを享受し続けている。この想いが叶うのならば何をも捧げることが出来る気がするのに、鬼道にはどうする術もない。
鬼道は自分の頭を彼女の頭に凭れてみる。今の時間が永遠に続けばよいのにと思った。朝が来て寄り添って眠る自分たちを見て、花織の想い人が多少なりと傷つけば俺の気も少しは晴れるのになどと、鬼道は自分の腹の中で沸き上がる女々しい感情を嗤う。花織の為を思うのならばそんなことはすべきではない。
だがもう少しだけ、少しだけと願って優しく花織の手を握った。しかし鬼道に対してこの夢は非情で、一瞬にして終わりを迎えさせた。
「……もしもし、スミス?」
ビクっと鬼道は唐突に聞こえた声に身を震わせる。女の声だ、きっと花織の隣に座っている財前塔子だろう。鬼道はすっと頭を擡げて前を見据える。本当は眠ったふりをしたままでもよかったのだが、ほとんど反射的に起きてしまった。
「えっ‼ パパが見つかったって⁉」
それだけならばまだ良かったのだが、次に塔子は大声を上げた。その大声にキャラバン中の人間が目を覚ました。もちろん、花織も例外ではない。んん……、と声を漏らして一度鬼道の胸に顔を擦り寄せ、眠たそうに目を擦りながら花織は身体を起こした。鬼道の身体から温もりがそっと消え去る。
「ん……、もしかして鬼道さんにもたれ掛かってましたか……?」
彼女は未だ少し寝ぼけているようだ。他の皆は塔子の言葉にざわざわと話し始めているのに花織は眠たそうに伸びをしている。しかもいつものようにはっきりとした話し方ではない。春菜曰く、花織は寝起きが良いと言っていたからこの姿は珍しいのかもしれない。
「ああ、別に気にしなくていい。……気持ちよさそうに眠っていたな、花織」
「はい……。隣が鬼道さんだったから安心して眠れたみたいで……、すごく久し振りに熟眠感があります……」
そんなことは言わなくていい、と鬼道は少し顔をしかめる。寝ぼけているだけなのかもしれないが、花織はそんな台詞が勝手に人をその気にさせるということを自覚しているのだろうか。自重できる女だが、こういう言葉をすぐに口にしてしまうから花織は少し、たちが悪い。
「……すみませんでした、肩をお借りしてしまって……」
いつもは見せないような、へにゃりとしたまだ半分寝ぼけたような緩みきった笑顔を花織が見せる。鬼道はそんな花織が可笑しくて、だがやはり愛おしくて鬼道は花織の髪をそっと撫でた。
「構わない。……お前ならな」
最後の方にぽつりと呟かれた鬼道の言葉は花織には届いたのかわからなかった。未だ眠気と戦いながら素直に己に髪を撫でられる花織を見ていていると、無性に彼女を抱き寄せたいような気持ちにさせられた。だがその無謀さを胸に切なく感じながら、鬼道は優しく、ただ優しく花織に微笑みかけるのだった。