脅威の侵略者編 第二章
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花織は大きく深呼吸をしてピッチへと踏み込む。初めての試合だからか、物凄く彼女は緊張していた。監督や鬼道に勢いで頼み込んだはいいが、本当に体育の授業でしか試合形式はやったことがないのだ。少し顔が強張っている彼女は不安げにピッチを見回した。
「お、花織ちゃん。ユニフォーム、中々様になってるな」
「ありがとう、土門くん。……でもやっぱり緊張するの」
背番号17番の雷門ユニフォーム。ソックスとレガースは自分で元々練習用に準備している物があったからそれを使用している。問題はスパイクだが……、残念ながら持ち合わせがないのでトレーニングシューズという格好になっていた。公式戦では確実に出場はできないが、これは練習試合。そこのところは目を瞑ってもらおう。
「大丈夫さ、俺たちがサポートするよ。基本は鬼道の指示を聞いて、君が迷ってそうだったら俺か土門がちゃんと指示を出すから」
「一之瀬くん……、ごめんよろしくね」
申し訳なさそうに花織が頭を下げる。こうなってしまえばもう後には引けない。花織はポジションについて軽く屈伸運動をする。ポジションは一応、風丸と同じサイドバックだ。どうやら花織が着替えている間に一之瀬と土門が鬼道と話し合っておいてくれたらしい。本当に彼らには頭が上がらない。
後半のホイッスルと共に試合は動き出した。
すると、彼女自身にも予想していなかった事態が起こった。なぜかは分からないが、自分がどうすべきか直感的に……というかほとんど何となく、なのだが、わかるのだ。今誰に付くべきなのか、今どうすべきなのか、こういうときはどうしていればいいのか何故かわかる。もちろんたまに分からなくなることもあったが、その時は主に鬼道の指示があれば動くことができた。
雷門イレブンの調子は先ほどよりもとても良い。だがそれは花織が加わったことだけが理由ではなさそうだ、鬼道はフィールド全体を見渡しながら思考を巡らせていた。不思議なのだ、自分の思うように試合が動くことが。人数は圧倒的に不利なはずなのにどうして先ほどよりもゲームメイクがしやすいのだろう。
……そして気にかかることが一つある、花織のプレーは。
チーム内にいろんな意味で波紋が広がる。それはベンチでも同じだった。
「木野先輩、花織先輩カッコいいですね! 他の選手に全然見劣りしませんよ」
「本当に。……でも、あのプレーどこかでみたことあるような」
初めてチームに入ったとは思えないようなプレーを魅せる花織に感心したように秋と春奈が零した。二人とも花織が元々陸上部で日々練習を重ねていたことは重々知っているつもりだったが、まさかみんなと渡り合えるほどだとは思っていなかったようだ。
「自分からチームに入りたいというだけのことはあるわね、月島さん。でも、彼女……、木野さんの言うとおり何だか凄く既視感のあるプレーをするのよね」
「何なんだろう、良くわからないけど……」
不思議そうな表情で秋と夏未が花織のプレーを眺めている。そんなマネージャーたちの傍で、風丸はただひたすらに、髪を靡かせてフィールドを駆ける花織をじっと見つめていた。花織、以前より速くなってるみたいだ。やはり感覚的にだが、彼も花織の変化を敏感に察している。
「花織、パス!」
「……っ、一之瀬くん‼」
さらりと髪を靡かせて花織が一之瀬にパスを送る。慣れた動きだ、基本動作は風丸と練習をよくしていたから他の選手に見劣りしないほど身のこなしが軽い。そしてボールを相手選手から奪うスピードは風丸に匹敵する速さがあった。どうしてだろう、彼女の走る姿はあんなに綺麗なのに胸が痛むような気がした。
「クソッ、これで勝てたら漫画だぜ‼」
風丸の隣で染岡があからさまな大声を上げる。理由も告げられずに監督にベンチに下げられたことがよほど悔しいようだ。監督はそんな染岡を全く気にも留めず、マネージャーたちを呼ぶ。試合に夢中になっていた彼女たちは驚いて返事をした。
「彼らにアイシングを」
「え……?」
マネージャーたちは一瞬不可解な表情をしたが、すぐに状況を察知したようだ。どうやら瞳子監督は染岡、風丸、壁山が各々怪我を負っていたことに気が付いていたようだ。だからこそ彼らをベンチに下げ、怪我を悪化させない様にしていたのらしい。
「もう! 怪我してたならどうして言ってくれないの?」
怒り口調で秋が風丸の足を冷やしながら言う。彼は左足を痛めていたらしい。染岡は右足首、壁山は背中にそれぞれ怪我をしていた。
「だって、報告するほどの事じゃなかったし……」
「動けない皆の分まで俺たちが頑張らなきゃならねえのに……クソッ」
入院している皆の分まで頑張りたい、きっとそれが理由なのは秋にも十分わかっていた。この三人の選手には分からないほどに僅かに顔を顰める。その気持ちは痛いほどよくわかっている。
「ひとりでも多くの力が必要だと思ったんだ」
秋は蒼髪の彼を見て、切なく目を細めずにはいられなかった。そして、花織も気が付いていた。きっと、先ほど手渡されたアイシングは風丸の分だったのだろう。一人分しか用意されていなかったから、彼女はこの三人全員の怪我に気づいていたわけではないようだ。だとすればこれは誰のものか、そう聞かれれば答えはひとつだけだ。風丸一郎太、彼女が最も気に掛けている人の為に用意されていたものに違いない。
「風丸くん、花織ちゃんが心配してたよ」
「え……?」
じっとフィールドから視線を逸らさないでいた風丸が秋の言葉に目を瞬かせる。そして再び、視線を試合の方へ戻しながら秋の言葉に返答した。
「……気づいてたのか? 花織は」
「多分。前半が終わる前に花織ちゃん、どこかに行ってたの。戻ってきたときにはアイシングを持ってた。……気づいてたと思う、風丸くんの怪我に。それに試合に出るって言ったのも多分そのせいなんじゃないかな。風丸くんの代りをするため……」
「……」
秋の言葉をすべて信用するわけではない。だが、そうであればいいなと風丸は思う。秋の言う言葉がすべて真実であれば、どれだけ嬉しいだろう。
風丸は花織のプレーを見ながら目を細める。花織のプレーは自分の思考と合致する、だから見ていて爽快だった。スライディングのタイミングも、パスのタイミングも自分が思うとおりに花織が動いている。俺だったらこのタイミングで、風丸が己の必殺技を胸の中で呟いた時だった。
「疾風ダッシュ‼」
叫ぶ言葉と共に、結われた髪が揺れる。その姿は初めて花織が陸上のトラックを走るのを見た時……、その光景を蘇らせた。
「「‼」」
「「え‼」」
ピッチ内の雷門勢、ベンチ内のメンバーそれぞれに衝撃が走った。そして彼らはようやく花織のプレーに感じていた妙な感覚を理解する。花織のプレーはそっくりなのだ、どこをとっても風丸一郎太のプレーそのものだったのだ。
「花織先輩が、疾風ダッシュを⁉」
「おい風丸⁉ 月島って疾風ダッシュ使えたのかよ⁉」
驚いたらしい染岡が思わず風丸に詰め寄る。だが、風丸自身も酷く驚いていた。花織は自分の前ではあの技を使ったことは無かったからだ。彼女があの技をできるのだとは知らなかった、だがおかしなことではなかった。
「……疾風ダッシュは花織と一緒に練習した技だ。花織が使えてもおかしくはない」
「それにしても……風丸先輩、月島先輩によっぽど好かれてるんっスね。月島先輩、風丸先輩の動きにそっくりッス」
「え……?」
風丸が再び驚いてフィールドに視線を向ける。似ているのだろうか、花織と。こればかりでは本人同士ではわからない。だが、他のメンバーは壁山の言葉に共感できるようだ。
「言われてみれば……、似てるかもな」
「ホント……、さっき気になってたのはこれだったんだ」
ベンチ内で納得の声が上がる。それはフィールドに立つ選手たちも同様だった。鬼道有人は、ちらりと想い人である花織の背中を見て、やはりという気持ちが広がっていくのを感じていた。気が付いていた、花織のプレーが風丸のプレーと被ることに。それはある意味、鬼道にとって宣告であった。
瞳子監督の作戦の意図を読み解き、ようやく試合運びが安定してきたかと思えばこれだ。鬼道は表には露ほどにもそんな様子は見せなかったが、胸の内では複雑な気持ちが渦巻いていた。だが、今は試合に集中しなければならない。鬼道は相手チームの守備の穴を見つけ、ボールの行方を追う。
「花織ちゃん!」
「はいっ」
土門から送られたパスを花織が受け取る。ボールを持っていてもいなくとも、彼女の走るスピードはほとんど変わらない。きっと花織も相当の練習を積んでいるのだろう、鬼道はそんなことを思い、何とか胸の内で渦巻く気持ちを押さえつける。
「……っ、花織こっちだ!」
「鬼道さん!」
ボールを受け取りながら酷く複雑な気分に鬼道は見舞われる。本当にそっくりなのだ、花織と風丸のプレーは。彼女の動きを目の端で捕え、花織の恋人だった男の名を呼びかけそうになるなど、鬼道にとってそれは恋戦の敗北と取れるものだった。