脅威の侵略者編 第二章
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センターバックが一人欠けた状態で試合はスタートした。どこからともなく現れた角間圭太の実況で試合が進められる。やはり体格的な不利は顕著にみられるようだ。花織はいつも通りにメモを片手に試合を観戦する。印象としてはとても守備が固い、そんなふうに感じた。
一見、十人でも十分に戦えているようには思える。だが……、花織は怪訝そうに眉を顰めた。
一郎太くん……、調子が悪いのかな。
いつものように彼を見つめる花織は漠然と、まずそう思った。いつもに比べてスピードが足りないような気がする。そしてこれは直感的に感じるだけなのだが、何かいつもと違うような気がするのだ。いつもなら掴まらないようなディフェンスに引っかかるし、何より重心が右に傾いているような……。
花織は、本当によく風丸を見ていた。彼がサッカー部に入ってからは試合よりもむしろ彼しか見ていなかったといっても過言ではない。だからこそ、練習後には彼のプレーについてノートに溢れるほどの言葉が綴られるのだ。それに付き合っていた頃は一緒に練習をしていたのだから、彼の動きについては細部までよくわかる。
――――もしかして、怪我をしてるんじゃないだろうか?
まず花織の中に浮かんだのがそれだった。世宇子、エイリア学園と続いて昨日は連戦だった。何か故障があったっておかしくない。あれだけの部員が病院に入院することになったのだから。
もし人数が足りない時、彼なら何を考える……?通常なら怪我をしたとき彼は……、そして、今は。花織はハッとする。きっと何時であっても自分でたいしたことないと判断すれば、彼は怪我を隠そうとするだろう。
「秋ちゃん!」
「えっ、急にどうしたの?」
真剣な面持ちで試合を見ていた秋に花織が唐突に声を掛ける。その声は少し大きかったため、秋だけではなく春奈も夏未も驚いたようだ。花織はノートをポケットに直すと、秋を見つめる。
「少し、ベンチを空けるけどいいかな?」
「え、うん……。でもどうしたの?」
「ごめん、前半がもう終わりそうだからまた後で説明する。じゃあ行ってくるね」
花織はそう言って身を翻し、急いでキャラバンへと向かった。こういう時に限って救急箱などを準備していなかったのだ。今のうちに準備しておいた方がいいはずだ。
花織がベンチに戻るとちょうど前半が終了したところだった。選手たちがすでに休憩に入ろうとしている。秋たちはボトルやタオルを選手たちに配っていた。花織は救急箱の下についでにと持ってきたレジャーシートを敷き、救急箱をおくと秋たちの元へと向かった。
「ごめんね、手伝う!」
「あ、花織ちゃん。いいよ、どうしたの? 随分急いでたみたいだけど……」
秋が手伝おうとする花織を制し、残りをすべて選手たちに配り終わった後に花織が急にベンチを離れた理由を尋ねた。花織はふう、と息をつくとベンチを離れた理由を秋に簡単に説明しようとした。
「後半の作戦を伝えるわ」
しかしそれは監督の声によって遮られる。選手たち全員の視線が監督に向けられた。前半が終わってようやく雷門中のサッカーが掴めてきたころだろう。そろそろ作戦指示が出るのかもしれない。花織はじっと監督に視線を送る。
「染岡くん、風丸くん、壁山くんはベンチに下がって。空いたスペースは残りのメンバーでカバーして。よろしくね」
ええっ、とチーム内で驚愕の声が上がった。名前を呼ばれた三人は納得がいかなかったようで、すぐさま声を上げる。
「なんで俺が下げられなきゃいけないんだ‼」
「監督の考えがわかりません! ただでさえ厳しい状況なのに……」
「俺がさっき転ばされたからッスか?」
花織は監督の言葉に顔を顰めたが、すぐに頭の中で思考を巡らせる。風丸を下げるのは花織も賛成だ、彼は左足を痛めているような気がするからだ。だが、染岡と壁山は……? そういえば今日はシュートが決まらなかったみたいだ。水道へ寄り道をしたとき、染岡が枠の外へボールを蹴ったのを花織は見た。
「勝つための作戦よ」
もしかして彼らも怪我をしているのだろうか。だが、そうだとしてもならばなぜ説明しない?
「待ってください、これでは戦えません」
「いいえ、これで戦うのよ」
鬼道がそのまま立ち去ろうとする監督に抗議する。一番の問題は確実にこれだろう、人数が足りない。十一VS七なんて無茶にもほどがある、監督は何を考えているんだろうか。確かに怪我をしているメンバーを休ませることも大切だが、まずは皆が納得いっていないのならば、何故メンバーを下げるのか説明すべきではないのか。
「秋ちゃん、これお願い」
「えっ? 花織ちゃん?」
監督の横暴な態度に花織は苛立っていた。花織は自分が手に持っていたものを秋に押し付ける。そして監督の前に歩み出ると、少し苛立ちを見せるような表情でじっと監督を見据えた。
「監督、お願いがあります」
「何かしら」
ちらりと表情を変えずに監督が花織を見下ろす。
「私を試合に出してください」
一瞬、チーム内に沈黙が走った。だが、花織が放った言葉を飲み込むや否や、チーム内から驚愕の声が上がる。チームもマネージャーも動揺にざわめいている。
「おい花織」
「鬼道さんお願いします。人数が足りているならまだしも、こんな圧倒的不利に黙ってられません!」
花織が主に円堂と鬼道、そして監督に向かって頭を下げる。花織は、正直に言ってサッカーの試合という形式は帝国学園での授業以外ではプレーしたことは無い。
だが、今まで雷門中の試合やその他の学校のビデオを見てはチームプレーについて勉強を重ねてきたつもりである。加えてこっそりイナビカリ修練所で練習していたこともあるのだから、基礎体力や特に足の速さにはそれなりの自信があった。
「駄目ね。貴女はマネージャーでしょう、戦力にならないのが見えているわ」
「戦力にならなければすぐにベンチに下げて頂いて結構です。それに監督は自由にやれと仰いましたよね」
半ば喧嘩を売るような口調で花織が監督を見る。監督は呆れた様子で、じゃあ好きにすればいいわと言って去って行った。花織は軽く頭を下げると、鬼道の方へ向き直る。鬼道は不服そうな表情をして腕を組んでいた。
「花織、俺はお前を出すのには反対だ。これだけ力量差がある、それにお前は女だろう」
「相手チームには女性の方もいらっしゃいます。それに鬼道さんも言ってたじゃないですか、これでは戦えないって……。私、絶対に足手まといだけにはなりません、お願いします!」
花織が再び鬼道に頭を下げる。鬼道は困り顔で花織を見ている。今は喉から手が出るほど人が欲しい、花織が参加してもそれでも人数が足りないのだから。しかし心情的にやはり鬼道は花織の試合出場に賛成はしたくないのだろう。
「なあ鬼道、どうするんだ? 月島は出たがってるんだから一緒にやってみればいいんじゃないか? 一応、修練場でも特訓やったことあるんだしさ」
円堂が鬼道に問いかける。だが、鬼道は首を縦には振ろうとしない。実際、力量差も花織が女であることも関係はないのだ。……ただ万が一の怪我をする可能性を考えて、花織を試合に出したくない。中学生同士の試合であったならばまだ考えてもいいが、自分でさえ大人との体格差に苦戦する試合だ。自分よりも細く、小柄な花織に試合に出すのはリスクが高いような気がした。特に彼女はサッカーに関してはほとんど初心者なのだから。
「風丸、お前はどう思う。花織が試合に出ることに賛成できるか?」
「えっ」
急に話を振られて風丸はたじろいだ。まさか声を掛けられるとは思わなかったのだろう、急に自分に視線が集まって彼は目を逸らす。彼の答えはいつでも変わらない、いつもひとつだけだ。
「監督に下げられた俺が口を出せる筋合いはないが……、俺は花織が出ることには反対だ」
理由は鬼道と同じだった。花織に怪我が及ぶ可能性を考えてのことだ。……結局、彼女にとってある意味特別な二人からは賛成が得られなかった。花織は俯き唇を噛む、やはり黙ってベンチでのサポートに徹するべきだっただろうか。……でもこの状況で黙っていられないのだ。
「俺は、花織が出てもいいと思うけどな」
そこで初めて花織が試合に出ることに対し、賛成意見を出したのは一之瀬だった。彼は花織の肩をポンと叩く。そしてにこっと頼もしい笑顔を見せた。
「俺、決勝前に花織と一緒に練習したんだけど、彼女凄くサッカー上手いよ。この状況なら十分に戦力になると思う。花織のサポートは俺がやるから出してやったらどうかな?」
「俺も一之瀬に賛成だ。花織ちゃん、サッカー部のマネージャーになってからずっとサッカーの練習してたんだろ? 別に相手がエイリア学園だってわけでもないし、ただの練習試合なんだから出してやっていいんじゃないか」
一之瀬に同調するように土門が手を挙げて花織の横に並んだ。彼ら二人は、花織がどの程度のレベルでプレーできるか知る人物だ。だからこそ花織が十分戦力になりえると、彼らは判断してくれたようだ。花織がふたりに微笑みかければ、ふたりとも頼もしげに笑って花織の髪などを撫でた。ムッと彼らは面白くなさそうな顔をする。
「どうするんだ、もう時間がないぞ」
豪炎寺が審判を求めるように鬼道に尋ねた。すでにハーフタイムは残り五分を切っている。そろそろ決断せねば間に合わない。鬼道は深くため息をついた、そして仕方なしというような微苦笑を浮かべながら花織を見る。
「……わかった。いいだろう花織、お前はディフェンスに入れ。極力土門と一之瀬に指示を貰いながら動けば間違いはないだろう。ただし、無茶だけはするな……いいな?」
「ありがとうございますっ!」
鬼道の返答にぱっと花織の顔が華やいだ。そして選手全員に頭を下げると、ユニフォームに着替えるため春奈と共に、傍に留めてあるキャラバンへと駆ける。残された選手たちは突然の監督命令と花織の参加に未だ落ち着かない様子で話し合っている。そんな中、鬼道と風丸は疲れた様子で深くため息をついた。
そんな中、唖然と花織の申し出を見ていた秋が、ようやく我に返り花織に手渡されたものを見た。いったいどうしてそんなものを彼女が自分に渡したのか分からなくて、秋は首を傾げる。
「……? アイシング?」