FF編 第一章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
花織が風丸に想いを告げられた翌日の事だった。目覚めると酷く瞼が重たくて、鏡に映った自分の顔は酷いものだった。どうしてかあれからずっと涙が止まらなかったのだ。両親の心配も聞き入れず、目を冷やしもしなかったためか学校に着いた今も未だに腫れぼったい感覚がある。それだけ泣いても一晩考えても自分の気持ちに答えが見つからず、花織は昨日と変わらずモヤモヤと嫌な気持ちを持ったままだった。
「あ、花織ちゃん。おはよう……」
学校に到着して自分の席に向かうと、彼女が登校してきたことに隣の席の秋が気づいた。彼女は振り返って花織に挨拶をする。だが秋は花織を見て、すぐに驚いた様に目を見開いた。
「おはよう。秋ちゃん」
「花織ちゃん髪、切ったの? とっても似合ってるけど……」
「ありがとう」
作り笑いを浮かべて花織は席に着く。花織は腰ほどまでに伸ばしていた自分の自慢の黒髪をバッサリと肩ほどの長さまで切り落としていた。理由は髪を切ればこの胸を覆う気持ちが消えるかもしれないと思ったから。風丸と揃いの髪型ができなくなれば彼を意識することも減るのではないかと思ったからだ。
しかし、そんなことはなくて、首に感じる冷たい風が心に空いた穴を突き抜けるようだった。花織の浮かない表情を察してか秋は心配そうに花織の顔を覗き込む。
「どうしたの、何かあった? ……目が腫れてる」
「……なんでもないの」
心配する秋を余所に、花織はそっけなく返事をする。今はそっとしておいてほしかった。
鞄の中の教科書を机の中へ移そうと机の中へ手を突っ込めば、ぐしゃりと音がして何かが手に触れた。不思議に思ってそれを取り出してみると汚く畳まれたルーズリーフが入っていた。昼休み、部室に来なさい。花織は手の中の紙をぐしゃりと握りつぶす。筆跡には見覚えはなかったが、部室に呼び出されたところをみると陸上部の人間だということは間違いないだろう。花織が握りこんだ紙を見つめながら俯いていると、花織の傍にマックスと半田が歩み寄った。
「花織? 髪切ったのか? ってどうしたんだよ。あれ、その紙は?」
「……なんでもない」
やはり素っ気なく花織が言う。そのまま花織が机に伏せるとマックスが花織の右手からぐしゃぐしゃにされた手紙を取り上げた。そして紙にさっと目を通し、呆れた風に首を振る。
「ふーん……呼び出し状かぁ、筆跡から見て女子だね。行かないほうがいいと思うよ」
「……うん」
花織は返事したが、マックスの言葉は右から左だった。今はただ、風丸に対しての罪悪感ばかりが募ってゆく。いったい自分は何なのだ。勝手に風丸のことを傷つけ、そのことに対して勝手に落ち込んでいる。まったくもって意味が分からない。
風丸もまた、花織のことを気にしていた。廊下ですれ違った彼女を見て驚いた。思わず振り返って、その後姿を見つめて彼は息を詰まらせた。昨日の失恋もショックだったが、彼女の短くなった髪がどうしてか風丸の胸を締め付ける。切なく哀しい気持ちが胸の中に溢れていた。以前、お揃いだと微笑んでくれた花織、そんな彼女は髪を切り落としてしまった。
もしかすると昨日の出来事のせいで嫌われてしまったのかもしれない。しかし、彼女のことが好きなのだ。出会ったばかりなのに好きで好きで堪らない。
昼休み、花織はマックスの言葉を無視して部室へ向かった。この後の展開など何となく想像がついていたが、行かなければどうせ後々面倒なことになるだけだ。花織は呼ばれた通り部室へと向かった。
部室の中へ入ればキャプテンと先輩方面々がそこには居た。殺伐とした空気、やはり予想は覆らないらしい。花織は後ろ手に扉を閉める。そして静かに彼女たちを見据えた。
「何か御用ですか、入山先輩」
「あんた、最近調子乗ってない? 男子の方で練習するなんて、ありえないんだけど」
刺々しい口調で入山が花織に言う。確かに男子陸上部の練習に参加しているのはあまり良いことではないのかもしれない。しかし女子陸上部の練習が済んでからそちらに参加しているのだし、一応双方の監督にも確認はとった。彼女達にも許可は取っていたはずだ。今更そんなことを言われても今の花織には、はっきり言ってどうでもよかった
「ちゃんと監督や先輩たちの許可も取っていたはずです」
「……ムカつく」
入山が思い切りロッカーを叩く。大きな音が部室内に響き渡った。花織は面を上げて入山を見た。入山の目は怒りに震えている。花織は怪訝に思った、彼女の本当に言いたいことは花織が男子陸上部で練習していることではないようだ。
「気に入らないのよ、あんた。いつもいつも、今だってつんと澄ましちゃって。私たちのこと、馬鹿にしてるんでしょ? 自分に劣る人間だからって。その速い足で、男子にちやほやされて満足? 調子にのるんじゃないわよ」
入山が一気に花織に捲し立てた。花織は黙って入山の言葉を聞いている。何を言われても花織は揺らがなかった。だが次の言葉だけは花織の心に鋭く突き刺さった。
「知ってるわよ、風丸くんを傷つけたって。散々彼を誑かして手酷く振ったんでしょ?」
ズキ、と花織の心が痛みを覚えた。風丸のこと、確かに傍から見れば花織が風丸を誑かしたかのように見えたのかもしれない。だが、花織は風丸に対して最良の判断を選んだはずだ。間違っていなかったはずだ。申し出を受け入れることが、彼女たちの言う誑かすに該当するはずだ。そう思うのに花織の心は鈍く痛み続ける。
入山がつかつかと花織に歩み寄る。花織の胸倉をつかんで花織をきつく睨みつけた。
「……この、最低女」
吐き捨てた言葉と同時に鋭い痛みが花織の左頬に走った。一瞬何が起こったのか分からなくて花織は戸惑う。状況を飲み込む間もなく、入山が花織の身体をを地面に突飛ばす。花織は思わずよろめいて地面に膝を付いた。
打たれた頬に手を当てる。ジンジンと頬が熱かった。続いて誰の足かは分からなかったが、それが花織の脇腹に命中した。それを引き金に全員が地に蹲る花織の身体を狙って攻撃した。
「あんたなんて、走れなくなればいいんだわ!!」
酷く身体が痛む。地面との摩擦で生じた擦り傷からは血が滲んでいた。しかし、花織が最も痛みを感じているのはそこではない。何よりも痛いのは心だった。それは彼女が自分が今、何を考えているのかそれによって悩んでいた答えが見えたからだった。
花織は助けてほしいと思った、この状況から救ってほしいと思った。他でもない風丸に。風丸が現れて王子様のように自分を救ってくれたら。あれほど自分が酷い仕打ちをした風丸に花織は助けを求めていた。来るはずのない助けを心のどこかで待ち続けていた。そしてやっと気が付いた。
自分が本当は風丸のことを好きだということ。どれほど鬼道有人のことを恋焦がれていたとしても、それと同じように風丸にも自分が焦がれているのだと。体中に走る痛みが益々その気持ちを自覚させていった。瞬間、足に痛みが走り同時に嫌な音を立てた。花織は足首を押さえて身体を丸める。
今までの経験からきっとこれは捻挫だろうとどこか冷めた感情でそう思った。しばらく走れないかもしれない。でもそのくらいが自分への制裁としてもちょうどいいかもしれない、そんなことを思っていた時だった。
部室に陽の光が差し込んだ、先輩たちの手が止まる。攻撃がやんだことに恐る恐る目を見開けば、そこには自分の良く知る人が陽の光を後光のように纏って立っていた。花織は驚き目を見開く。
「は、半田くん……マックスくん……。どうして、ここに」
「大丈夫か!! 花織!!」
花織の掠れた声が彼らに届く前に半田が花織へと駆け寄り、その上半身を抱きかかえる。かなり土埃に制服は汚れていたが、あまり目立った外傷がなさそうな花織を見て半田は微かに安堵の息を漏らした。
「やっぱりやられてたね……。先輩たちはこんなことしてどうなるか、わかってるんですか?」
普段無気力そうなマックスが見たこともないような鋭さで先輩たちを睨み付けた。入山らは二年生二人が増えたところで関係ないと思っているのだろう。高圧的にマックスをそして花織を抱えた半田を睨む。
「あんたたちが来て、何だっていうの? あんたたちこそ、先輩に歯向かってどうなるかわかってんの? ……それに、その子が悪いのよ、これだけのことをされる理由があるんだから」
「何だと!?」
それに殴りかかりそうになる半田をマックスが不敵に笑いながら止めた。
「先輩たちこそ、ボクたちが二人だけで来ると思ってるんですか?」
どういう意味だ、と先輩たちはざわざわと動揺している。そのときすっとマックスの後ろから教育指導担当の教諭が驚いた様子で入ってきた。部室で起こっていたのであろう惨劇を見て教諭は目を剥く。
「入山、これはどういうことだ?」
教師が現れると同時に、入山らを始めとする先輩たちの顔が青ざめる。にやりとマックスが笑った。彼はあらかじめここに来る前、友人が先輩に呼び出され、暴行を受けているかもしれないと教師に告げ口をしていたのだった。
マックスはこの頃、花織についての良くない噂を耳していた。三年の先輩が実力ある花織の存在をよく思っておらず、排除したがっていると。だからこのような手段を取った。暴行を受けている、というのは教師を動かすための多少強引な嘘のつもりだったが、結果的に本当になってしまっていた。
弁解しようとする先輩たちを一蹴して教師は先輩たちを連れ、部室を出ていった。あとから花織を保健室へ連れてくるように半田とマックスに言づけて。教師の言葉にマックスが小さく頷いて部室を出て行く先輩たちを見送る。三人だけの部室には静けさだけが残った。
沈黙を破ったのは五時限目開始のチャイムの音だった。それを引き金にマックスが花織の傍へ歩み寄る。半田は花織の身体を抱えて、彼女の顔を覗き込んだ。
「花織、身体は大丈夫か?」
「全く、ボクは行かないほうが良いって言ったのに」
マックスが花織の手を引き、彼女を立ち上がらせようとしたが花織は足に力が入らずその場にぺたんと座り込んでしまった。その瞳からはぽろぽろと大粒の涙が零れ落ち、頬を伝っている。泣いている理由はなんだろうか、きっと先輩たちの事ではないだろう。半田は花織の表情を伺いながら心配そうに問いかける。
「泣くなよ。何があったんだ?」
「ゆっくりでいいから、話してみてよ」
花織は嗚咽を漏らしながら頷いて、昨日の出来事からすべてを話し始めた。マックスたちの答えを待てなかったこと、風丸に想いを告げられたが彼の想いに答えなかったこと、そして先輩たちの言葉を。話を聞いた半田は怪訝そうに顔を顰めていた。
「何で風丸のことを振ったんだよ。昨日の話でも分かってたじゃないか、花織は風丸が好きだったんだって」
「私が馬鹿だったから。自分の気持ちを整理できなくて……」
「どういうこと?」
マックスが先を急かすような口調で花織に問うた。花織は涙を堪えながらまだ誰にも話したことのなかった、自分が風丸の他に恋い慕っている人物のことを涙声で語り始めた。
「私には好きな人がいるの……」