LOOP54
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ユキは安らぎのために沙明との時間を求めて、彼と行動する時間を増やした。ループ開始時、条件が異なることで何かが変わるのだろう。これまで乗員と関わりを持たなかったために知り得なかった事実にユキは気が付いた。それは乗員たちのこちらに対する好感の有無だった。
例えば沙明だが、ユキに対し彼が友好的である場合や、逆にあまり快く思われていないと感じる時もあった。そして視野を広げてみると、それは沙明だけではなく他の乗員にもそれが当てはまることに気が付いた。異様にユキに好意を持っている場合もあれば、親を殺された恨みでも持っているのかと問いたくなるほど毛嫌いしている場合もある。
乗員たちの中で沙明は比較的に対応が柔和で、ユキが一緒にいようとすることを拒むことは少なかった。ユキは誰といるよりも、他の人間にどう思われていようが沙明の近くにいることが彼女の安心になりつつあった。かつて彼に心を救われたあのループがあったからだ。あの事象がユキの心を占める割合は大きい。
そしてこれは、沙明と行動を共にしているとき。知性化したシロイルカのオトメと寡黙な少年レムナンと話した時の出来事だ。
この船の乗員たちはほとんどが避難民だ。覚えていないがおそらくユキもそうなのだろう。前回の寄港地、惑星ルゥアンではグノーシアによる大騒動が起こっていたのらしい。そこで命からがら逃げ伸びたのがこの宇宙船D.Q.O.に乗船している者たち。そして脱出の際、人間と共にグノーシアも乗り込んできてしまった、と言うのが現在に至るまでの過程であるようだった。
オトメは彼女の飼育員と惑星ルゥアンでの騒動ではぐれてしまったと言った。皆、自分のことを心配しているだろうから、早く惑星ナダの研究所に戻りたいのだとオトメは語る。彼女が戻りたいと願うのだから、早く戻れたらいいね、とユキはオトメに言葉を掛けようとした。
「アッハ、骨のズイまで実験動物だな。戻ってもロクなこと無くね?」
だがオトメに対して沙明が告げたのは辛辣な言葉であった。口元を歪め、一見卑屈に見える微笑みを浮かべながら冷ややかに彼は言う。そんなことはない、と否定するオトメに対し追い打ちをかけるように言葉を重ねていた。
「ンなモン、アンタの知性化が上手くいってるうちだけだって。失敗したら、すぐゴミ箱にポイだぜ?」
沙明はさらに無神経な言葉をオトメに投げかける。しかし彼の発言に口は挟まず、静かにユキは話す沙明の横顔を見た。何の根拠があったわけでもない、だが彼の直言は軽口ではないと直感したからだ。ユキの目に映るのはいつものお気楽調子の彼ではなかった。
オニキスの如く黒々とした沙明の瞳には真剣さがあった。オトメを傷つけるおふざけを口にしているようには決して見えない。淡々と、心無いように思われる言葉を沙明は連ねる。聞き手に回っていたレムナンが彼の発言を咎めようとしたが、沙明は続けた。
「ハッ、俺ぁ知ってんだよ。パワー持ってる連中が、どんだけ簡単に他のモンを切り捨てるかってことをよ。知性化しようが動物は動物ってな。生かすも殺すも、その研究所のヤツらの気分次第だぜ?」
「沙明さん!」
勝手な推測に基づく沙明の発言に、レムナンは怒りを露わにする。オトメの気持ちを考えるならば、もう少し慎んで物を言えとユキも沙明を咎めるべきなのだろう。しかしユキは、隣で話す彼を見ていて何も言えなくなってしまった。
沙明の言葉にはまるで、過去自分がそれを目の当たりにしたかのような重みがあった。語り続ける眼差しには普段の彼にはないもの……、その気持ちはユキには怒りに近いもののように思えた。そして怒りと思しき感情の中には他にも感情が眠っているのではとユキは感じ取る。胸に抱いた心を見せまいと、彼は薄らと浮かべた笑みで隠してしまう。どうして彼がそのようなものを抱くのか、ユキには全く分からない。
――――貴方はどんなことを考えているの?
キュッと、心臓の奥が締め付けられる感覚があった。ユキがその痛みに呼吸を乱すと、沙明はそれを感知したのか。ユキに視線を向け、大丈夫かと問うように首を傾げて見せた。
些細な人の感情に気づく、それだけ人の心を気に掛けているのだろう。ほら、この人は決して人の心を蔑ろにしているわけではない。彼に対し、ユキは何でもないと首を振った。ただそれでも彼が気にかけてくれたことが嬉しくて、ユキは胸に灯る温もりを抱きしめる。
同時に胸の奥がじりじりとするのを痛みとして感じ取った。彼を見るたびに逸る心臓の鼓動が、どうしてそうなるのかを自分自身分からないでいる。一つ得ても、また分からないことが増える。中々彼の核心には到達できない。誠実ではなくてもユキは彼の傍が安心できるのだ。だからこそ彼女は彼に何を求めるでもなく沙明の隣を選ぶ。探求の果て、ユキが何を見つけるのかは分からない。
せめて少なくとも今は、貴方のことを見ていたい。そんなことを考えながら、ユキは彼の横顔を黙って見つめた。ユキはこの先の見えないブラックホールの深みへと、音を立てずに沈んでいく。