LOOP180
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「探したよ。……パーティーからいつの間にか抜け出しているんだから」
並んで廊下を歩きながら、セツが苦笑しつつユキに言った。
グノーシアのいないこの宇宙では今、無事に惑星ルゥアンでの暴動から脱出できたことを祝してのパーティーが開かれている。皆が持ち寄ったのだろう思い思いの食事がテーブルに並べられ、酒も提供されているようでいつになく賑やかに乗員たちは過ごしているようだった。グノーシアがいないからこそ、描かれた展開だ。
「少し疲れちゃって。……ごめんね、セツ」
肩を竦めてユキは申し訳なさそうに言う。セツは楽しそうに過ごす乗員たちに混ざっていたが、ユキは乾杯が済んですぐに自室へと戻った。賑やかな場所が嫌いなわけではない、乗員たちと語らうのも間違いなく楽しい。
ただ乾杯の音頭を取ろうとしていた沙明と目が合って、気まずそうに彼が目を逸らしたのを見た。それだけで事実を悟るには容易い。やはり交わした約束が果たされることはないのだと理解した。感傷に浸るためにも、少し一人になりたかったのだ。それにユキの姿があったのでは、沙明の方もこちらを気にして楽しめないかもしれない。
「いや、良いんだ。そういう気分のときもあるだろうし。……ねぇ、ユキ」
「ん?」
「ようやく私は、君に返すことができるよ」
脈略のない言葉を聞いて何の話だろうとユキは首を傾げた。終わりのないように見える白い廊下を歩き続けながら二人は向き合う。彼女が見つめたセツは目を細めてユキに微笑んだ。懐かしんだ表情をしてユキに語り掛ける。
「覚えてる? 君が私に鍵をくれたループを。私は本来……あの時、死ぬはずだった。だけど、君のおかげで、君が「鍵」をくれたから、今ここにいるんだ」
知ってからもずっと伏せていた話。セツの始まりのループのことだ。セツの惜しみない感謝の言葉に、ユキは目に見えて困った表情を見せた。決してユキがセツを救ったわけでもない。それ以外の判断をあの場で下すことができなかっただけだ。運命が定まっていて、他の選択肢が在り得なかったからだ。そして確かにセツの命は取り留められたかもしれない。だが……。
「でも、そのせいでセツをループに巻き込んでしまった。……私が鍵を渡さなければ、こんなに辛い思いをさせることはなかったかもしれないのに」
「ううん。私は、ね、ユキ。それでよかったと思う。本当に良かった」
視線を落とすユキに対してセツは大きく首を横に振った。
「あの時から、今まで――――。君がくれた宇宙で君と一緒にいられたから」
「セツ……」
嘘偽りなくそう思ってくれているなら、多少気持ちが楽になるかもしれない。義理堅いセツはユキにえらく感謝をしてくれている。ユキは返答に困って頬を掻いた。セツをループに巻き込むことは、ユキ自身のためである部分もあった。運命で決められていただけだ。別に感謝されるようなことをしたつもりはない。ユキが何も言わずにセツを見つめると、セツは思い出したように話を切り出す。
「ところで……。君と沙明のことなんだけど」
「……え」
思いにもよらぬ話を振られてユキの身体がビクっと飛び上がった。セツから沙明の話題があがるだなんて。ユキが驚きを見せるとセツは、ユキの動揺にくすくすと笑う。そして何かを懐かしみながら言葉を続けた。
「いつだったか、私はユキと彼との関係に苦言を呈したことがあったかもしれない。……でも今はね、君が彼を愛しているのなら、彼を選んだことに文句をつけるつもりはないんだ。……うん、私は彼が君を幸せにしてくれることを願っているよ。彼にそんな甲斐性があるのかは不安でたまらないのだけど」
急にどうしたというのだろう、セツの言葉にユキは理解が追い付かなくて困惑を見せた。セツが彼のことを認めてくれるのは嬉しいが、そのセツの願いに応えられない現実があることも返答に困る一端だ。
「……彼とは、そんな関係ではないよ。私が勝手に彼を想っているだけ」
悩みに悩んだ末、絞り出した声でユキは言った。これまでのループの中でセツに、今の言葉を掛けられたのならもっと素直に喜べたのかもしれなかった。だが、今となってはそうではない。どうやったって彼と共に幸せになることはできないだろう。ユキの苦々しい顔を見てセツはくすりと笑った。
「ふふ、そうかな。私はそうは思わないけれどね」
「……」
「ただ、君の幸せな未来のためにやらなければいけないことがある。……そう、この宇宙でループを閉じる前に解決しなければならない問題だ」
ようやく、長い廊下を経て目的地へとたどり着いた。自動ドアが開くのを待って中へ踏み込む。仄暗い、医務室にしては陰った印象を受けるその部屋の中央。そこで治療用ポッドは稼働している。……ステータスは治療中。以前セツとここを訪れた時と全く同じ環境。セツはそのポッドの縁に手を滑らせる。
「このポッドに入っている、もう一人のユキの存在だ」
「私が二人いる限り、この宇宙は……」
崩壊する。ユキはぎゅっと衣服の裾を握りしめた。だから銀の鍵を使うのだろう。満たされた銀の鍵を使えば別の次元への扉が開いて、扉をくぐれば違う次元の宇宙へと行ける。鍵の話を聞いた時、銀の鍵の本来の持ち主ラキオがそう言っていた。……すべてをここに置いていく、その覚悟はしてきた。
「そう、だから――――。もう一人のユキを、別の次元に送り出すんだ。「銀の鍵」を使って、ね」
「もう一人の私の方、を……?」
一瞬、セツの言葉に戸惑ったが、数秒の間で意図が分かった。セツの言葉を飲み込んでしまうと、ユキの緊張が途端に緩んだ。全てを捨て去る覚悟をした、けれど。そんな必要はもとよりなかった。なんだか拍子抜けした気分になった。
「ね? わかるだろう? 扉からもう一人のユキを送り出せば、ループの問題も二重存在の問題も解決するんだ」
言われたわけでもないのに、ユキは自分自身がこの扉をくぐる必要があるのだと思い込んでいた。だが、必ずしもそうする必要はない。要は今の宇宙にユキが二人いなければ良いのだから、どちらが別の次元へ行こうと関係ないというわけだ。ただそれで、何が変わるというわけではない。ユキはそう思って己の腕を掴む。
この宇宙に留まったとしても、記憶のない自分は帰る場所が無い。それに彼と共に歩むことを望めないならばここに居てもむしろ……。見知った者たちのいる宇宙で生きられることは嬉しいが複雑な感情だった。別の次元に行こうが行くまいが、全くのゼロであることには変わりがない。それでも、セツがいるから完全にひとりぼっちというわけでもないかもしれない。
「さぁ、まずは君の「鍵」を使おう。扉をイメージしてみて」
言われるがまま、ユキはいつも鍵を取り出すときのように扉を出したいと願う。瞬間、室内だというのに強く風が吹き、そして。ぽっかりと宇宙空間に似た闇がユキの前に口を開けた。人一人分がゆうに通れるその扉はオーロラの如き光に縁取られ、神秘的な雰囲気を放っている。
――――本当に扉が出るなんて。圧倒されたのもつかの間、セツの声が室内に響く。
「君のループはここで終わる」
ユキの前に現れた扉の前に影が立つ。セツがユキの前に立ちふさがったのだ。ユキの方をちらと見て、セツは粛として言い放った。
「そしてここで、君とは、お別れだ」
「……!」