LOOP167
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セツはずっと、ループから逃れたがってたンだろう?
今回はセツにとって、唯一無二の好機かもしれない
もし今回のセツが「銀の鍵」に寄生されなかったとしたら? セツの因果はここで収束する。
そもそもループなンて、していなかったことになるだろうね
そして君がセツから「銀の鍵」を受け取ったという
事実も消える。ループすることもなくなり、
ははっ、万々歳ってわけだ
[newpage]
ずっと疑問には感じていた。自分に対してセツが不思議なほど親切であること、気にかけてくれることを。もちろんこれまでのループがあるから、セツが誰にでも優しく平等であることは分かっている。
だがセツのユキに対しての態度は客観的に見ても特別であった。同じ時間の中でループを繰り返す唯一の仲間であることを差し引いても。ユキに借りがある、と言い続けるセツの言葉をいつだって思い当たることなく聞き流してきた。その答えが今、目の前にある。
二日前の夜、セツがループを逃れるには、今回が好機かもしれないとラキオは言った。確かにラキオの言う通り、セツにラキオの持つ銀の鍵を渡さなければ、そもそもループが始まることはない。始まりがなければ終わらせる必要もないだろうと一度は思考した。ループを繰り返す苦しみを知って、ユキが今更セツをループに巻き込む理由は無い。
だが現実はそう上手くいかないのだろう。事実からユキは一つの答えに至っていた。ユキから鍵を受け取ったセツがいるということは、同じだけセツに鍵を渡したユキが存在するということだ。きっとそのユキもループを繰り返し、今のユキと似たような思考を抱いていたことだろう。それでもセツに鍵を渡し続けている。そうやって因果をこれまでつなげてきているのだとしたら。
負のループを断ち切ることのできない理由とは何か、導くことのできる理由は簡単だ。……おそらくは、ユキが銀の鍵を使わざるを得ない事象が起こる。
――――すなわち、今のことだ。
けたたましく鳴り響くサイレン、騒然とした空気は今が異常事態であることを告げている。そうでなくても目の前の光景を見れば一目瞭然だ。船体へのデブリの衝突、破壊された船壁が雪崩のように崩れ、セツの上に覆いかぶさっていた。
いつだったか、グノーシアが蔓延る環境下ではLeViは群知体を管理できない、緊急事態に対処できないと聞いたのは。正しく今、この宇宙船の危機にLeViは船をコントロールできていない。
ユキは眼下に広がる光景を嫌に冷静なまま見下ろしている。緊急事態が発生したとき、セツはユキを非難させるために部屋の戸を叩いた。このループではあれだけユキのことを嫌っている節を見せながら、こうして軍人として立派な正義感をもって接してきた。個人的な感情でユキを排除することもない。これまでのセツをみていれば分かり切っていることでもあるけれど。
「……セツ」
瓦礫によって下半身を押しつぶされたセツをユキひとりの力では救うことができない。ユキに瓦礫を持ち上げる力もなければ、潰れたセツの身体を治療することも不可能だ。デブリの衝突により機体に穴が開いた。LeViがどこまで機能しているかは不明だが、今も少しずつ船体から空気が漏れている。このまま何もしなければセツは死ぬ。
「どう、して……、早く、逃げ……」
セツが肺を押しつぶされた声で喘いだ。自分が死に瀕してもユキの心配をするのだから、いかにセツが人間としてできているかが伝わってくる。彼に好かれるのは当たり前か、と目を細めてユキはセツを見つめた。
今、こんな状況を目にしていて、ユキが焦り一つ見せないのは。彼女が幾度となくこのループの中で人の死を見てきたからであること。そしてもう一つは自分がどうすればセツを救えるのかを知り、この後の顛末すら把握しているからだ。
鍵を用いなければループが繰り返されることはなく、セツの死の運命が確定してしまう。セツのループの終息は、セツだけのもので済むのか。ラキオの部屋で話を聞いていた時から分かっていたことだ。これまでの因果を結ぶために、ユキは決まりきった答えを選ぶのだ。
「ユキ……‼ そっちじゃな……」
何も言わずにユキはセツに示された地下への道ではなく、客室のある上のフロアへと来た道を軽い身のこなしで戻る。足は迷いなくラキオの部屋へと向かっていた。ユキは髪を靡かせる。廊下を今駆けるのは誰のためだろうか、セツの命を救うため、あるいは彼のために最良の未来を紡ぐため。それとも自分自身の満足のためだろうか。だが彼女は、根差した信念の旗のもとに迷うことはない。
ラキオの部屋の戸を手動で開く。部屋の中を覗き込んでユキは目を見開いた。ここにユキの求めるものがあると分かっていても、ラキオの荷物の中から探し出すことに難儀するだろうと考えていた。だがユキの予想は大きく外れた。昨夜コールドスリープしたラキオのベッドの上には、彼が前々日にユキに見せた銀の鍵が目立つように置いてある。その横にはそっけない言葉で綴られた彼からの言葉があった。
『どうせ緊急事態でコレを使うことになるんだろう? 探す手間を省いてやるから感謝しなよ』
ああ、やはりさすがだ。ラキオもこうなることがちゃんと分かっていたのか。そして理解したうえで、自分が手渡せない状況を予測してここに……。
「ラキオ……」
この緊急時に少しだけ頬が緩む。ユキとラキオは決して馬が合わないが、憎むことも嫌うこともできない理由がこういう部分にある。悪態をつくせいでヘイトを買いやすいが、ラキオも理性的な判断のうえで弱者に対して手を差し伸べられる人だ。繰り返すうちに分かって来た。人を小ばかにした言動は気に入らない……、だが友情を得たいとは思う。ラキオの方は真っ平ごめんかもしれないけれど。
鍵を手に取り目的の場所へと向かう。これ以上、ぼやぼやしている時間は無い。崩れた壁はきしみ、更なる崩壊を招くかもしれない。ああいや、それ以上にセツの体力が持たないか。万が一、宇宙空間に放り出されたら一巻の終わりだ。
全速力でユキはセツの元へと戻る。迷うことなくセツの元に歩みより、押しつぶされた身体の傍に身をかがめた。水晶のように透き通る封をされた銀の鍵をセツの横に置く。
「これ……は……」
セツの問いには答えず、ユキは淡々と言葉を紡ぐ。
「疑うな。畏れるな。そして知れ。全ては知ることで救われる」
始まりの言葉を告げる。淀みないユキの声は今にも失われそうな空間の中に響き渡る。彼女の声に応えて銀の鍵は瞬き、見覚えのある淡い青い光を放った。ユキはその眩さに目を細める。銀の鍵はきらめき、セツの身体の中に取り込まれていった。定着、したのだろう。
――――これでセツは、終わりの見えないループに巻き込まれることになる。
もしかするとそれは、死よりも残酷な苦しみなのかもしれない。これまでセツがユキに対し、始まりの出来事を語ったことはなかった。弱音を零したのもたった一度きりだ。これから繰り返す時間の中で、あのとき死んだ方がましだと思うことがあるかもしれない。ユキもかつて、彼に対して燃え上がるような恋心を抱くまではそう考えていたのだから。
けれど、たとえそうであっても。今ここで死ねば終わりだ。生きていればいつか苦しみを逃れる日がくるかもしれない。
「セツ」
考えるよりも先に身体が動く。今のセツに何を説明しても届くことはないだろう。ユキは冷たい床に膝をついて手を差し伸べた。セツの頭を抱え、己の腕に抱きとめて言葉を掛けた。今のセツはこれから同じ時間をループするだなんて思っていないだろう、今は迫る死の恐怖に心穏やかではないはずだ。だから、せめて安らぎになればとユキは言葉を紡ぐ。
「大丈夫」
終わっては始まりに還る、ウロボロスの輪がどこから始まるのかを考えたことはない。セツとユキがどちらから始まったのか、それは卵が先か鶏が先かを考えるのと同じくらい難しい。だが一つ、セツの言葉を思い出す。
『ユキには借りばかりがある』
以前セツがそんなことを言っていたことがあった。もしかしてセツがユキに恩を感じている出来事はこれを指すのかもしれない。こんな決まりきった運命を借りだと思う必要はないのに。……あくまでも推測の域を出ず、正解であるかなど定かではないけれども。
気が付けば酷く寒い。瞼は重く、今既に視野を確保していられない。まるでコールドスリープに似た抗いがたい眠気。消滅とも冷凍睡眠とも違う自らの終焉が迫っている。
彼は……、沙明は無事だろうか。既にコールドスリープしていて意識のない人間を心配するのも馬鹿らしいが、せめて命だけは損なわれないで欲しい。もしも彼が目を醒ました時に幸せであるならばいうことはない。こんな状況でもユキの思考の根幹には沙明が存在する。
今の瞬間に、彼と添い遂げられる時のような幸福感は無かった。だが決して、ユキは孤独ではない。
「大丈夫だから、セツ」
セツと己に言い聞かせるように口にする。今はもう終わりの気配がすぐそこまで来ているから。何か説明をする時間は無い。せめてセツに安心を与えるための言葉だけを口にする。……もし何か語ることが必要ならば。
「大丈夫だよ……」
ここではない、別の宇宙で然るべき時に話をしよう。