LOOP164
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
目の前がノイズ交じりの黒、白、黒と変化を遂げていった。視界は不明瞭なままで、ユキの目が見えていないというよりは、そもそも世界が形を保てていないという表現が適切そうだ。どうやらまだループしていないらしい。
歪んだ宇宙船の壁と床、損傷しているわけではなく不自然に歪んでいる。だがそれも瞬きのたびに移り変わり、見えたり見えなかったりするようだ。世界に色はなく、闇のような黒で塗りたくられている。かつて存在した世界の残骸、か。
「酷く不安定な世界みたいだね。宇宙消滅の余波で、こんな世界に飛ばされてしまったみたいだ。恐らく、長くは保たないだろう」
見えない景色の中で、セツの声が聞こえた。ユキが瞬きをすると、正常ではないがセツの姿が視野に入った。しかし再び目を閉じ開けば、別の光景が映っている。セツの言葉を信じるなら、ユキたちは今もなお、崩壊を続けている世界に偶然にもしがみついているということだろうか。
以前にあの宇宙に到達した時にはこんな場所に留まることはなかった。辿り着いたのは偶然かもしれない。
「セツ……。私、グノーシアのいない宇宙を前にも経験したことがあったと思う。」
まず先に、ユキはかつての出来事をセツに話した。
これまで夢だと思っていたから、セツにこの話をしたことはない。それにあの時は、他のことばかりが気に掛かっていた。深く事象を考察しなかった。だがこうして今とあのループを重ね合わせてみると結論は簡単に出る。
「やはり同じように私と出会って……、同じように宇宙が消滅した」
「……そうか」
ユキの言葉を聞いて、セツが次に口を開くまで少しだけ間があった。
「………………いい機会、かもしれない。二人で話し合って、考えを纏めておこう」
「私が二人いるという事について?」
「ああ。君と、もうひとりのユキ。同一の存在による矛盾の発生と、対消滅。宇宙消滅の原因はそれじゃないかな。だから――彼女も、そして君もまた、本物のユキ」
仮にどちらかが偽物であったならばそもそも矛盾は生じていないということだ。対消滅が起きるということは本来存在しえない同一の存在が、同時に存在したことによる矛盾。点と点が繋がっていく。
「そして、これまでループしてきた宇宙にも私がきっと二人いた」
「ああ、恐らく、そうだ。前にラキオが言っていた通り、もう一人のユキもまた、船内にいたはずなんだ。……そして巻き戻った私たちが目を醒ます前に、消えていたんだ」
パズルのピースが埋まり、形が組み上がっていく。かつて、夕里子が言った。この船にグノーシアが生ずるのはお前のためだと。……ああ、まさにそういうことなのだろう。グノーシアのいない宇宙、いつもの開始より一日早い宇宙にはグノーシアはいなかった。
だが、何故翌日になって急にグノーシアが現れたのか。すべては宇宙の秩序を保つためだ。宇宙消滅を避けるために宇宙によって生み出されたのがこの船のグノーシア。ユキを消滅させることで宇宙の整合性を保つ。そしてまた、バグという存在も同様の理由で船の中に現れる。
「船内のグノーシア汚染者が、もう一人のユキを消していた。そのため、君ともう一人のユキ――――二重存在の問題はこれまで起きなかった」
「……」
「だが、汚染者がいなければ――――、宇宙が消滅する。だから今まで、汚染者のいる宇宙にしかループできなかったんだ。私たちがこの先も存在を許される宇宙は、そこにしか無いから」
輪郭のない世界でユキは俯く。この先、まっとうな人生を歩める可能性はユキにはないのだろうか。これから行く平行世界にも間違いなくもう一人ユキが存在しているはずだ。グノーシアがもう一人の自分を消滅させなければ、宇宙そのものが消えてしまう。
すなわちグノーシアのいる世界でなければユキは生きられない。多くの犠牲を払い、何よりも大切な彼を自分の生で危険に晒す宇宙。そんなの真っ平ごめんだというのに。
ユキの心が伝わったのか、セツが再び口を開く。
「私は……ね、ユキ。あの、船に汚染者がいない宇宙で、思ったんだ。できることなら……あの宇宙で。皆が犠牲になることもなく、皆に希望がある宇宙で、ループを終わらせたい、と」
「……うん」
踏ん切りがつかないまま、答えの見えぬままにセツの言葉を肯定する。その返答に確かな覚悟は無かった。だが自分の生死に、他の乗員たちを巻き込むのもおかしなことだ。深く考え込むユキの前に影が現れる。ぼうっと闇の中にセツの鍵が映りこむ。
「ユキ、やはり「鍵」だ。この状況を打開するには「鍵」が必要だと思う」
銀の鍵――――、並行世界の情報を食い尽くし、満足したら新たな世界への扉を開く。セツの言葉でラキオが言っていたことを思い出す。そうだ、鍵が満たされればこことは異なる宇宙への扉が開く。
どこかは分からないが、もう一人のユキがいない世界。そこに辿り着けたなら、二人のユキは別の宇宙で生き、そしてこの宇宙船の中にグノーシアが発生することはない。
セツが提案するのは犠牲を払わない完璧な解決策だ。それを悟ってしまった今となっては、先ほど気にした彼の好感のことなど些細なことに思えた。ユキは感覚のない指先を丸めてこぶしを握る。異様に乾く唇を舐め、詰まりそうな呼吸をやっとの思いで繰り返した。
ユキの持つ「銀の鍵」に情報が満ちた時が明確な終わりだ。そしてそれは、そこまで遠い先の話ではない。銀の鍵の宿主であるユキには感覚的に分かるものがある。この鍵が満ちたとき、グノーシアのいない宇宙でユキが銀の鍵を用いて扉を開き、ユキは異なる世界へ行くことになる。
彼も、誰も見知らぬ地へ、たとえ冷たい孤独へ追いやられても。……この方法ならば彼の命は救われる。彼だけではなく、この船の乗員全員が光の下へ歩き出すことができる。
「銀の鍵が満ちれば、そうすればユキは……」
消えることはなく、宇宙が消滅することもない。きっとそうなんだろう。