LOOP162
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「君も人の話を聞かないな。無駄だよ、僕のところに来たって君に話すことなンかないね。ハッ……、それにしても今日は連れがいるようだね。君も僕の説得に来たのかい、沙明。ユキが何者か、君だって気が付いてないんだろう? ユキの味方をすることは君のためにならないと僕は思うね。色恋で前が見えなくなっているなら勝手にすればいいけど。僕は忠告したからね、沙明」
三日目の議論の終わり。今度は沙明と二人でラキオに声を掛けようとしたのだが……。結論から言うとラキオから話を聞くことはできなかった。ユキが話しかけようとするや否や、言葉を並べ立てて拒絶の意を示した。昨日と違ったのはユキに対しての拒絶の外に、沙明に対して忠告を残していたことだった。それが今、ユキの心に引っかかっている。
ラキオとの対話に失敗して、ユキと沙明は娯楽室へと向かった。落ち着いた場所で体制を立て直そうという話になったのだ。とはいえ、グノーシアは残り一体……。明日の話し合いが上手くいってしまうと、今回のループでラキオから話を聞くことは難しいかもしれない。
それにしても……、ユキは娯楽室のソファに掛けて深く考え込む。ラキオは沙明に対して「ユキが何者か、君も気が付いてないんだろう?」と言った。ラキオがユキに対してあのような態度を取るのは、ユキがラキオや沙明、あるいは乗員全員にとって不都合な何かだと知ってしまったからではないか。そう、その言葉からは推測できる。
いったい自分は何だというのだろう。今回の自分の役割は乗員だから、紛れもなく人間だと思っている。見目形は、他の者とも大差なく人間なのだと思う。でもこの船で目を醒ますよりも前のことをユキは覚えていない。
もしかするとユキの生まれに問題があるのか。この宇宙で差別されるような人種であるとか、コメットの粘菌のように自分の知らぬ寄生物を身体に持っている? 特定の事項で危害を加える可能性があるから、危険だと思われているのだろうか。あるいはオカルトチックだが、傍に居るだけで不幸をもたらす存在だとか……。どれもしっくりこない、ラキオのいう矛盾する、に当てはまるものが見つからない。
「……ユキ。オイ、ユキ。」
「……え、あ……、なに?」
身体を揺さぶられてユキは我に返る。焦点が合うと、視界には心配そうにユキを見つめる沙明の姿があった。ああそうだ、一緒にラキオと話をするために作戦を考えようと決めたのだった。ユキは息をついて、ごめんと彼に呟く。沙明は手を伸ばしてユキの頬を撫でた。
「お前、顔色スゲェ悪ィんだけど……。ヘーキかよ、具合悪いなら医務室行ってみるか?」
「いや、別に具合が悪いわけじゃないから」
彼の心配の眼差しに弱々しく微笑んでみる。それに医務室は、以前見た悪夢を思い出すから立ち寄りたくない場所だ。面持ちは暗くても決して体調が悪いわけではない、込み上げてくる不安で多少気分が悪い気はするけれども。
ただ想像すると恐ろしいのだ、ラキオは自分の何をそんなに嫌悪しているのか。そしてラキオの嫌悪するそれが、沙明にとって悪影響を及ぼしているのではないかと。
「沙明……」
「ン? どうした」
「私がもし、沙明の敵……、たとえばグノーシアだったらどうする?」
ハッと彼が息を呑んだのが分かった。これはあくまでも例え話で、今回のユキはグノーシアではない。それにグノーシアであるのなら、前回と同じように自分を犠牲にすれば彼を守ることができる……かもしれない。それ以上に回避不可の話かもしれないが。
とはいえ、例に出すならこれが一番分かりやすい。もしも今ここにいるユキが沙明の安全を脅かす、人類の敵だったなら彼はどう思うのか。
沙明はしばらく何も答えなかった。沈黙が空間を満たすのでユキは居心地悪く俯く。ユキが俯いてからまたさらに少し時間が経って、ようやく沙明が口を開いた。
「アー……。ま、もしそうだってんなら、おネンネしてもらうしかねェかもな。アァ、でもユキお前別にグノーシアじゃねぇだろ。だったら気にすること無くね?」
「……違う。聞き方が良くなかった。私が沙明にとっての敵だったら……」
一緒に居たくないと思う? 聞くのが怖くて言葉にできなくなり、ユキは口を噤んだ。議論とは違って歯切れの悪いユキを見つめ、沙明は彼女へと手を伸ばす。膝に置かれたユキの手を取り、そうっと指を絡めた。
「んなことはさ、いいだろ。なァ、ユキ……ラキオに言われたこと、気にすんなよ」
「でも……」
「ハァ……、ユキ? ラキオの言うことに心当たりがあるのかよ」
「……分からない。ない、けど……」
船に乗る前のことは覚えてないから。とユキが自信なく口にすると沙明が手を握ったまま、反対の手でユキを己の腕に抱きしめた。ぽんぽん、とあやすように彼が背を叩くので、ユキはぽろぽろと本音を零していく。
「あんなことを言われれば不安に思うよ。……ラキオは私の知らない何かを知っている。あんなにも忌むようなこと……。沙明に何かあったら、私は」
「ン……? ちょいまち、お前の心配ってソレなわけ?」
ぴたりと背中を叩く手が止まる。少しだけ距離を置き、沙明が驚いた顔をしてユキを見た。ユキは潤んだ瞳で沙明を見上げる。そうだよ、と紡いだユキの声は水を打つ波紋のように広がっていく。
「私は沙明、貴方に無事でいてほしいだけ」
もちろん、他のみんなもそうだけど。と申し訳なしに取ってつけたようにユキはいう。沙明は視線を上や下へ動かして、困惑を表情に浮かべた。ユキは視線を保つことに耐えかねて俯いた。
突拍子もないだろう、この沙明はこれまでの沙明と、また違う彼なのだから。それでも沙明はユキを親しみの眼差しで見つめる。優しく愛情を感じるようなキスを落とす。
「アーハァ、そんな心配いらねェよ。お前が居りゃ、俺はこうして満足に生きてるぜ? アンダスタン?」
「……沙明」
「なァ、守ってくれんだろ? だったら俺ァお前の味方だぜ」
力強くユキの手を握り、ユキが欲しい言葉を与えてくれる。何度、この言葉に救われてきたことか。だから離れがたいと思う。彼を失ったら、ユキは何を支柱に生きていけばよいのか見当もつかない。
「うん。……守るよ。他の何に変えても」
――――そう、貴方を守りたいという感情だけは嘘じゃない。