LOOP162
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∞
「悪いけど、僕に話しかけないでくれる? ハッ、君を見るだけで虫唾が走る。ああ、気が付いてるンだろうけど、僕は君を排除したいンだよ。君の言うことに耳を貸すつもりはないし、君のために割く時間もない。早く僕の前から消えることだね」
開口一番、嫌悪を露わにした言葉を飛ばしてきたのはラキオだった。ここまで邪険にされて問いただすつもりなどなく、ユキは肩を竦めてそれ以上は何も聞かないことにした。こちらだって好きで話しかけたわけではない。彼に尋ねたいことがあったから声を掛けたのだが……。
ラキオはフン、と鼻を鳴らしてユキに背を向け歩き始める。議論二日目にしてこの嫌われようだ。大体ループにおいて、彼との関係は決して良好とはいえないものの、ここまで酷いことも珍しい。ユキは何も彼にとって不利益をもたらすことはしていないはずだ。少なくとも、今はまだ。
原因として考えられることがあるとするのならば、昨日の対話が関係あるのかもしれない。ロビーでラキオと、そして夕里子と鉢合わせた。
夕里子はユキに対して「お前は歪んでいますね」と言葉を掛け、そしてラキオに何かをした。客観的にみると夕里子がラキオの顔に手を翳しただけだったのだが、夕里子はその際「歪みを正す」と言っていた。それ以降のことだ、ラキオの態度が豹変したのは。
夕里子は不思議な人物だ、何らかの能力を有している節がある。もしかするとラキオは、夕里子の能力によって知るべきではないこと……、夕里子のいう『歪み』について知ったのではないか。
『すべての元凶は、ユキ――――お前ではないかと』
ユキは口元を手で覆って俯く。夕里子の言葉が脳裏で反芻された。夕里子が示すすべてという言葉が、何を指すのかが分からないが重要な情報だ。少なくとも夕里子はそう考えていてラキオは何かを知った。知りたいならラキオに聞けと夕里子ははぐらかしてしまう。ならば、何としてでもユキはラキオに話を聞かなければならない。
そう思って先ほど声を掛けようとするとあのざまだ。取り付く島もなく追い払われてしまった。
「よォ、いるじゃん。探したぜユキ」
「……沙明」
ラキオとは打って変わって好意を感じられる声にユキは振り返った。廊下で立ち尽くしていたユキを見つけ、声を掛けてきたのは沙明だった。ユキの表情は自然と綻ぶ。この沙明は前回の彼ではないけれど、今回も彼がいつもと変わらぬ笑顔を見せてくれることに安堵した。沙明はユキの肩を叩き、顔を覗き込む。
「ンーフー? 悩み事かよ、こんなとこでボーっと突っ立っちまって」
「うん。……ラキオに話を聞きたいんだけど」
「リアリィ? ……んだよ、ラキオにかよ」
怪訝そうに沙明の眉間に皺が寄せられた。それも仕方がないことなのかもしれない。ラキオの態度が豹変したのが昨夜。今日の議論でラキオは明らかにユキに対して敵意剥きだしであった。他の乗員もユキの何がそんなに気に障るのか、首を傾げるほどラキオはユキに対して憎悪を向けていたのだ。
「でもこっちの話を聞いてくれなくて」
「アァ……、想像つくわ。つーか、アイツはムリだろ。ホレ、話し合いんときだって今にもユキに噛みつきそうだったぜ?」
「……そう、なんだけど」
ユキは沙明から視線を逸らし、ラキオが去った廊下の先を見る。目的がないのならば、今のラキオに近づくつもりは毛頭ない。だがラキオに話を聞かなければ先には進めない。
夕里子はあの時ラキオに対して問いかけた、「お前の前に立っているのは誰ですか?」とユキを見るように促した上でだ。そこからラキオが口走ったのは「そんなはずは」、「矛盾している」という言葉だ。きっとラキオはユキの素性に関する何かを知っているのだ。
本当は知るのは少し怖い。己の心が決まらないまま、事を進展させていいのかと囁く自分もいる。だがこのチャンスを無視することもできない。ユキは険しい表情で先を見据える。
「なァ」
「……ん?」
きゅっと肩に置かれた手に力が籠ったのを察して、ユキは沙明の方へと視線を戻す。少しずれた眼鏡を手の甲で押し上げて、沙明がユキを見つめた。先ほどに比べ、表情が強張っている。沙明、とユキが彼を呼ぶと沙明はユキを真摯に見つめ返してくる。
「んで、ラキオなんだよ」
「……えっ」
「俺の方がお前を満足させられるって。……ま、アタマ比べられると敵いやしませんケド? でも可愛げは俺の方があるだろ、誠心誠意お前のこと守ってやるし。……オウケィ?」
何を言い出したのかと思って一瞬きょとんとしたユキだが、彼が言わんとすることが分かってくすくすと笑ってしまう。ひとしきり笑った後に切なくなって肩を落としてしまった。こんなふうに現実味のない夢のような出来事が起こってしまうから、夢から抜け出す勇気が満たされないのだ。
ユキに対して沙明は少しムッとした様子で眉をひそめた。どうやら、自分の態度について笑われたのだと思ったらしい。沙明はもう一方の手も持ち出してユキの両肩を掴む。
「オイ、真面目に聞けよ。協力してェつーなら、ラキオはやめて俺にしとけって。な?」
「うん。……でも、ラキオには話があって」
「ハァ?」
「ラキオは私の求めている情報を持っているみたいなの。だから、彼から話を聞きたい。……それでも良かったら協力してほしい」
お互いの齟齬が見つかって、沙明はユキが笑った理由も思い当たったようだった。項垂れると同時にユキの肩から手を離し、沙明はハアァ、と大きく溜息を付いた。そして唇を尖らせ、拗ねた子供のような顔でユキを睨む。
「ンだよ、そーいうことは早く言えって」
だが彼の表情はくるくると変わる。機嫌を損ねたかと思えば、穏やかにユキに微笑みかける。そっとユキの手を取って優しく握りしめるのだ。彼の手から伝わる温もりは、酷く心地よくユキに安心を齎す。レンズ越しの眼差しはこの船に居る誰よりも温かいと感じる。
「協力してやってもいいぜェ、お前がラキオに話聞けるようにな。……だから、俺のことも守ってくれよ? 頼むぜ、ユキ」
迷いなくユキは頷く。それこそ、頼まれなくたってユキはきっと沙明を守るけれども。