LOOP32
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LeViの警報によって目を醒ます。朝になると乗員の一人、ジナがこの宇宙から消失していた。昨日の話し合いの結果、ラキオがコールドスリープしているが、初日のグノーシア反応は二つだった。ラキオが仮にグノーシアであったとしても、もう一人グノーシアがこの船の中にいる。グノーシアが完全に駆逐できていなければ、空間転移のたびに人間が消えるのだ。
もしかするとユキにはジナを守る方法があったのかもしれない。今回のユキは守護天使であり、一夜につき一人だけ乗員をグノーシアの襲撃から守ることができる。ただし一人だけだ、しかも先回りして守る人間を決めていなければならない。ユキがグノーシアの襲撃先を予想して、正しく選択できなければ人間は消滅する。
昨晩、ユキが守ると決めたのは言わずもがな沙明であった。空間転移の時間が訪れて別れる前、協力関係を取り結んだともいえる言葉を交わしたことが、彼を守った理由の一つ。ユキが生き残るために協力してくれる乗員がいるということは、議論中の生存確率が格段に上がる。無論、相手がグノーシアかもしれないという危険性はあるけれども。
そしてユキが沙明を守ったもう一つの理由は、彼がエンジニアであると一日目にカミングアウトしているからである。もちろん彼の対抗エンジニアが現れたことは言うまでもないが、ユキは沙明こそが真のエンジニアだと信じていた。
彼に向ける自身の信頼に理屈がないことはユキ自身が重々理解している。しかし昨日、沙明がユキを庇ってくれた実績を到底無視などできない。対抗エンジニアや誰が人間であるかも分からないグレーの乗員たちを守ること。ユキはそれらに沙明を守ること以上のメリットを見いだせなかった。
二日目の議論は、これまでにないほどユキにとって安定感のあるものであった。沙明は前日の宣言の通り、ユキをエンジニア権限で調査し人間であることを確認したと報告した。そして彼の対抗エンジニアであるセツはコメットを調査し、人間であることを告げた。それらを踏まえたうえでの議論の結果、本日はSQのコールドスリープが決定し、話し合いは終了している。
「アーッハァ! んだよユキ、お前落ち着いて話せるじゃん。昨日とは別人みてェだったぜ?」
議論終了から次の空間転移までの長くはない時間。この夜もユキは沙明を訪ねた。同じ時間を過ごし、警戒もなくユキは沙明を自室に招き入れる。
相も変わらず殺風景な、ベッドとデスクだけしかない部屋。だが彼がここにいるだけでいつもと違って見えるような気がした。無機質な空間に彩が添えられたような、ユキにとって普段より過ごしやすい場所になったのは確かだ。
狭いベッドの上に沙明とユキは並んで腰かけた。腰を落ち着けるなり沙明が、今日の議論中のユキのことを褒めた。偽りではない、心の底からユキを褒め称えようとする彼の笑顔に、彼女も自然と笑みを零す。
「ありがとう」
確かに今日は、今までにないほど心を落ち着けて話ができた。いつものように口ごもったり、焦ったりすることなく話し合いに参加することができていたという実感がユキ自身にある。たとえ疑いを向けられても堂々と振舞っていられた。その理由は単純明快だ。ユキは沙明を見つめる瞳を細める。
「それは……、沙明がいてくれたから」
そう、沙明が絶対的にユキの味方であっていてくれたからだ。大袈裟な表現ではない、彼が味方でいてくれることが、どんなにユキにとっての安心になることか。精神的な支柱があるというのは余裕を生む。ループし眠らされてきたこれまでは、孤独で恐ろしいばかりであった。一人で傷を負わなければならなかった。
けれどもこのループには沙明がいる。損得もなくユキを庇い、守ってくれる彼が。僅かばかりの時間を一緒に笑って過ごしてくれる彼がいてくれる。他の誰に疑われようと、沙明が自分を信じてくれていると分かっていたから強く立ち向かえた。何も怖くないとさえ思えたのだ。
彼の存在にユキは自身の命だけではなく、心までも救われている。だからこそユキはそれに見合うよう応えるだけだ。
「お前、さ……、ホント」
ユキの全幅の信頼を寄せた言葉に、沙明は曖昧に視線を外して微笑む。
「ハッ……、買い被りすぎじゃねーの? ま、売れる恩は売っとくかね。後で返せよユキ」
俺らが今日消されなかったらだけどな、と取り繕った軽い口ぶりで沙明が言う。膝に置いたユキの手に己の手を伸ばすと、強く握りしめて沙明が彼女を見る。レンズ越しに見る彼の極めて瞳は穏やかで、まるで嘘なんか無いようにユキには見えた。
「何にしたってさ、俺はユキの味方だぜ? オゥケィ?」
穴が開き、空っぽになってしまっていたユキの心に温もりが注がれる。これまでずっと寒くて辛くて堪らなかったはずなのに、一瞬でそんな気持ちは取り払われてしまった。じんわりと心地よく温かい。どくんどくん、と脈打つ心臓はユキが生きていることをユキ自身に教えてくれた。
「……うん」
自分の手を握ってくれている沙明の手を握り返す。触れた手はユキと違って大きくがっしりとしていて、頼りがいのあるものに思えた。ユキは自然と表情が綻ぶ。
景色はのどかさの欠片もなく薄情でも、彼がここにあるだけで心は不思議なほど穏やかだった。永遠に続くことのないこの時間が、少しでも長くありますように。そんな切な願いを持ちながら、自分にできる最大限の力を彼に注ぐ。
「私も、沙明を守るよ。守れるから、きっと……」
その言葉が何を示すのか、彼も頭が悪いわけではないからきっと察しただろう。沙明は眉根を寄せて息を呑んだように見えた。ユキの手を握っていた両手のうち右手を離す。彼の右手はゆっくりと持ち上げられ、そのままユキの頬に触れて撫でつけた。何をされようとしているのかは、子供ではないから分かる。
「……ん」
彼の唇がユキの言葉を遮って飲み込ませた。彼の左手はユキを強く握りしめたままでいてくれて。離れた沙明の唇が掠れた声でユキ、と乞うように呼ぶものだから。ユキは思考する間もなく頷いてしまった。
どうなったっていい、彼がそれで満足してくれるのならば。沙明に求められるのも、触れられるのも嫌ではなかった。……彼ならば、いいと思えた。たとえここに彼の心が無いのだとしても、彼の役に立てるのならば構わない。
「あァ……、ユキ」
彼の体温を直に感じる。沙明の指はいとも簡単にユキを暴いて、彼の視線が優しくユキを包む。触れ合って互いの温度を確かめ合い、求めあう。
「ハッ……。何つーか、一緒に生きられたらいいよなァ……、俺もお前も」
絡めた指先と視線、紡がれた言葉に誠に真実があるのか。実際はすべて生き残るための嘘ではと、邪推する気持ちがユキの中にないわけではない。それでもユキは彼の言葉に対し、必死に首を縦に振った。
「そんな上手く、いかねェよなァ……」
彼を信じていることは疑うよりも辛くはないと、そう思った。