LOOP157
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レムナンと別れてユキは自室へと戻ろうとしていた。あまり長い時間ではなかったけれど、それでもレムナンと言う乗員の新たな側面をみることができたように思う。自分が何を目指しているのかはユキにも分からなかったが、銀の鍵に情報を満たすことを考えるならば多くの乗員と語らうのは悪いことではない。停滞だけはするまいと必死にユキは藻掻いている。
上層へと戻ると仄暗い下層とは打って変わって明るさを感じ、眩しいと思うほどだった。ユキは僅かに目を細めて髪を耳に掛け整える。髪を払った際、視界の端に人影を捕らえて目を見張る。どきりとユキの心臓が高鳴るのと同時に、その人物はわざとらしく明るくユキに声を掛けてきた。
「ヘイ、ユキ。奇遇じゃん、こんなとこで会うなんてな、アァ?」
「…………沙明?」
声高である分、無理に取り繕ったテンションであることは透けて見えていた。ユキは彼を見つめて目を瞬かせる。彼と出会った衝撃は、沙明と会うにも気が引けると思っていた感情を忘れさせてしまった。普段鉢合わせないような場所で彼と出会ったこと、そして沙明がどこかイライラしている印象を見せたことにユキの思考は向けられていた。
「レムナンはお前の御眼鏡に適ったかよ? ハッ、あんなウブな顔してよっぽどスゲェモン構えてるつーわけか? アーハァ、えげつねェテクの持ち主ってのも在りうるなァ」
「……沙」
名を呼ぼうとしたユキの声を遮って沙明が距離を詰める。壁際に寄せられ、手先に壁が触れたのを感じてユキは留まった。
「なァ、 オトコに取り入って安心なんざ出来るわけねーだろ。ミイラ取りがミイラにンーフーンって言うしな。あァ、それともお前がグノーシアかよ?」
彼が苛立っているのは分かるのだが。ユキは彼の発言を聞いてきょとんとしてしまう。自分の何かに対して彼が不快な感情を抱いたことは分かっても、彼が何を言いたいのかは全くもって分からなかった。それでも彼は何かに腹を立て、ユキを見つめるその眼差しには切実さが滲む。
「ま、俺のことが信用ならねーっつうことなんでしょうけどねェ」
「あの、沙明」
ようやくユキは立て続けにまくしたてる彼の言葉を打ち切る。沙明はあからさまに顔を顰めたが、やっと聞く耳を持ってくれたようだった。
「んだよ」
「どうしたの? 私、何かしてしまった……?」
気に障るような何かを彼にしてしまったのなら、ユキが不安げに沙明を覗きあげる。沙明はユキの表情を見てたじろいだ。言葉に詰まって、口元を引きつらせながらもごもごとセリフを作り出そうとしていた。ユキは一言一句、彼の話を聞き漏らさないようにと集中して待つ。僅かに頬に赤みを差した沙明はぐ、っと喉を鳴らして、そして。
「だァから! ……あーもう、クソッ」
どうやら何かにしびれを切らしたようだった。瞬間、ユキの身体に彼の手が触れ、ぎゅっとそのまま締め付けられる。驚いてユキは声を上げそうになったが、意外と早く平静を取り戻す。耳元でぼそぼそと「ダッセェ……、マジでありえねェわ」と彼が呟くのが聞こえる。熱い彼の身体や深く繰り返す呼吸が、いつもに比べて浮ついているように思えて、ユキは考えるよりも先に彼の背を撫でた。
「沙明」
どうすればいいのかは彼女の意識が知っていた。彼の言葉を聞くためにユキは名を呼ぶ。打ち震えるような温かさを柔らかく抱きしめる。真実に目を向けるのは苦しい。だが、それでも。
「教えて。沙明がどう思ってるのか、知りたい」
自分自身を生かしている気持ちからは目を逸らせないと思った。ユキが子守歌のような声色で尋ねる。沙明の腕はいっそう、ユキを抱く力を強め、彼女の首筋に顔を埋めた。消え入りそうな声で彼の声が言う。
「…………ユキ、俺がお前を守ってやる」
ユキの視界で、白い天井が滲む。
「お前はただ、俺だけを信じてりゃイイんだよ。……だから、他のヤツにあんま気ィ許してんじゃねェぜ」
美しい夢のような言葉だった。内から溢れ出る熱で、目頭が熱いと感じる。心臓の拍動が生きているとユキに語り掛けた。身を包むのはユキが求めた幸福の温度。
もしかすると彼は、話し合いで目を背けたことを気にかけてくれたのか。それともユキが自分ではなく、レムナンを庇ったことに対して何かしらの感情を抱いてくれたのか。もしかすると以前のループでのラキオとのことも……? 彼の本当の気持ちは汲めなくてもユキの心は高鳴った。
まるで一人の女性として彼に求められているようだと錯覚する。沙明はこれまでセツを口説くことはあっても、セツに向けるような熱烈な言葉をユキに向けてくれたことはない。今の言葉も、セツに向けるものに比べればなんてことはないのかもしれない。
「沙明は私を信じてるの?」
「……んな当たり前のこと聞いてんなよ」
いっそうユキの肩口に顔を埋め、決して表情が見えないようにしながら沙明が答える。ユキは彼に頬を摺り寄せ、唇を噛み締めた。
――――沙明が望むなら、私は。
冷血な現実から逃れて目を閉じる。こうして沙明と接することで迎える結果について、先ほどまでは思いつめていたはずだった。だがユキの感情は、より自分本位に流れていく。彼が私を望んでくれているのだ、無視できるわけがない。
ひとときの安らぎのために行ったユキの行動は、この沙明を永遠に苦しめるのかもしれない。その事実を知っていながらユキは現実を直視することをやめ、目を閉じてしまった。
私だって彼がいなければ生きていられない。ループが終わる保証もないのに、またあの恐ろしい孤独の苦しみの中に身を投げるなんて……。
思考を放棄してユキは沙明にしがみつく。この瞬間に前に進むことよりも、夢に溺れてしまうことを選んだ。確かだと信じられる温もりを抱いて固く目を閉じる。彼以外のすべてを思考から追い出して、ユキは考えることをやめた。