LOOP157
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議論が終わってしまって、ユキは行く当てなくふらふらと船内を徘徊している。いつもならば沙明がいる場所、共同寝室や娯楽室を彼との時間を求めて訪れる。今回だって沙明と共に居たいと心は願っているのだが、これまでのことを思うと自分が傍に居てはいけない気がして沙明のところへは行けなかった。
かといって部屋に籠っているとますます思考が煮詰まって気が滅入る。だからこれまで行く機会の少なかった宇宙船D.Q.O.の下層へと足を運んでいる。これまでユキが行く機会が少なかったということは、沙明が訪れる可能性も少ないと踏んだのだ。
コールドスリープルームもある宇宙船の下層は、上層と比べると暗く静まり返っている。歩くと靴音が反響し、未知の洞窟に踏み込んだような高揚感があった。ユキは右や左をきょろきょろと見まわしながら、一室へと踏み込む。宇宙船の心臓部が轟々と生き物のように低く唸り声を上げている。膨大な叡智の積み上げによって作られたそれらが、物珍しく感じてユキは上を見上げる。
「……」
「……ユキ、さん」
全く気が付かなかったがどうやら先客がいたようだ。視線を下ろすと、白髪の少年がユキの背後に立っている。おずおずとユキに声を掛けてきた様子の彼は、先ほどの議論でユキが疑いを向けきれなかった人物だ。
「レムナン」
「あの、話し合いの、とき……。かばって、くれて……、ありがとう、ございました……でも、どうして……、僕なんかを気にかけて……?」
ぽつりぽつりとレムナンが小さな声でユキへ礼を言った。同時に彼の中に在ったのであろう疑問も彼女に向けて投げかけてくる。ユキは彼を振り返り、レムナンをじっと見つめた。すかさず彼がすみません、と視線を逸らす。
これまでのループで彼とはあまり話をしたことがない。知らないことも多いからか、前回までのユキなら彼を庇ったりはしなかっただろう。想い人のためになるわけでもなく、そしてレムナン自身におどおどとした部分があるからどうしても彼の行動を挙動不審と捉えがちだった。
「どうしてって……」
先の議論だって、意図的に庇ったわけではない。だから問われてもユキが明確な答えを持っているわけではなかった。……しかしそこを正直に答えても仕方がないだろう。意識してユキは柔らかく目を細めて微笑みを向ける。
「信じてるからだよ。……レムナンはグノーシアじゃないって思ったから」
レムナンから警戒心を拭うことを目的として猫を被ってそのように答えた。ユキがそう答えるとレムナンは少し安堵したふうな表情を見せた。せっかくだから、気を紛らわせるためにも話をしてみようかと考えて話題を振る。もしかすると何か必要な情報を得られるかもしれないと思ってユキは口を開いた。
「ねぇ、レムナン。貴方はよくここへ来るの?」
「……ええ、まあ……」
「そう。私は初めて来た……、のだけれど。不思議と見入ってしまうね。神秘的で、まるで生きてるみたい」
これは心からそう思ったことだ。記憶を失うよりも前のことは分からないが、知識が備わっていないことから考えると、おそらくユキは記憶があった頃もあまり機械に詳しい方ではなかったのだろう。
それでもこの場所は不思議に満ちていてさわさわと胸がくすぐられる。人の手を離れ、どうにも現実離れしているのだ。レムナンがここで過ごす理由もわかるような気がした。時間を忘れられそうな場所、とユキが結ぼうとしたが、それよりもレムナンの声が響く方が早かった。
「そうなんです! この動力炉、素敵ですよね。OEライクな外見なのに中身はCSCの九十二世代。でも流路は冗長じゃないんですよね」
いつになく饒舌に、そして楽しそうにレムナンが語り始める。少々呆気にとられ、目を丸くしたユキだが黙って彼の話に耳を傾けることにした。いつも何かに怯えてビクビクしているレムナンのことを、これまで全くと言っていいほど知らなかった。レムナンが何を言っているかは分からないが、彼が明るく年相応の少年らしく話しているさまは見ていて不快なものではない。
「あ……、ごめんなさい。勝手に、夢中になってしまって」
「いいよ、続けて?」
流暢にしゃべっていたが、ふと我に返ったレムナンがおどおどと謝る。ユキは微笑を浮かべて首を振った。そして話の続きを促す。今まで過ごしてきた中でも新鮮な時間だ。レムナンとこれほど長く話をするだなんて。通常とかけ離れているから、心穏やかでいられるのかもしれなかった。
他意はない。レムナンと過ごす時間には、沙明と過ごす時間のように甘酸っぱいときめきや幸福感はないと断言できる。けれども単純に友と語らうという名目ならば楽しいと思えた。現実から目を背けようと必死なだけかもしれないけれども。