LOOP146
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ラキオを守り切るという約束は果たした。議論の流れをコントロールすること、今のユキにとってその程度は造作もない。グノーシアを見つけ出し、コールドスリープするという事柄に関しては。彼女は洞察力に長け、好かれやすい振る舞いをする。そして発言に影響力があった。
議論終了後、ユキはラキオの部屋を訪ねていた。彼に銀の鍵およびユキとセツがループをしている現象に関する仮説を聞かなければならない。いくらひねくれものとはいえ、ラキオは約束を違う人物ではないとユキは解釈している。
ラキオの部屋、ユキの使用しているものと同じ殺風景で必要最低限の物しかない部屋だ。ラキオは部屋に入るなり、ユキに対してつっけんどんに言葉を掛ける。
「さ、早く出しなよ」
「何を……?」
「決まっているじゃないか。銀の鍵だよ、どうせ持ってるンだろう?」
主語がないためにユキが困惑の眼差しを向けると、ラキオは呆れ調子で言った。ユキはラキオが銀の鍵の存在を知っていたことに驚きつつも、言われるがまま鍵を出したいと念じる。すると彼女の胸の前に銀の鍵が光と共に現れた。
銀の鍵の出現を見て、ラキオは予想通りと言わんばかりに口の端を釣り上げる。
「やっぱりね、予想通りだ。銀の鍵が定着しているじゃないか。……フン、この泥棒猫が」
かと思えば、いきなり謂れのない中傷をラキオに浴びせられた。あんまりな言い様にユキはラキオを不愉快とばかりに睨みつけた。ユキがあからさまに感情を表情に出したからか、ラキオは「君に睨まれる筋合いはないンだけど?」とユキの態度を鼻で笑う。そして言葉を続けた。
「それは本来、僕のものだ。グノーシア騒動の混乱で紛失したと思っていたけれど、盗まれた上に勝手に使われているとはね。時間が巻き戻る? 当然だろう、それは元々そういうものだからね。やれやれ、物の本質も知らずに盗んだの? 無知は怖いな」
驚愕の真実を突きつけられ困惑する。言葉を失うユキを無視してラキオは続けた。
「……は」
「いいかい? その銀の鍵は一種の生命体だ。人間に寄生し、情報を食う生き物。一度寄生したら、近隣の平行宇宙に移動しながら食い荒らし続ける。そう、君がループと呼んだ現象のことだ」
銀の鍵の元の持ち主がラキオ、そしてこの現象自体が銀の鍵によって引き起こされているもの。ラキオの言葉はまさしく真理と評するに相応しい言葉だった。噛み締めるようにラキオの言葉をユキは繰り返す。ラキオの言う通り銀の鍵は確かに情報を蓄積している。平行宇宙に移動しながら……、その言葉でユキは留まった。
「ちょっと、待って……」
肌が粟立つ。臓腑が鷲掴みにされたような、例えるならばその感覚がユキの中を走る。恐ろしい想像がユキの頭に浮かび上がった。自分が浮かべてしまったそれが、あまりにも残酷なために彼女は震える声でラキオに尋ねる。
「時が巻き戻っているわけでは、ないの……?」
「問いに答えてほしいなら、まず謝罪してもらおうか。僕の所有物を盗んだこと、膝をついて許しを請いなよ」
ひらり、とラキオが手を振って床を指し示す。神経に障る言い方をされたので、ユキは不安を振り切って再びラキオを睨みつけた。氷のような眼差し、それは精一杯の虚勢だ。彼女のその行動は一刻も早く答えが知りたいと思いつつも、聞きたくないと時間稼ぎに出ているからかもしれなかった。
「覚えのないことで謝罪する気はない」
「フン、往生際が悪い。君が僕の所有物を持っていることは事実だろう?」
さあ、と言わんばかりにラキオはユキを見下ろしたがユキは口を噤んで謝罪する気はなかった。情報自体は喉から手が出るほど欲しいものだが、冤罪を認めるのも癪だ。相手がラキオだというのもユキを意固地にさせた。
時計の文字盤の数字ばかりが先へと進む。ユキが黙り込んで何も言わないのでラキオはやれやれと溜息をつく。埒が明かないと判断したようだ。
「可愛げがないね、君は。……昨夜の沙明に対する態度との違いに、僕は色欲に溺れた人間の浅ましさを実感せずにはいられないね」
呆れ調子でラキオは眉を八の字に寄せる。
「…………まあいい、僕は君ほど狭量ではないンだ。話も先に進まないから簡潔に説明するよ」
昨夜の沙明とユキの対話を見ていた、ということを嫌味のように指摘はしたものの結局ラキオが折れる形となった。まずラキオは銀の鍵の性質について説明を始めた。
銀の鍵は欲求を持つ、その唯一の欲求は情報収集だ。近隣の平行世界の情報を集め終えたら、よりよい餌場へ。こことは異なる宇宙への扉が開くのだと彼は説明する。そして扉を通り抜けて鍵を抜けば、銀の鍵は宿主から離れるのだと言った。きっとこの手順を踏めば、ループ現象は終わる……ということなのだろう。
説明は聞いていたが、どこかユキは落ち着かない様子であった。ラキオもそれを分かっていて、きっと先にこれらを話したのだろう。ここから先、彼女が知りたいと望む話をしてしまえば、そこから先が伝わらないと判断したに違いない。……今でもユキの顔は蒼白になっているのだから。
もうすでに答えは出ているようなものだが。ラキオはじっとユキを見る。先ほど感じた彼女の恐れに対して判決を述べた。
「さて、先ほどの君の問い、答えはイエスさ。……君は平行世界を移動している。君はまた違う環境の、同じ時間を繰り返しているかもしれないけど。君がいなくなった世界はそのまま進んでいくンだ。だからそんなに彼を大事に思うのなら、親しくするのは愚策だったと思うね。……知りたかった部分が不鮮明かい? だったら、君にも分かるように言ってあげるよ」
震えるユキの唇が言葉を紡ごうとしたが、それは言葉にならなかった。ラキオの言葉は辛辣なように思えて、ユキが知らなければならないことを網羅している。ラキオの言葉を聞かなければならないことは自分自身が一番理解している。先ほど浮かべた恐ろしい想像はまさに現実だったのだ。ユキの瞳から静かに涙が零れ落ちる。知りたくなかったと思ってしまった。
「……察するにユキ、君は。君は時間を巻き戻してこれまでのすべてを無かったことにしてきたンだろうけど。はン、君が去った平行世界には君が置き去りにしてきた彼がいるのだろうね」
私はこれまでに彼を、どのくらい苦しめてきたのだろう。