LOOP128
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あのまま、彼と共に先へと歩んでいける未来があったらどんなにいいだろうと考えている。何度かあれからもループを重ねてはいるが、あれほどの信頼を得られる出来事に達したことはない。だからあのループの事を何度も夢に描いた。それはもう、数えきれないほど空想に耽った。
次に目を醒ました時には文字通りすべて元通りで、沙明はいつものあの調子。本当の心を上手に包み隠して生きている。ユキに弱い部分を見せてくれようとはしない。時が巻き戻ることですべてなかったことになってしまったからだ。
別のいつもの彼が不服というわけではない、どんな彼だって好きでいられるのだろうけれど。やっぱり自分を信頼して、傍に居てほしいと願ってくれた彼が度々恋しくなる。気が付けば以前にもまして、視線は彼を追ってしまう。
「ユキ、何かあったの?」
隣にいたセツが心配そうにユキの顔を覗き込んだ。今回はループの始点でセツと顔を合わせた。時々、目が覚めるのが自室ではなくて誰かの傍というループがごくまれに存在する。そしてセツと鉢合わせた時は効率よくループの調査を行うためにも役職などの情報交換を行うようにしていた。
「何でもないよ、セツ」
「そう? でも何かあったら相談してほしい。私で力になれるのかは分からないけど……」
ユキがにこりと微笑むと、セツも心配さを残しながらも笑って見せた。気に掛けてくれることはありがたい。ループ現象における悩みであるならば、ぜひともセツにも聞いてもらいたいと思う。ただ、沙明に関することでユキがセツに話せることは何もないだけだ。
以前にやってしまったことから明白だが、セツは沙明のことを良く思っていない。ループも百二十八回を迎え、お互いに記憶を保持しているセツとは長い付き合いになる。だからこそユキは感じるのだが、セツは少しおせっかい焼きなところがあった。沙明への感情を歓迎されるとはとても思えない。
「ありがとう。じゃあ、行こう。セツ」
さりげなく会話を終わらせて、メインコンソールへ向かおうとユキは促す。この話題は、むしろセツに触れられたくないとユキが判断したからだ。
気にはしないようにしているがユキが沙明の話をセツにしたくない何よりの理由。それは沙明がやはりセツに対しては特別なアプローチをしているように思うからだ。どんなに自分のことであっても、沙明とセツが少しでも関わり合いになる事態は避けたいと思っている。
何とか気持ちに折り合いをつけているが、これに関しては些細なことでユキは冷静さを欠いてしまう。醜い感情だ、沙明のすべてを受け入れたいと思いながら目を伏せようとしている部分もある。
∞
「ねねユキ、聞いてもいい?」
夜時間の食堂にて。ユキはいつものように沙明のところへ向かいたいと考えて彼を探していた。しかし生憎、彼と鉢会う前にSQに呼び止められたのだ。SQと共に居たのはしげみちで、この二人の組み合わせは非常に珍しい気がする。単純に気は合いそうな二人だけれども。
ユキが足を止め、会話に混ざるとSQは単刀直入にユキに問うた。
「ユキとセツって何か企んでいるでしょ。んふふ、名探偵SQちゃんの目は誤魔化せませんぜ」
一体何の話だ、とユキはよくよくSQに話を聞いてみる。どうやら二人は誰がグノーシアだったら嫌か、という話をしていたようだ。しげみちはセツだったら嫌だよな、と言ったのを皮切りにセツが人間かどうかで議論になったようだ。そこで、ユキとセツが妙に仲が良くしているから怪しいと思ったのだという。
「私が……、セツと?」
企んでいることはないが共有している事項はある。これまでの記憶がお互いに在る分、意志疎通は他の者よりも容易い。加えて今日も二人でメインコンソールに現れたから、繋がりがあると思われたのか。様々な推測を立てながら、ユキは白々しい態度を取った。
「もしかしてユキとセツって、グノーシア?」
「ユキ、そこんとこどうなんだ?」
確かにつながりがあるように見えるなら、そう思われても仕方がないのかもしれない。誰が味方で誰が敵なのかも分からないのだから。
残念ながら今回のユキは何の役職も持たない乗員であり、情報交換をしているから知っているがセツはエンジニア。どちらも人類側の陣営である。疑うのは構わないが、とユキがSQとしげみちの質問に返答をしようとする。
「誤解しないでほしいな」
しかしそれよりも早くユキの背後から飛んだ声が、彼らの質問に答えた。セツは真面目な顔をしてユキを庇うように立つ。きょとんとユキはセツの後姿を見つめた。
……おそらくは、ユキが疑いを向けられ問い詰められていると心配して話に入ってきてくれたのだろう。ユキ一人で十分誤魔化すことはできたのに、やっぱりセツは心配性のようだ。
SQは質問の矛先をセツへ向ける。セツの誤解、という言葉に解説を求めた。
「あ、噂をすれば。んで、誤解って?」
「ユキと私のことだろう? ただの恋人だよ、私たちは」
セツの発言はまるで爆弾のようだった。思いにもよらなかったから、ユキも思わず吃驚の声を洩らす。しかしそれはSQとしげみちの声に掻き消された。彼らに引けを取らないほど驚いてユキはセツを凝視する。ユキ自身もそんなことは初耳である。誤魔化すにしても他に方法があるだろう、セツはそもそも汎だろうに。
「ホントに? 汎なのに?」
「魂で繋がり合っているからね」
さも当然のようにセツが言う。ユキは目を白黒させながら話を聞いていた、冗談が苦手そうな顔をして大それたことを言うものだ。ここは口を挟まず、セツに合わせるべきか。そう判断したユキにもう一つ、今度はSQの口から爆弾が落とされる。
「でもでも、ユキが好きなのって沙明じゃないのん?」
「えっ」
今度はユキの声だけが浮いて響いた。ユキは議論の時には絶対に見せない動揺を露わにする。
――――確かに、私は沙明への気持ちを隠すつもりはないけれども。
まだ今回のループは一日目。だがSQが言い切ってしまうほど、ユキの沙明への意識は透けていたというわけである。改めて他人に指摘されてしまうと、今更だがユキは恥ずかしさでいっぱいになった。SQの指摘に頬を赤く染めて、それでも質問に答えることはできない。
だがここで顔を曇らせるのが、たった今ユキの恋人だと明言したセツだ。
「……どうして沙明が出てくるの? SQ」
セツの声色が先ほどに比べトーンを落とした、表情もどことなく固い。SQはセツの言葉に気圧され曖昧に笑う。
「え、えーーっと……? エへ、SQちゃん勘違いしちゃったのかもDEATH」
「……とにかく、ユキを借りるね。少し話があるんだ」
そう言ってセツはユキの手を握り、すたすたと歩き始めてしまった。ユキは連れられるままにセツの後を追っていく。後方からはしげみちのイカンぞ、SQ! と叱咤の声とSQのアレって修羅場ってやつ? という的外れな声が聞こえてきていた。
食堂を出てセツがユキを引っ張ってきたのは人気のない通路であった。かつてここでセツと話したのは議論をさぼって映画を見たループ以来になる。
「すまないユキ。SQに問い詰められて困っているんじゃないかと思って割り込んでしまったんだ。雑談の場ではSQのペースになってしまうことが多いからね」
セツはまず、無理やりにユキを連れ出してしまったことを詫びた。やはりユキの想像の通り、SQに詰め寄られて困っているのではないかと心配をしてくれていたのらしい。そして次にセツが詫びたのはユキとの関係性についてだった。
「今回はつい、その……。場を切り抜けるために恋人だなんて言ってしまったのだけれど。……気を悪くしたのなら謝るよ。ごめんね?」
セツの考えた切り抜けの手段としては意外だったが、別段ユキは気に留めていない。ユキが恋い慕う彼に先ほどのやり取りを聞かれていたのなら、平静を保ってなかったろうが。今回はその限りではない、セツは汎なのだからユキに対して恋愛感情を抱くこともないだろう。
「ううん、助けてくれてありがとう。セツ」
ユキはニコニコと愛想よく笑う。セツが彼のくだりを無視してくれているならばそれでよいと判断したのだ。だがユキの思惑通りには進まなかった。
「ところで……。SQが言っていたけれど、ユキは沙明のことが好きなの?」
ぎくりとユキは身を硬くする。さりげなく、何でもないように切り出してきたがそれはユキの核心を突く指摘だった。ユキは目に見えて動揺して口を噤む。そんな無様な姿を議論では見せたことがなかったからだろう。ユキのその態度からただ事ではないと、セツは表情を厳しくした。
「もしかして……。私とはループの始点で会ったと思っていたけれど、それよりも前に沙明に何かされたんじゃないか?」
過去におそらくはそのような経験を持つセツが問う。本当にそうであったならどんなにいいだろう、そうユキは思いながらセツの言葉を否定した。
百二十八回も繰り返しておいて、酷く嫌われたりはしていないもののユキは強引に沙明に迫られたことなどない。今回だって目が合えば微笑んだり、アイコンタクトはしてくれるもののセツほど熱烈に求められたりは断じてしていない。
「何も。……私と沙明は何でもないから」
それが紛れもない事実だというのに、口にするとなんだか悲しい気分になってしまった。荒縄で心を縛り付けられるようだ。いろいろな思い出があるというのに、すべてなかったことになってしまっているのを認めると胸に来るものがある。
「……そうか」
ユキのその一瞬見せた悲しみをセツがどう捉えたのかは分からない。だがユキの返答にセツは厳しい表情を見せた。その真っすぐな眼差しをユキに向け、ユキの身を案じる言葉を掛ける。
「沙明には気を付けた方がいい」
「……」
セツの忠告に、ユキは返事をしなかった。