LOOP122
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∞
議論を終え、沙明のいない夜の時間をユキは過ごしている。彼女は今、同じグノーシア仲間であるオトメの部屋を訪れていた。今日は部屋で大人しく寝ようと考えていたのだが、オトメの方から話がしたいと部屋に招かれたのである。
彼女、オトメの過ごす部屋は水質管理室だ。オトメが自由に泳ぎ回れる広さの水槽があり、そこにシロイルカであるオトメは身を沈めている。ユキは水槽の縁に腰かけて、膝下までを水の中に浸していた。無表情で黙り込んでいたユキにオトメが不安げに声を掛ける。
「キュ、ユキさん。議論の前から様子が変です? 何かあったんですか」
言葉を掛けられればすぐさま、凪いだ海のように穏やかな笑みを貼り付けてユキがオトメを見る。
今日一日のユキの振る舞いは完璧だった。 顔にも態度にも発言にも、彼女の腹に潜む、煮えくり返るような感情は欠片も表出しなかったはずだ。結果、彼女は誰にも疑われていないし、それどころか人間であると思われる乗員とも協力関係を築いている。乗員たちの中でも十分に信用されている証だ。
「……どうして?」
今日のユキは完璧に人間らしくあったはずなのに、どうしてオトメが妙な勘繰りをするのか。ユキは静かな声でオトメに問いを返す。オトメはちゃぷちゃぷと水に浮かびながら、何やら言いにくそうに言葉を紡いだ。
「キュ……。今日のユキさんの音、なんだか怖くて……」
「……怖い?」
「ムキュ……、あの、えっと……。怒って、ます?」
微笑みだけは優しいユキに対して、オトメは恐る恐る問いかけてきた。ユキはわずかに目を細めて彼女のことを見る。
イルカは元々聴覚が優れている。高音は人間の七倍以上の超音波を聞き取ることも可能だ。心音を始めとして様々な音を人間は立てている。呼吸音や骨、筋肉の動く音もするかもしれない。どうやらオトメはユキの立てる音を聞いて、彼女が怒りを抱いているとそう感じているらしい。いくらユキでも心音までは偽れないか。
彼女の指摘は間違いではない。誰にも悟られはしなかったが、ユキは胸の中にぐつぐつと煮えたぎる感情を抱いている。許すと発言しておきながら、今回のループで起きたある事象を今でも許せないでいる。
「そう、見えるかな……?」
ユキはオトメに親しみを込めて笑って見せた。オトメはキュワ……、と鳴き声を洩らして心配そうにユキを見る。イルカでありながら感受性豊かで人の気持ちを推し量ることが上手いオトメは、ユキに核心を問うた。
「沙明さんのこと、ですか……? あたし、計算してみたのです。ユキさんの音がにごったの、セツさんと沙明さんの話をしてたときで」
「……」
「ユキさんの音、元々そんなじゃなかったから……、キュ」
誤魔化しは利かないのだろうな、とオトメの指摘を聞いてユキは思う。観念してユキはそうだよ、とオトメの言葉を肯定した。それでますますオトメは不思議がったようだ。クリクリとした眼差しで純真にユキを見つめる。
「ユキさん、あたしと一緒でグノーシアさん、です。でもでも、沙明さんがいないことに悲しんでる? 沙明さん、やっと解放されたのに」
「……」
救いにもならないオトメの言葉にユキは険しい表情を向ける。キュワ、と一声上げたオトメはユキに対して核心を問うた。
「……ピガ、あの、聞いてもいいです? ユキさんと沙明さんって仲良しだったの……?」
グノーシアは人間を消滅させるために存在している。どんなにループを繰り返してもその部分が変わることは決してない。だからオトメはユキの思考自体に疑問を感じるようだ。個として生きることを最大の苦しみと考えるグノーシアであるのに、初対面のはずの人間の死をどうしてここまで悼むのかと言いたげだった。
自分は彼と親しかったのだろうか。過去まですべて振り返ってユキは思考する。とてもユキには答えられなかった。
ユキ自身はこんなにも彼でいっぱいにされているけれど、果たして彼は? 沙明の方はどれくらい自分のことを心に留めてくれているのか。彼の胸中を想像するのは恐ろしくて、底から沸き上がる不愉快さで不安を掻き消す。
「仲良しだったかは、分からない……」
今回のループにおいて、ユキの中で重要なのは沙明がセツに殺されたこと。ただその一点のみだ。ユキは真摯な眼差しでオトメを見つめる。
「ねえオトメ、今日誰を消すかは私が選んでもいいかな」