LOOP121
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強引に展開を望む気はない。しみったれたことを考えたが、要はタイミングだとユキは思っている。終わりを迎えてループするたびに、沙明だけではなく他の乗員たちとの関係も変化する。彼が自分の話をしてくれる時がそのうちに来るかもしれない、共に船を降りられる時も。
しかしループが終わったとて、記憶を失っているユキは船を降りて行く先はない。いったい、今の先はどこへ向かえばよいのだろう。
不安を抱えるくらいなら時を気長に待つことは、むしろユキにとって都合の良い話なのかもしれない。今、こうして沙明と過ごせる時間を思う存分に満喫している。
現在は議論三日目にあたり、残りの乗員は五名となっている。最初に検出されたグノーシア反応は二体だったようだが、現在はどうなっているだろう。今回エンジニアは存在しておらず、さらにドクターは全滅している。現時点は全員がグレーであり、誰の目からも不透明になってしまっている。
人間側とってはあまり好ましいと言えない現状であるが、別段ユキの主観ではそうとも限らない。今回のユキは乗員で、沙明とは協力関係にある。
少々彼の行動に嘘っぽさを感じないわけではないが、それでも構いやしないのがユキである。今日も今日とて、自分勝手に沙明を守ることを第一に議論に挑む。
「サンキュ、ユキ。マジでお前がいると心強いぜ、なァ?」
去り際、ご褒美とばかりに沙明はユキの髪を撫でた。ニヒルな笑みを残して彼はメインコンソールを退室していく。それだけでユキは十分だと満たされるのだから、安上がりだと自分でも思った。
この度の彼にとって、自分はどういう立ち位置なのか。都合の良い女、そうであっても不思議はない。ユキの直感の通り、沙明がグノーシアであるのならば。……いつだってその程度だと言われればそれまでだが。
閉まりゆく扉の奥に、彼の後姿をユキは見つめる。考えたって彼の心を分かることなどできないから、堪えきれずにため息が漏れた。どう思われてもいいと建前では思っているけれども、できることならば彼にとって価値のある人間になりたい。触れ、言葉を掛けてくれることを声にはしないが望んでいる。
ユキは彼の姿が見えなくなってぎゅっと衣服の胸元を握る。心強いと言ってくれた彼の言葉を噛み締めて目を伏せた。恋というのは難儀なものだ。ユキを十分に強くしてくれたが、同時に酷く貪欲で身勝手にもしてしまった。
「ユキ様は、沙明様のことを気に掛けられておられるのですね」
彼女の恋心は、気配もなく唐突に揺さぶられた。柔らかな声に核心を突かれ、ユキは飛び上って顔を上げた。どくどくと心臓が早鐘を打っている。目を大きく見開き声を辿ると、にこにこと微笑むステラと目が合った。
「ステラ……、あの」
議論の時の理路整然さとは打って変わって、ユキはしどろもどろになる。火照って赤くなる頬を隠そうと手で押さえた。
単純な嘘は得意だ。自分がグノーシアであるときも、ユキは完璧に人間の皮を被って擬態することが可能だ。しかし、沙明の話を持ち掛けられた時は違う。些細なことで揺れる感情はステラにも明々白々に映ったようだ。ユキの面持ちを見て彼女は花開いたように微笑む。
「ふふ、隠さなくても大丈夫ですよ。私はユキ様のお話が聞きたいだけですから」
そうやって上品に笑うステラの声色には、ユキに対する興味が隠し切れない。まるで新種の花を見つけた時のような興奮を持って、ステラはユキの言葉を遮って語り掛けてくる。ユキの傍に歩みよって、彼女はこっそりと耳打ちをした。彼女らしからぬ強引さだ。……いや時にこんなこともあったか。
「私、お恥ずかしながら恋をしたことが無くて……。どうか教えてください、恋心というものがどんなものなのか」
「……っ」
恥ずかしくて顔から火が出そうになる。ユキは真っ赤になってステラを凝視する。あまりにも無遠慮に踏み込んでくるではないか。できればもう少しオブラートに包んで欲しい。
これまでユキは、たとえどんなにバレバレであっても彼への想いを自ら口にしたことはない。しげみちとの一方的な恋バナに興じることはあるが、ユキ自身の恋路に触れられるのは初めてであった。躱そうとしてもステラは遠慮なく距離を詰めてくる。
「愛する方がいらっしゃるというのはどのような感覚なのでしょう」
どうやら、ユキに黙秘権はないようだ。ステラは楽しそうに、純粋な好奇心だけを持ってユキの答えを待っている。次の空間転移まで時間はそこそこにあるようだ。……これは話すまで解放してもらえそうにない。
「えっと……」
追い詰められぐるぐる回る思考でユキは答えを導く。…………どうせ、ループが終われば話していないことになるはずだ。それならば今回割り切って話をしても、全てなかったことになるか。それにこれまで話してきた印象を振り返っても、ステラは誰かにユキの心を言いふらすような人物ではない。ユキは覚悟を決めて、ようやく重い口を開く。
「……例えるなら温かい、かな。……暗くて寒い場所で凍えていると、光が差すの。優しい光で、これを守るためなら何でもできると思えて……」
「まぁ……」
ぽつりぽつりとユキが吐き出した言葉に、ステラは頬を緩めて幸福感に満ちた表情を浮かべる。それがますますユキの羞恥心をくすぐる。議論で追い詰められた時よりも、何を言葉にすればいいか分からない状況だ。だがステラはさらにユキに迫って質問を掛ける。ユキの腕に己の腕を絡め、上機嫌に問いかける。
「ユキ様、そういえば前に古書で読んだことがあるのですけれど……。好きな殿方に触れられると甘美な喜びで身が疼くのだそうですね。やはりユキ様もそうなのですか? 沙明様に触れられると」
「す、ステラ……?」
恥も外聞もない問いに思わず声が上ずった。ユキはステラの疑問にギョッとして目を丸くする。ステラの知識は妙な方向に偏っている。そのようなことが書いてある本だなんて、彼女は一体どんな本を読んだのだ。
「えー……」
そんなことまで答えなければならないのか……。ユキが言葉に困って口を噤んでいると、急かすようにステラが彼女を呼ぶ。ユキは絞り出した声でステラに情状酌量を求めた。
「その質問は答えなきゃ、だめ……?」
「ええ、ぜひとも教えてくださいませ。今ここには私とユキ様しかいませんから」
説得は無駄だった。往生際悪くも観念してユキは辺りを見回す。こんなことを他の誰かに聞かれたなら、恥ずかしさで死んでしまうと念入りに辺りを確認した。ステラの言う通り、議論から時間が経ってしまって、ユキの目に見える範囲ではメインコンソールには誰もいないが……。
できることならば逃げ出したい。そう思ってステラをちらりと見るが、ステラはユキの腕にがっちりしがみついる。その目は輝く好奇心といつもの彼女の瞳にはない圧を感じた。逃がす気がないとありありと伝わってくる。
「――――っ」
議論の時よりも遥かに動揺させられているだなんて、本当にどうかしている。
「彼に触れてもらえると、それは……。すごく、嬉しい。もっと触れてほしいと思う、……けど」
何を言わされているのだ、これは。己の発言を振り返ると、ユキは顔から火が出そうな火照りに唇を噛む。ステラはただユキの答えに感嘆の息を吐いて、極上の喜びを得たと恍惚の表情を浮かべている。何がそんなにステラを駆り立てているのか……、ユキはステラの様子に作り笑いを見せる。
「ああ、ユキ様……。なんて素晴らしいのでしょう」
悦びを得た声色でステラが息をつく。彼女はいつも真面目で、淑女を絵に書いたようであるのにどこか変わっている。全能を目指す擬知体として興味あるものへの好奇心を抑えられない、ということだろうか。彼女のことは良い人だとは思っているが、時々このように押しが強いのは困りものだ。
「ユキ様……、私は全力でユキ様の恋を応援いたします。沙明様と添い遂げられるようサポートいたしますので、安心してください。……ね?」
熱すら感じる強い意志でステラはユキに語り掛ける。どちらにしたってユキはループすれば始まりに戻ってしまうし、それに今回のループで沙明は嘘をついていると思っている。そろそろユキが消されるのがオチだ。……きっとステラの望むような結末にはならないけれど。
「あ、ありがとう……」
なんだか不安になる勢いを感じたが、ユキは純粋に応援してくれると言ってくれたステラの言葉には感謝の意を示す。ユキが告げた感謝の言葉に、ステラは花開く微笑みを見せた。何かを確信したふうの不穏な言葉と共に。
「すべてお任せくださいね。きっと、素敵な時間をお過ごしになれるはずですから」