LOOP118
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いつだったか、セツが言っていたことがある。段々とループするタイミングが分かるようになってきたと。あの時のセツはきっと今のユキと同じくらいの時を重ねていたのかもしれない。あるいは、もっと多くの時間を紡いでいたのかも。
人のいなくなったメインコンソールに残って、ユキは終わりまでの時間を過ごしている。いつからかユキもあの時のセツが言っていたように、何となく始まりへ向かうタイミングが分かるようになってきた。
明確な区切りは空間転移によって行われるのだが、議論終了後から空間転移までの時間が若干異なる。決してそう長い時間ではない。つかの間の時の中で彼に一度別れを告げて次に備える。
「よ、ユキ」
俯かせていた顔を上げる。彼の声に反応してユキは椅子から立ち上がった。彼女の前に立つ沙明はとても上機嫌そうだ、ユキに向けてひらりと顔の横で手を振った。それもそうか、今回は無事に彼の命は保証されたのだ。
グノーシアが全員コールドスリープすることで、この船の危機は去った。正常に時が進むのならば彼はこれから行きたい場所へ、帰りたいと望む場所へ戻ることができるのだ。この檻から解放されてようやく自由になれる。
「沙明」
ユキの目は彼を見ると柔らかに細められた。……彼がこの先で生きる時間には、そこにはどんな未来があるのだろう。前に質問した時は、何も考えていないと言っていた。できることならばユキも彼の未来に同行したいと願うのは容易い。今のユキには望んでも手に入れられないけれど。
「アーッハァ! ククルシカを論破した時とは別人じゃん。笑ってりゃカワイイのによ、おっかねえヤツ」
「……私は、酷い人間かな」
「ハッ、なわけねェだろ」
ユキが少しだけ瞳を陰らせて沙明を見る。沙明を守るための振る舞いを彼に怖れられていたら、多少なりと傷つく。もしもそうなら、身の振り方も考えなければならないと思って問いかけると、彼は即座にユキの言葉を一蹴した。
「ダレのおかげで無事でいられたのかは分かってますよ? 俺ァさ、ユキが頼もしいってだけだぜ、オゥケイ?」
そう言ってぽんぽんと髪を撫でて沙明は気軽にユキに触れてくれる。触れることを厭わないのならば、彼の心に嘘がないのだと信じたい。ユキが微笑むと沙明も満足げに笑う。親密さを得るほどこの時間との別れが辛くなる。
もうループの終わりが差し迫っている。ユキは彼の眼差しを見つめ返した。そうすれば今の彼は温かく目を細めて、ユキの名を呼んでくれる。
撫でた手はそのまま、ユキの毛先を遊ばせてゆるやかに梳いた。彼の温もりは他に何をするよりもユキの心を癒してくれる。叶うなら、もっと彼と一緒に居たい。淡い期待を望むことくらいは許してもらえるか。
「……コレ」
「ん……?」
「このピアスさ……、男からのプレゼントとかじゃねェよな?」
脈略もなくユキの髪をいじっていた沙明がユキに問いかける。髪を撫でていた彼の手が示したのは、ユキの耳に飾られた金のフープピアスだ。眉を顰めて彼が指先でユキのピアスを持ち上げる。
「そんなことはない……、はずだけど」
彼がどうしてそんなことを気にするのか。お洒落な彼だから、デザインに物申したかったのかもしれない。ユキはそんな推測を立てつつ、彼の問いには曖昧な答えを返した。
確証を持って答えられないのが困るところだ。とはいえ、ユキにはこの船に乗る前の記憶がないのだから彼女自身にも分からない。気が付いた時からずっと着けていた。気に入っているから今も着け続けている。それ以上の理由はこのピアスにはない。
断定で言葉を返すわけにもいかない。のちに偽りを告げたなどと判断されては、彼はユキに対して不信感を募らせるはずだ。それほどの時間が残っているわけではないが、とにかくユキは沙明に偽りのない答えを返す。
「フーン。ま、別に何でもいいんですけどねェ……」
その答えが気に入らなかったのか、沙明は薄ら笑いを浮かべて視線を逸らした。ユキは彼の視線を取り戻したくて沙明の黒髪に触れる。とはいえ、髪を梳こうにも頭に付けたゴーグルがあるから思うようにはできない。
「沙明は……」
耳には銀のピアス、明るい色の眼鏡と。そして不思議な形のネックレスも。彼はいろいろな装飾品を身に着けているお洒落な人だ。その彼のファッションの中でこのゴーグルは異質であるように感じる。似合わないわけではないが、どうもこれだけ古い物のようだ。
「このゴーグルはいつから着けているの?」
些細な疑問であった。ユキはそうっと彼のゴーグルに触れようと手を伸ばす。だがそれよりも早く、彼の手が伸ばしたユキの手を乱暴に掴む。沙明はユキの腰を引き寄せて、メインコンソールの円卓の上に押し倒した。突然の行為にユキは目をぱちくりとさせる。
「しゃーみ、……んん」
彼と一瞬だけ視線が絡み合う。ユキに口を開かせる間も無く沙明は彼女の口を塞いでしまった。くぐもった声を掻き消させ、ユキに言葉を封じさせる。これまでとは違う荒々しさで沙明はユキを押し留めた。
「……ハッ。やめよーぜ。んなヤボな話はよ」
しばらくの後に唇が離れた。ユキに息をつく間も与えず、早急に沙明はスカートの裾からユキの太ももに手を這わせてくる。ここには人が来るというのに、ユキが彼を止めようとするがそれでも彼はユキから離れない。耳元で低く囁いた声の主は、そのままユキの首筋に顔を埋めて彼女にぴったりと身を寄せる。いつになく余裕無さげに沙明は迫る。
「なァ、もっと楽しい話にしとこうや。ベッドの上でなら付き合うぜ?」
「……」
彼が何をしたいのかは分かっていた。こんな軽々しい誘いはフェイク、彼の目的はきっと話題を逸らすことにあるのだ。ユキが投げかけた問いは多分、他人には触れられたくないものだったのだ。だから顔を見せまいとする。
先程、唇を重ねる前に一瞬だけ交わった彼の瞳は、深い悲しみの色を宿していた。人を欺く彼の演技力にはユキも一目置くものがある。彼が今、ユキにぴたりとくっつこうとするのには理由がある。彼はきっと、その演技力をもってしても隠し切れない心を、うやむやにしようとしているのだ。
――――貴方が答えたくないことを、無理に聞く気はない。
知りたいとは願った。知るために、勇気を出さねばとは思っている。それでも彼が話したくもないことを無理やり暴くつもりはない。今回はユキに対する彼の信頼が合格点に満たなかった、それだけだ。身体はこれほど密着していても心の距離は測れない。仕方がない、心は見えやしないのだから。
ユキは、己の身体を抱きしめてくる彼の背に腕を回す。傍に居られること、そして彼が笑っていられること以上に望むことはない。
「……沙明の好きにしていいよ」
いつか話してくれたらと、そうやって望むのはお粗末か。そんな未来が、リセットされる時間の中で訪れる可能性があるか定かではないのに。