LOOP107
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LeViからの集合は全員に掛けられたはずだ。ユキがメインコンソールに到着してから、既に三十分以上の時間が経過している。しかし未だ話し合いはスタートしない。コメットが退屈そうに不満を述べ、ステラが心配を浮かべて時間を気にしている。今は黙っている者も……、特にラキオは声をかけようものなら恐ろしい勢いで苦言をぶちまけそうだ。
不安を抱く者もいるが、どちらかと言えばいつにも増して苛立ちを募らせているものが多い印象を受ける。ユキは前者であった、表情には出さずにいるが胸の中には不安を募らせている。
「どーするよ、沙明抜きで始めちまうか?」
全員に向けてシピが問いかけた。そう、時間を迎えても議論が始まっていないのは乗員が揃っていないため。つまりは沙明がメインコンソールに現れていないことが原因であった。沙明だからなあ、と初め乗員たちは軽い気持ちで待っていたが、そのあとも沙明はLeViの再三の呼びかけにも応えず音沙汰もない。そして現在に至るというわけである。
「……」
この状況はどう動くべきだろうか、ユキはさりげなく周囲の出方を窺う。ユキの視点から見ると沙明はグノーシアであるのだから、彼が存在を知らぬ間に消されているということはないと理解している。
そもそもグノーシアは空間転移の際に人間を消滅させる。他の乗員も沙明が消えたという可能性は微塵も抱かないだろう。大方、面倒くさがって来ていないだけだと判断している……。と推測するのが妥当だ。
話し合いに来るつもりがないのならば、と沙明が本日のコールドスリープの対象に選ばれる可能性は否めない。彼を呼びに行くべきか、だが表立って繋がりを持つと怪しまれることもある。……そんなことは今更か。
どうせ普段のループからユキは沙明に近づくことを控えない。だから今回だって沙明と親密であるように見えても構わない。多少怪しまれても、今のユキならば彼を庇いきれるはずだ。
「……仕方ないな。気乗りはしないが、私が呼んでこよう」
「あ……、セツ!」
椅子から立ち上がったセツを制しようと声を上げた。発言したセツは渋々、という言葉がこれ以上ないほど当てはまる表情をしていた。如何にも沙明を呼びに行くのは嫌だ、と感情が言葉なくとも滲み出ている。これ幸いとユキはセツの言葉に飛びついた。
「良かったら私が沙明を見てくるよ。だから待ってて」
「え……いや、しかし」
微笑みすら浮かべてユキはセツに進言した。セツが名乗りを上げてくれたのは、ユキにとっても都合が良い。これでユキが沙明に堂々と会いに行っても、嫌がるセツの代わりにという大義名分を一応得ることができる。
セツはユキの言葉に顔を顰めた。ユキを行かせることもどうやら気が引けるらしい。だがユキは有無を言わさず、セツを座らせメインコンソールの扉を開く。セツはそわそわと落ち着かず、がたんと音を立てて椅子から立ち上がった。
「やっぱり私も……」
「セツ、ユキが行くって言ってんだから待ってようぜ」
慌ててユキを追いかけようとしたセツをシピが留める。彼はユキらと同じくグノーシアであるから、何かユキに作戦があるのではないかと判断したのかもしれない。
何にせよ、ユキにとってこれは都合のいいことだ。グノーシアとしても、心情的にも。私的感情に基づくことだが、セツには沙明の元へ一緒に来てほしくない。沙明はセツに対し、酷く好意的なのだから。
「そそ。ユキに行ってもらおうZE! SQちゃん的になんか、ユキの目からラヴを感じるんだよNE」
「ラヴ……?」
ユキは危機を察してそそくさとメインコンソールの出口へと向かう。SQはどうやら余計なユキの感情に感づいているようだ。だがそれが、ユキらがグノーシアであることに結びつかないなら反論は不要だ。放っておいても構わない。
深く突っ込まれてしまうと面倒な話になる予感がする。三十分経って戻らなかったら話し合いを始めていて、と質問を避けるために告げた。それでも憶測を止めることはできなかったが、ユキは彼女たちの言葉を尻目にメインコンソールを後にした。
一線上に廊下に引かれた光を辿って彼の元へ向かった。彼の使用している部屋を訪ねるつもりであったが、道中LeViの案内で沙明の生命反応がここにあることを教えてもらったのだ。LeViの意志以外では開閉しない扉はユキの存在を感知して自動で開く。静々と部屋に足を踏み入れて彼の姿を探した。
「……沙明?」
部屋に入ればユキの瞳はすぐさま彼の姿を捕らえた。恐々と彼の名を呼ぶが返事はない。時折呻き声が聞こえるが、意味のある言葉ではなかった。焦って駆け寄ってみると、どうやら沙明は眠っているらしい。ソファに伏した彼の傍にしゃがみ込む。ユキはそうっと彼の顔を覗き込んだ。
歪められた細い眉、苦しげな呼吸。額や首筋には汗が浮かんでいるのが光の加減で見えた。体調不良か、それとも……? 汗で額に張り付いている前髪を、ユキはそっと指先で払おうとする。
「手前ぇッ……!」
彼女の指先が沙明の肌に触れた瞬間、ユキの手は強い力で捕まれた。酷く険しい顔をした沙明が声を荒げて叫ぶ。ユキの気配で飛び起きた沙明は、ユキの手を捻り上げかねない勢いだ。しかし目の前にいる、沙明の反応に吃驚するユキを見て、彼は瞬時に我を取り戻したようであった。バッと掴んだユキの手を振り払うように離した。
「ハァ……ッ、……ハァ……ッんだよ、ユキか。脅かしてんじゃねーよ、ビビるだろうが」
目に映る動揺、荒い呼吸から彼の心臓の拍動までが伝わるようだ。彼は額に張り付いた髪を払って、ゴーグルの位置を整える。こんな時間じゃねェか、なんでお前が迎えに来んだよとブツブツ言いながらソファから体を起こそうとしている。ユキは、何も言わずに彼を。平静を装う彼の今も覚束ない指先の動きを見ていた。
「寝込みを襲いに来たのかよ? アーハァ! 大胆だなァ、ユキ」
取り繕った、まるで平気だと言わんばかりの軽口。手に取るように分かる作り笑い。それはユキがここへ迎えに来たことへの苛立ちか、……いいや違う動揺を隠すための振る舞いだ。
彼が何を見たのか、何に心を揺さぶられているのかをユキは分からないでいる。何度ループしたって、彼はユキに自分のことを打ち明けてくれない。
――――それでも、分かることもある。