LOOP107
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グノーシアとして目覚めた時の気分は、たとえ経験を重ねても何とも言い表し難いものがある。腹の底に渦巻く生命の根源とも呼べる衝動。それはユキを生かす核である、『恋』を覆すほどの強制力。彼らにとってこれは睡眠や食事、排泄に並ぶ生物としての本能だ。この宇宙から人間を消滅させたいという欲求は。
ユキは重い瞼を押し上げる。いつもと全く同じ、殺風景な部屋に彼女は立ち尽くしている。彼女の視線はまっすぐ一点に向けられていた。目の前に在るのは鏡に映る自分。おそらくは、毎々変わりない自分。艶やかな銀髪に深緑の眼を持った女だ。
鏡の奥の自分が微笑むとその瞳には血の赤が薄らと滲んだ。許されざる欲求を人の皮で包んでいる、禍々しい感覚。
この感覚を味わうのはそう珍しいことではない。ループするうちの五回に一回程度、そのくらいの間隔でユキはグノーシアとして目を醒ます。
初々しい頃はグノーシアとして人を消すことにも随分と葛藤があったはずだが、今ではその感覚は薄れてしまっている。人を消すことをもはや厭わない。ユキには揺るぎない信念があるからだ。人間であろうと、グノーシアであろうとユキの目的はあの瞬間から一貫している。ただひたすらに、想い慕う沙明を守り抜くだけ。
ユキの力でそれが叶わないのならば、その時は仕方がないだろうか。せめて己の手で、苦しまないように彼を終わらせてあげたい。グノーシアとして目を醒ますと、普段であれば湧くこともない思考が意識の中にちらつく。
彼の望みを叶えられないならばせめてこの手でと物騒なことを願うようになる。あれだけ普段は彼が生きることを第一に考えていてもだ。人間が生理現象を抑えることができないように、グノーシアだって人間を消したいという欲求を打ち消せない。それこそこれは、グノーシア特有の生理的欲求とも呼べるはずだ。
だからこそ、彼のことが余計に愛おしく思うのだけれども。ユキはきゅっと衣服の胸元を握った。鏡には顔が映らないように俯き、口元に浮かぶ微笑みを両手で抑える。
これまでに何度も彼はユキを守ってくれた。忘れがたい出来事の中で特に印象深いループが二度ほどあるが、そのどちらにおいても沙明はグノーシアであった。グノーシアでありながら沙明は、彼の中に当然存在する支配的な欲求に抗い、一度は自分が眠ることでユキの命を優先した。
グノーシアになってみればよく分かる。過去の彼がしたことが、どんなにグノーシアにとって苦痛を伴うものか。どれだけ今の自分たちにとって、人間を消すという欲求を誤魔化すことが難しいか。この身にひしひしと実感する。
あの時の沙明はこれをねじ伏せてもユキを救おうとしてくれたのだ。それを考えると、ますますユキが彼に好意を募らせるのは必然な事だ。
「ユキ様、そろそろお時間です」
心情に語り掛け、思いを馳せていたユキがLeViに促されて顔を上げる。鏡の中に妖しい紅が過った。鏡に映るユキは人畜無害を絵にかいた、完璧に人間を装った微笑みを浮かべている。艶めく銀髪が翻ると、耳に飾った金色が彼女を彩り揺れる。
喜ぶべきことに今回、ユキと共にグノーシア汚染体として存在するのはシピと……。そして他でもない沙明である。
仲間であることには感づかれないよう気を付けなればならないが、裏で通じ合い手に手を取って話し合いに挑むことができる。沙明が同じ陣営であると分かり切っていることは、何事よりもユキにとって心強いことであった。誰を犠牲にしても、彼だけは生き残らせようと固く決意を込めた。