LOOP97
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この欺瞞に満ちた宇宙船の中で恋心を抱くこと。それは不謹慎かとの思いに至ることが時々ある。
以前のループでセツにどうして自分という存在が保たれているのかを問われ、改めて自分が沙明へ向ける心で形作られていることを実感した。些細な出来事に彼を思い、今の自分自身も沙明の存在あってのものだと理解している。恋こそに己の生きがいを見出しているのだが……。それがどんなに邪であるかを、我に返った瞬間に考えることがあった。
人間を消す生き物がこの空間の中に潜む。誰が敵かも分からない気を許せない状況と、そしていつ自分が消されるかも分からない不安。時を繰り返すユキとセツは別にしても、他の乗員は鮮明な自己の消滅の恐怖を持ってこの瞬間を生きている。恋など疎ましいと感情にすぎないのか。……彼も、そう思うだろうか。
そうやって時折、ユキの中に過る考えがあった。思考に飲まれると、何をしていても暗澹たる気分になってしまう。しかしそれを和らげる人物がこの宇宙船内にはいる。現在、ユキの前にはうっとりと自身の思いの丈を述べる人物の姿がある。
「ステラ……。ステラいいよなぁ……」
彼女の目の前でニヤニヤと締まりのない表情をしているのはしげみちだ。夜時間、シャワールームへ向かう途中で、ユキは浮かれた様子のしげみちと出会った。聞いてくれと言わんばかりにしげみちから声を掛けられて雑談に興じた。以降、彼はいかにこの船の乗員ステラが良い女性であるかを滔々とユキに語っている。
「これはオレ、やっちゃったかもしれん。恋しちゃったかもしれん」
そのようにしげみちはどうしてかユキに宣言する。
しげみちがステラに好意を抱くのは、この繰り返す時間の中で一度や二度の話ではない。彼は何度だってステラに惹かれ、この過酷な状況の中においても恋に落ちたと話すことがあった。少なくともユキの知る限りでは、思いを伝えるには至っていないようだが。
いかにステラが素晴らしい人であるかを語るしげみちをみていると、ユキは安堵し不思議と微笑ましい気持ちになった。彼の恋があることで、ユキの沙明への恋心も許される気がした。どうしてだろう、自分だけではないと思うと少しだけ心強いのだ。彼の抱く心はユキが沙明に向ける心に酷似しているから。
「カワイイ子は他にもいっぱいいるけれど、それでもステラが好きなんだね。しげみちは」
限定した場面を巻き戻しているから、その人の思考や好みはさほど変わらないようだ。何度だってしげみちはステラに恋をする。繰り返しても至る気持ちは変わらない。それをユキは素敵だと思い、同時に羨ましいとも感じた。
「だってなあ、他の子とは違うんよステラは。……んで、ユキの方はいないのか? 好きな奴がいるならオレが応援しちゃるけど」
「ふふ、内緒」
しげみちは嘘が下手だから教えられない、とユキはくすくすと笑って手を振る。安易に明かして彼に想いが人伝に知れるのは恥ずかしく、それに転移の時間も迫っている。時間に限りがあるからそろそろ行かなくてはならない。恋愛話をするのは楽しいが、ここにずっといるとシャワーを浴びそこなってしまう。
話を切り上げてユキはしげみちに別れを告げる。「ユキだって悪くないぜ! 俺の好みじゃないけど!」と励ましとも分からないしげみちの声が彼女の背を追いかけてきたので、ユキは愛想よく彼に手を振った。
しげみちと別れてからもユキの頭には、さきほど彼と交わした会話が残り続けていた。しげみちは時が巻き戻ってもステラに恋をする。だとすると沙明は、繰り返すたびにユキに何を思うのだろう。知りたいとは思うが、知ってしまうのは怖い。自意識過剰すぎるか、きっと大した感情は抱かれていないけれど。
シャワールームにてユキは思考を主に置き、服を脱いでシャワーのセンサースイッチに手を翳した。聴覚を遮る、ざあざあと雨のように降り注ぐシャワーの音。そして肌を打つ、熱い湯の感覚を感じながら、ユキは彼のことに意識を集中させる。
ループするたび、すべてが同じわけではない。誰がグノーシアであるかが違い、お互いの親密さが異なるのも話していて分かる。異様に誰かに好かれていることもあれば、何故か酷く嫌われていることもあった。その理由は推察しても見えてこないから、あまり深く考えたことはない。それでもいつだって、沙明が自分をどう思っているかは気になった。
どのような女性に彼は心惹かれるのだろう。議論の最中に勃発する雑談では、何でもイケる口と自ら公言していた。果たしてその範囲内に自分は含まれる? この九十七回の中に一度でも彼がユキを心から好いてくれたことはあったのだろうか。彼女は湯を浴びながら右手を押し抱く。
彼は優しい、本当に優しい。それだけは分かっている。そうであるから、彼が本心ではユキのことをどう思っているのかを毎度図りかねている。好意を持って協力をしてくれるのか、それとも利用価値があるから味方として優しく振舞っているのか。……彼が生き残れるならば、利用されても本望だと思っていたはずなのに心は貪欲だ。できることなら彼に好かれたい。
思考の海に溺れながらシャワーを浴びていた。扉をロックするのも忘れていたし、人の気配が近づいていることもユキは気が付かないでいた。
「……あ」
機械音と共に扉が開く音、そして聞き覚えのある声が聞こえた。同時に外からの冷気がユキの肌をヒヤリと撫でた。ユキは咄嗟に胸を隠して背後を振り返る。ぴしゃぴしゃとシャワーから降り注ぐ水が、仕切りの先の床を叩く音だけがその空間を支配していた。仕切られた境界の奥には、ユキの思考の根源とも呼べる男、沙明が目を丸くして立ち尽くしている。
――――ロック、掛けるのを忘れていた。