LOOP94
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結局のところ、映画を真剣に見ていたのはしげみちだけであった。ユキとセツは話し合いには一切参加せず、それぞれ自由に過ごしていたということになる。結論から言うと、議論は完全にすっぽかしたということだ。
セツとユキのいない議論で、他の乗員によってもたらされた結果の通告。そもそもそれがしげみちの現れた理由だ。乗員たちの伝令係を任せられた彼は、話し合いで乗員たちが決定した答えをセツとユキに伝えるために現れたのだ。
人の好い彼はユキらのリフレッシュが済むまで何も言わず、時を待って非常に言いにくそうに結論を告げる。セツとユキ両名のコールドスリープ。それが話し合いを欠席した二人に出された、今回の審判であった。
他の乗員たちが弾き出した結論は至極当然のものだ、異論はない。ユキは納得の上でコールドスリープルームに向かった。セツもそれに伴ってこのループへの終わりへと向かう。
「ありがとう、ユキ」
コールドスリープ用のポッドに入るためなるべく軽装になろうと、上着を脱いでいたユキの背にセツが声を掛ける。ユキはセツをゆっくりと振り返った。既にコールドスリープの準備をあらかた整えたセツの表情は、今回のループ開始時に比べて幾分か明るいように思える。
今日一日、その半分くらいは眠っていただけかもしれない。だがセツにとって、少しでも今日の出来事が気分転換になっていればとユキは思った。セツはユキに向ってはにかみ、言葉を続ける。
「私が落ち込んでいたから、誘ってくれたんだろう? ふふ、ユキには借りばかり増えてしまうな」
「借り……?」
そんなものがあっただろうか、とユキは僅かに眉を顰める。これまでのループではユキがセツに救われたことはあっても、ユキがセツを救ったことなどないように思う。セツはいつも凛と皆を導く人物で、頼りにならないことなどなかった。よく振り返って考えてみても、ユキには全く思い当たる事柄はない。
「私はセツに貸しなんてないよ」
さら、と銀髪を耳に掛けユキはたおやかに笑む。だがセツは譲らなかった。首を横に振って返しきれないほどある、と言い切った。セツの発言が腑に落ちなかったが、ここで言い返しても押し問答になるだけだろう。そう思ってユキはセツの言葉に返答をしなかった。お互いに着々とコールドスリープへの準備を進めていく、さなかセツが再度ユキに言葉を掛けた。
「聞いてもいいかな、ユキ」
「ん?」
「私が出会うユキは、どのループでも強く自分を保っているんだ。今回の私のように気弱に落ち込むこともない。……秘訣があるのかな、あるなら私にも教えてほしい」
どきん、と今日一番の動揺がユキの心臓に走る。それをあからさまに表情に出すことはなかったが、動揺を悟らせまいとセツを見る。セツのその問いはユキの核心への問いかけだ。
「……えっと」
己がどうして自分を強く保てているのか。そんなことは明々白々に自分の中で分かっている。だがそれをセツに説くことは憚られた。
セツは毎々、ループ現象の解消へ向けて真剣に何事にも取り組んでいるのだ。この質問もこれから先の見えない現象に向かうためにどのような心持でいればよいのか、そんなアドバイスをユキに求めているだけに過ぎない。分かっている、だからこそ答えられないのだ。ユキが心を保てる理由はあまりにも……、誠実なセツの問いに対し、答えとして軽薄ではないだろうか。
ユキを生かすすべては沙明の、彼と言う乗員の存在だ。彼が生き残るために最大限の努力を尽くす。話し合いを学び、力をつける。ユキの持てる実力のすべてで沙明を守る。それこそが、ユキの心にハリがある理由だ。到達すべき目標を叶えるために、ユキは意地でも強く在る必要があるのだ。
ただ彼の傍にいたい。ユキを突き動かすのは沙明への恋心。彼への恋心は拷問のように繰り返される時間をむしろ天国へ変えた。今のユキはループ現象に苦しみをさほど感じていない。
もちろん沙明との関係がリセットされることは寂しく思う。でも何度だって彼に会えるのだ。ユキが消されても沙明が消されても、次のループではなかったことになる。何が起こってもループをすればまた会える。
それ以上に望むことは何もなかった。ただただ彼を慕うだけで心穏やかにいられるだけ。特別な心掛けなどない。
しかし、そんな浅はかな恋心が自分を強くたらしめたと。どうしてセツに言えるだろう。ユキが願うのはループの終息よりも、沙明の生存だ。セツには到底見合わない浮薄な気持ちで今に臨んでいる。
なおのことたちが悪いのは、セツが沙明を快く思っていないということだ。彼だけは苦手だと何度かループの中で聞いたことがある。あからさまにセツが沙明を嫌うのを、これまでも目の当たりにしたこともあった。
これまでユキが過ごした沙明との時間を、セツが聞いたらどう思うだろうか。ユキの今はもうセツのような苦悩もなく、ただ沙明と在る時間を愛しくさえ思う。これをセツは不埒だと思うか、そんなことを考えるから口が裂けても理由は言えなくなる。
「私は、別に……」
ユキはさりげなく目を伏せる、きらりと耳を飾る金の飾りが揺れた。
そもそもユキの知るセツは今回を除けばいつも毅然としている。セツが落ち込んでいるのを見るのは今日が初めてだった。今日どうすれば気分の低迷が解消されるかは、セツ自身も今回で十分に分かっただろう。これからのセツはきっとうまく状況を乗り越えていけるはずだ。私の何を答える必要はない。そのようにユキは判断した。
「それは……、私がむしろ聞きたいくらいかな。私こそ、セツにはいつも助けられているから」
煙に巻くためにユキは笑う。ふんわりと柔らかな微笑みすらして見せる。蓋をしてしまえばセツは何ももう聞いては来ないだろう。ポン、と軽快な音と共にLeViが空間転移の時間が迫ることを知らせる。ユキはブーツのファスナーを下ろしてセツに視線を向けた。
「セツ、また次のループでね」
「……ああ。今日はありがとう、ユキ」
ポッドの中に素足を浸す。狭まる視界と懐かしさすらある冷たさの中で彼女は生きるために思考する。最後にユキの中に過ったのは、今回のループでも彼が生き残ってくれるだろうかという懸念だけであった。