LOOP94
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ユキがセツと息抜きをするために選んだのは、彼女が先ほど宣言したように映画であった。タイトルを見てもよく分からない記録媒体の中から、適当に指に引っかかった一つを選ぶ。システムに沿って展望台の天井一面に映像を投影すると、宙には大迫力の映像が展開された。
それをセツと、そしてなぜか途中から現れたしげみちと共に鑑賞することになった。しげみちはどうやら映画に詳しいようで内容の補足や鑑賞時のマナーを説いてくれた。
ユキはじっと上空に映し出される映像を眺めている。かなり古い時代の、地球で制作された映像作品だと外装に記載されたあらすじからは読み取れた。"ゾンビ"や"団地妻"といった怪物が出てくるもの。それなりに真面目にストーリーを追っているのに、結局面白いのか面白くないのかはっきりしない映画だ。
それでも隣のしげみちはいよいよクライマックスだ、と文字通り手に汗を握っている。彼のワクワクは直に、ユキの手にもじっとりとした感触として伝わってきた。現在ユキは右手をセツ、左手をしげみちと繋ぎ合っている。これは先刻、しげみちが説いた映画鑑賞におけるマナーのひとつだ。
「映画観るときのエチケットだぞ? 隣同士、手を繋がんといかんのよ」
そのような彼の言葉をきっかけにしげみち、ユキそしてセツの順に並んで隣同士手を繋いでいる。今がどうであるかはさておき、同じものを見ながら手を握っていられるのは良い、とユキは他人事な意識の中で思った。映画から逸れたユキの意識は、脈絡もなく一人の青年を思い浮かべた。
――――もしも、隣にいるのが沙明だったなら。
仮にユキの手を握るのが彼だったらと夢想する。彼がここにいたのなら、どんな様子でこの映画を見るだろう。常に温かくユキの手を離さずにいてくれるような気がする。……それは期待しすぎか。
仰天シーンが流れた時にユキがちらと沙明を見ると、びっくりしたユキの様子を見て楽しそうにニヤリと笑う彼がいたり、だとか……。ああでも、沙明のことだから彼の方がユキよりも驚くのかもしれない。
ちらと隣のセツを見る。セツはしげみちの熱心な解説を余所にすやすやと眠りについてしまっていた。これだけ熱中しているしげみちに悪いだろうと思いつつ、この穏やかな感覚に不思議と眠気が誘われるのは分からないでもないとも思った。
セツは真面目で、これまでの付き合いでも人の話を無下にするような人ではないとユキは思っている。そんなセツが眠ってしまうほど、今は疲れているということだ。安らかなセツの寝顔、女性でも男性でもない存在だがとても可愛らしく見える。黙っていれば少女と言われても通用しそうだ。これを本人に伝えると不快な気持ちにさせるかもしれないが。
寝顔をあまり見ているのも悪い気がしてユキは視線を映像へ逸らした。ユキの思考はまた余所へ転じる。
――――もしも隣で眠るのが、彼だったなら。
寝顔を見せてくれるということは相応に信用が得られていると考えられる。セツはユキに見せたが、彼はユキに寝顔を見せてくれるだろうか。そこまでの信用を自分に寄せてくれる、だろうか。
何度か肌を重ねたことがあっても、あまりユキは自信を持てない。初めての時から思っているが、沙明は"そういうこと"に対するハードルが低いと感じている。むしろ行為をただのコミュニケーションの一部と捉えているようだ。少なくとも眠る姿を見せるよりは。
仮に彼の安眠を守れるならば目を背けることはない、ずっと私は彼を傍で見ていられる。それはきっと、どんなに心地よく幸いと呼べる時間であることか。
――――ああ。私、沙明のことばっかりだ。
取り留めのないことを考えていたが、急に我に返ってユキはどくんと心臓が大きく跳ねるのを感じる。映像に集中していないのはセツだけではない、ユキ自身もそうだ。
薄暗くした部屋の中でユキは俯く。真剣に映画を鑑賞しているしげみちには悪いことをしている。でも止めどなく溢れてくる思考を抑えることはできなかったのだ。穏やかな時間があれば、目の前のものを余所に沙明のことばかりを考えてしまっている。
浮ついた考えだ、ユキは強く胸を締め付けられる痛みに唇を噛む。自分の思い描いた幻想に収集が付かなくなると、急に顔が火照ってどうしようもなくなる。彼がここにいるわけではないのに、じわじわと全身が温まっていくのだ。心の闇も晴れ渡る。
きっとこの思いは止めようがない。どう足掻いてもそれがユキのすべてになってしまっている。彼の存在があって、ユキの心身の安寧は保たれていのだ。