LOOP80
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グノーシアを排除するための話し合いの場において、エンジニア権限を持つ人間は重要な役割を持っていた。対象とした人間がグノーシアか否か、調査を行うことができる役職は二つある。
一つはドクター、前日に疑われ、投票によってコールドスリープした人間が本当にグノーシアであったかを調べることができる存在。対してエンジニアは一回の空間転移で一人だけ、生き残っている乗員のうち選んだ人物が人間であるかグノーシアであるかを調査できる。
人間側を有利にするこの二つの役職は、決して本物だけが名乗り出るわけではない。グノーシアやグノーシアを支持するアンチ・コズミックの思想を掲げる人間、通称AC主義者が騙り出て場を混乱させることもある。偽物が紛れるとはいえ、誰がグノーシアであるかを見極めるにおいて、彼らの調査結果は議論において大切な情報源であった。
――――ああ、やってしまった。
本日は議論二日目にあたる。経験を積むことですっかり有利に進めるようになった議論において、珍しくユキは青い顔をしていた。
この度の彼女の役職はエンジニア、それなりに信用も勝ち取れていて彼女自身は疑われていない。問題は、彼女がいつも守り通したいと願う人間に在るわけだが。
「――提案。ユキが、沙明はグノーシアだと報告している。だから今回は、沙明に投票してみないか?」
ユキの調査結果から導き出された、一人の乗員の名を上げてセツが冷静に判断を下す。一切表情には出さないが、ユキは内心この発言に苦い顔をした。本当に、今回ばかりは彼との敵対を避けられない。その事実を悟って頭を抱えたい気持ちになる。
これまでのループにおいても、ユキがエンジニア権限を与えられたことは数度ある。無論ユキとしては最も怪しいと考える人間を調査するようにしているのだが、議論初日では怪しい人物すら見えてこないこともある。誰を疑うにしても情報があまりに少なすぎるからだ。
その場合ユキは、信じたいと願う人物を順に疑っていくことに決めていた。信じられると確信できれば、ユキはその人物に全幅の信頼を寄せられる。ユキがその人を人間であると保証すれば、その人物からも信頼を得られる。一石二鳥の手段であった。
実に合理的な方法だと言える、通常ならば。ユキが複雑な気持ちでいるのは、セツの発言の通り沙明がグノーシアであったからに他ならない。
沙明ではなく他の乗員であったなら、即刻グノーシアを摘発できたとして喜べる。疑いを掛けてコールドスリープに漕ぎつければ勝ちに近づくだろう。だが問題なのは、ユキが沙明に対して並々ならぬ情を持っているというということだ。
「なあ沙明。下手に怪しまれるよりゃ、寝てた方がマシなんじゃねーか?」
首のあたりで身体が猫と融合している青年、シピがセツの言葉に賛成する。他の乗員も何となくそれに追随しそうな雰囲気だ。ユキは焦る、このままだと沙明が二日目にしてコールドスリープしてしまう。
これも一回のループの内、時間が巻き戻ればなかったことになるのだと割り切ってしまえばよいのかもしれない。それにたとえ先延ばしにしたとしても、いずれユキが勝利する気でいるのならばいずれ沙明がコールドスリープする未来は免れない。今回の彼は、紛れもなくグノーシアであるのだから。……だが。
「ごめんなさい、沙明をコールドスリープするのは待ってほしい。まだもっと危険な敵を見つけていないの。私に、少しだけ探す時間をもらえないかな」
ユキは申し訳なさを滲ませた声で皆に向けて発言する。自分自身が投じた結果に抗って、ユキは沙明の投票へ反対した。感情過多ではあるが、このユキの言葉は自身の感情に流されただけの発言ではない。実際、一理ある提案ではあった。
今回のループにおいて、乗員の中にはバグと呼ばれるグノーシアとは異なる敵が紛れている。このバグはグノーシアに狙われても消失させられることはない。
それどころか人間かグノーシアのいずれかが勝利を収めた時に生存している場合には、この宇宙そのものを滅ぼしてしまう存在だ。完全なる第三の陣営であり、人間にとっても、グノーシアにとっても共通の敵である。
グノーシアの手でも消失させることができない、未知の敵バグへの対処。それはグノーシアへの対処と同じ、コールドスリープという手が一つ。そしてもう一つがエンジニアに調査されることだ。
セツ曰く、バグとはこの宇宙に本来存在してはならない歪みのようなものだという。元々存在しないものはグノーシアでも消滅させることはできない。しかし存在しないから調査されることでバグの存在自体に矛盾が生じ、消えるのではないかとのことであった。
そのため安易にグノーシアをコールドスリープさせていくべきではない、とユキは提案したのだ。エンジニアであるユキがバグを探す時間を稼ぐために、グノーシアとして疑わしい沙明をあえてコールドスリープさせない。結論を先延ばしにし、他の疑わしい乗員をコールドスリープさせる。あるいはユキが他の人間を調査する時間が欲しいと申し出た、ということになる。
ユキがそういうなら……、と乗員たちはユキの切実な意見に押し流されている。対抗エンジニアも出てきている状況ではあるが、元々それなりにユキの信用度は高かった。彼女の意見に納得して賛成してくれる者も多い。視線に敵意は感じない。……ただ一人を除いては。
「……ユキ、気付いてるか? 他人から見ると、お前けっこう怪しいんだぜ?」
彼女にグノーシアだと指摘された沙明だけは、ユキに明らかな敵意を向けている。彼からしてみればユキの存在は敵であると確定している。そのため何としてでも、ユキを疑わしいと言い切って排除しなければならない。
これはいつだってユキと沙明が敵同士に配役される限り、避けられないことであるのだ。他の人間にこのように疑われるのであれば、ユキは周囲の信用を利用して相手を疑い返すことをするだろう。
しかしユキは自分の力で沙明にとどめを刺すことが、何度繰り返してもできないでいる。
「……どうしたら信じてもらえるのかな。私には、誠実であることしかできないけど」
彼の言葉に目を伏せて大袈裟にユキは悲しんで見せる。こうすることでよりいっそう周囲の同情を買いながら彼からの注意を逸らし、自分の信用だけ勝ち取ればいい。そして別の者が疑われたらそれに同調して沙明へ投票の矛先が向くのを逸らす。できる限り彼が生きられる道を、そしてユキ自身が手を下さないで済む手段を選んで進んでいく。利己的だと分かっていながらそれ以外の道を選べない。
そんなユキの姿を沙明はきつく睨みつけていた。