LOOP71
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肌を触れ合わせるこの行為に生産性も何もない。実際、彼の心がこちらを振り返ってくれるのかも定かではない。ただ、彼との時間が得られることがユキにとってはすべてであった。彼がユキを利用することは構わない。むしろ利用して、何としてでも生きていてほしい。このところは常々、そんなふうにユキは考えている。
「……なァ、ユキ。お前はこの船降りたらどうするワケ?」
「……」
狭苦しいソファの上で身体を寄り添わせたまま、ユキの髪を梳いていた沙明が問いかける。されるがままのいたユキはレンズ越しの彼の瞳を見つめた。この船を降りるということは、グノーシアが全員排除されて船の安全が確認されるということ。沙明が投げかけたのは、もしもこの議論で生き残ったら、という仮定の話になるだろうか。
何と答えたものか、ユキは沙明の視線を感じて言葉を選ぶ。いつになく真面目腐った彼の眼差しが、今か今かと答えを待ってユキを見下ろしている。通常ならなんてことない質問だが、ユキにとっては回答の難しい難問だ。
「う、ん……。まだ決めてないかな」
決めてないというよりも決めようがないというのが本当は正しい。さりげなく視線を逸らして答えをはぐらかした。一定の時間をループしているユキはこの先の未来へは向かえない。どうせ今回だって終われば始点に戻るだけ。未来なんて望んでも仕方がないと、いつしか思うようになってしまっている。ユキは沙明の腕の中で視線を落とした。
ただそんなことを沙明に説明したって仕方がない。したところで理解が得られるわけではないし、このループが終われば説明したという事実もなくなる。沙明の記憶には残らないから意味がない。答えようがないからユキは沙明に問いを返す。
「沙明はどうするの? この船を降りたら」
「さぁねェ……。ま、そのうち考えるだろ」
聞いたくせに彼の方も特に何を考えているわけでもないらしい。そう、とユキは彼の胸にすり寄った。彼はそれを何も言わずに受け入れている。身体を重ねておいてなんだが、そこまで今回のループは嫌われているわけではないようだ。仮に嫌われていたならば逢瀬すら叶わない。
ユキは何度ループしても変わらない、彼の顔を見つめながら思考に耽る。
この船の中での沙明しか知らないから、宇宙船を出た外の世界で彼がどんなふうに生きるのかはユキにも想像がつかない。今までも、沙明は一体どんなふうに生きてきたのだろう。これだけループを繰り返しても、彼についてユキは知らないことだらけだ。知りたいと思っても触れるのはまだ少し怖い。
ユキが黙って彼の頬に触れ、撫でようとすると沙明が伸ばした彼女の手を掴む。そしてそのまま強く自身の手で握りしめる。
「ま……、お前の傍にいたら、生き残れるっつー気はしてるぜ? なんつったってユキが守ってくれんだろ? なァ?」
ユキに任せときゃ間違いねーだろ、と彼は調子のよいことを言う。ずる賢く笑う彼を見ていると、ユキもつられて笑ってしまった。
たとえ沙明の吐く言葉が、ユキを都合よく利用するためのおべっかなのだとしてもユキはそれが嬉しい。以前のように沙明に守られてばかりの自分ではないのだと、彼にとって少なくとも利用価値のある人間であるのだと。そう思えるだけで心持が変わる。
「ふたりとも生きて出られりゃいいよなァ、ン?」
心からそう思っているのは定かではないが、沙明はユキの無事も含めて願ってくれるようだ。彼が息を吐くとともに軽快なポンという音がして、LeViのアナウンスが流れた。
「沙明様、ユキ様。もうじき空間転移のお時間です。自室にお戻りください」
「……っと、時間切れかよ。楽しいお時間は過ぎるのが早ェってな」
沙明の手が掴んでいたユキの手を放して身体を起こす。外していたゴーグルを装着し直しながら、彼は飄々と呟いた。グノーシア対策規定上、自室以外で空間転移の時間を迎えることは認めていられない。乗員たちは自分のベッドの上で空間転移を迎えなければならないのだ。名残惜しいが、ここで今日の夜はお開きにしなければならない。
「ユキ、起きられるか?」
うんと彼の言葉に返答して、ソファに手をついたユキはぐっと身体を起こす。少し体がだるくて重い。すっかり喉もカラカラだ。部屋へ帰るには服がぐちゃぐちゃになってしまっているから、整えなければ。
重たい身体でのそのそとユキが背中のファスナーを上げようとしていると、ユキの背後に回った沙明が、そっと手を伸ばして彼女に触れる。
「手伝ってやっから、そんまま。な?」
「……ん」
ユキの身体を労わるふうに言葉を掛けて、彼は優しく微笑む。彼のユキは頬に火が付いたように熱くなるのを感じた。不意打ちすぎる沙明の行動は簡単にユキの感情をくすぐってくる。些細なことでヘンな期待を抱かされる。だから、どんなに嘘が上手くなってもこの心は誤魔化せない。
ユキは心臓の鼓動を感じながら彼の言葉に甘える。沙明が衣服のファスナーを上げやすいように長い髪を束ねてサイドへ避けた。これで彼の視界には障害なく背中の留め具が見えるはずだ。そうしてファスナーが上げられるのを待ったが、彼はどうしてかユキの背後に立ったまま動き出そうとしない。沈黙のまま、不自然な数秒が流れた。
「……」
「……沙明?」
不思議に思ってユキが振り返る。沙明は開いた衣服の中から覗く、ユキの背中をじっと凝視しているようだ。ユキが振り返ることで、真っ白で傷一つない彼女の背中が沙明の視界から外れると、彼はようやく我に返ったようだった。
「……ン、ああ悪ィ。お前の背中見てたら、色々とエレクトしちまいそうでなァ。……ほら、いいぜ」
何でもないと言わんばかりに軽口で誤魔化して、すぐさま沙明はユキの衣服を閉じ合わせた。今の彼の様子を怪訝には思う。だが真実も嘘も織り交ぜられた船の中で、大したことではないかとユキも彼の言葉を聞き流す。そもそも今は、詳しく聞いてみるだけの時間が残っていない。
身支度と片づけをそこそこに、ふたりで娯楽室を出た。一人じゃ襲われるかもなどと言いつつ、ユキの自室の前まで沙明が彼女を送り届ける。こういうところは非常に紳士的ではないか。別れ際、ユキの髪をぽんぽんと撫でて沙明は目を細めた。
「んじゃ、また明日な。ユキ」
「また明日、沙明」
ひらりと手を振ってユキに背を向ける姿を見つめる。その姿を見ているだけで胸は熱く、じんわりと温まる。明日も、力が及ぶ限りの範囲で彼を守りたい。ユキは先ほどの何のためか判別もつかない行為を思い出す。
この肌に触れた体温を思い出すだけで何かがあふれ出しそうになる。胸に込み上げる感情を堪えるために髪を掻きあげた。
明日の夜また会えたら、今日の話の続きが聞けるだろうか。……また明日。ユキは彼の姿が見えなくなってから自室に足を踏み入れる。LeViに従ってベッドに体を横たえた。シャワーは、明日話し合いの前に浴びればいいか。
静かにユキは目を閉じる、もしもの未来を思い描いて。それは所詮、夢でしかないけれども。
【昨夜、グノーシアの襲撃によってユキが消失しました】