高校三年生になったばかりの内気な女の子
満月の夜に
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伊作と真白が保健室に戻ると既に新野が待っていた。伊作がすぐさま真白の声が戻ったことを伝える。新野は心から安心したように笑みを零した。
「声が戻って本当に良かった。お嬢さんの名前を聞いてもいいですか?」
優しい微笑みに胸がすっと軽くなり、胸元に両手を当てながら口を開いた。
「小花衣真白と言います。この度は私を介抱してくださり本当にありがとうございました。このご恩は必ずお返しします」
「真白さん。素敵なお名前ですね。ここでは困っている人を助けるのは当たり前なんです。気持ちは嬉しいですが、恩を返そうなんて思わなくていいんですよ」
新野は穏やかな笑みのままそう言った。真白は受けた恩を返さない選択肢がなかった。しかし新野と伊作の善意しかない笑顔に変に恩を返そうとする方が迷惑なのではないかと考え始める。迷惑になることはしたくないが、何かお返しをしたい。二つの気持ちがせめぎ合って真白は混乱した。一人でぐるぐる考えていると新野と伊作がこちらに手招く。呼ばれている方に寄って二人と対面する形で座った。慣れてきたといっても向かい合わせに座ると緊張する。
「では、真白さん。貴方が無事に帰るために出来ることは何でもします。まずは貴方がどこから来たのか教えてもらえますか?」
真白が緊張してしまっているのを感じた新野は姿勢を緩めながら怖がらせないよう話した。それを感じ取ったのか、真白はほっと息を吐いて頭の中でずっと纏めていた言葉を口にしていく。自分が住んでいた町の名前、周囲の地名を細かく伝えた。
「私がその図書館を出たあと月を見ていたらいつの間にか山の中にいて…そこから意識が無くなりました」
自分の身に起きたことも全て伝える。言っていないことはないはずだ。ふうと息を整えて二人の返答を待つ。しかし二人とも何も言わず難しい顔をしている。その表情に何だか嫌な予感がして、真白は冷や汗をかいた。
「新野先生…」
伊作が新野に向かってぽつりと零す。新野は難しい顔をしたまま真白と目を合わせる。
「うーん……真白さん。貴方の話に出てきた地名が一つも分かりませんでした。これでも地名には詳しい方なのですが、一つも分からないという状況は極めて不可解です。真白さんの言っている場所からこの付近までどうやって移動したのか…何か思い当たるようなことはありませんか?」
嫌な予感が当たってしまったと、真白は顔を青くしながら思った。どういうことなのだろう。何も思い当たることはない。いつの間にかここへ来た。それだけだ。ここは特殊な宗教団体かもしれない。だから伝わらないのかもしれない。
「何も…何も思い当たりません。そ、そうだ電話…!電話を貸してください!両親に連絡すれば…!」
ぱっと顔を上げて言った。何故か文字が伝わらなかったが言葉が通じるなら電話のことを聞ける。それを見落としていたことに気づき安堵した。
だけど返された言葉は予想外のものだった。
「でんわとはなんですか?」
「え?」
新野の発言に素の声が出てしまった。急いで伊作の方へ顔を向けるが、彼も何か分からないといった表情で真白は口を開いたまま固まってしまう。特殊な宗教団体だとしても電話を知らないということはあるのだろうか。おかしい。明らかにおかしい。
真白はふとお風呂に入りながら考えていたことを思い出す。何を言っているんだと思われるかもしれない。ただ『それ』が本当だとしたら全ての辻褄が合う。当たらないでと思いながらおそるおそる口を動かした。
「今って何年ですか?」
真白はこの時ようやく、自分がタイムスリップをしたことに気がついた。
*****
「伊作どうした?全然食べていないじゃないか」
昼過ぎの食堂。ほかほかのご飯を目の前に箸が進まない伊作を気遣うように同室の留三郎は言った。六年生の授業が少し遅めに終わり、他学年が授業をしている間に彼らは昼食をとっている。なので今食堂には六年生しかいない。正確には食堂のおばちゃんもいるが、彼らの昼食を出したあと用事があるからとどこかへ行ってしまった。
「例の女性のことだろう」
仙蔵が顔も向けずに言い放った。彼の言う女性とは真白のことだ。真白を保護した日に忍術学園の教師、そして六年生は真白の存在を伝えられている。意識が無いとはいえ素性の知れない人間のため、万が一刺客だった場合速やかに”処理”できる人選だ。伊作や新野が彼女のことを逐一報告し、今ではほぼ無害であると判断されている。
「なんだ恋でもしたのか?」
「ちっ違うよ!真白さんのことを考えていたことは合ってるけど…」
小平太の率直な言葉に伊作は大きく反応する。今度は仙蔵が話を聞こうと顔を向けた。文次郎と長次は黙々と昼食を食べているが話は聞いているようだ。
伊作は表情を曇らせながら昨日あったことを話し始める。
「真白さんに今は何年かと聞かれて、何のことか分からなかったけど時代を聞かれてると分かったから答えたんだ。そしたらみるみる顔が青くなって焦ったように同じことを何度も聞いてきたんだ。何度答えても真白さんには聞こえていないようで、急に声を上げて泣き出したんだ」
「何で時代を聞いて泣くんだ…?」
傍で聞いていた留三郎が声を漏らした。
「それが全く分からなくて…泣き出したあとそのまま過呼吸になってしまったんだ。落ち着かせようと近づいたら急に外へ飛び出してしまって。一人だと危ないからすぐ追いかけたんだけど…彼女、遠くに行くんじゃなくて外に出た瞬間立ち止まったんだ。そしたら…自分で自分の首を絞め始めて」
「命を絶とうとしたのか」
仙蔵が驚いた表情で言う。伊作はこくりと頷いた。
「すぐに手を離させたんだけど、その時の顔が忘れられなくて…あんなに生きるのが辛そうな顔、見てるだけで胸が苦しくなる」
伊作の話が終わったあと、誰一人言葉を発さずしんと静まり返った。伊作が真白を連れてきた日、彼のことだから怪我人と称した刺客に騙されているのではないかと彼以外の六年は思っていた。しかし目覚めてからの彼女の行動、そして伊作の発言。これらの事から真白という人物がどれほどか弱い生き物なのか強く認識することになった。
「……そんな弱い女、さっさと家へ帰らせばよいというのに」
ずっと黙っていた文次郎が初めて声を上げた。その言葉は一見厳しいように感じるが、彼なりに彼女の心が安定する方法を提案しているのと同義だ。
「僕だって早く帰らせたいさ。だけど何回聞いても真白さんが言う場所が分からないんだ。皆にも教えただろう?先生方も分からないと仰っていたし…」
「先生方も分からないとなるとその真白さんがおかしいことになるが…」
「そう…なんだけど。でも彼女は普通の人だと思う。何度か話してみて、優しくて気遣い屋でいい人だと思ったんだ」
「まあ、伊作がそこまで言うならそうなんだろうな」
伊作の真剣な瞳に留三郎はふっと笑った。すると仙蔵が腕を組みながら伊作へ問う。
「それで?その人は今どうしてるんだ?」
「止めさせたあとも過呼吸が止まらなくて…そのまま意識を失ってしまったんだ。保健室へ運んで寝かせてる。新野先生が診てくれているんだけど、まだ一度も目覚めてないよ」
「もそ…」と長次が小さな声を漏らした。優しい心の持ち主である長次には真白の不安定さを不憫に思った。またもや静かになった食堂で、各々が彼女について考える。
沈黙を破ったのは留三郎だった。
「……本当に天女だったりして」
「天女だぁ?そんなもんほんとにいるのかよ」
「一理あるがどうにも納得できない要素が多い。どこかの城の姫という方がまだ信憑性がある」
文次郎と仙蔵が口々に言う。確信を持てないためか、留三郎は何も言えずに再び沈黙した。留三郎の零した"天女"と言う言葉に皆が思考を巡らせる。天女など空想上の存在でしかないが、真白について考えるほどその説もあながち間違っていないようにも思える。
「……書物で天女について読んだことがある」
普段無口な長次が言葉を発した。その声に皆顔を彼に向けて続きを聞くように視線を合わせた。
「もそ…天女は突然現れて我々人間の利益になるよう施してくれると」
「それだけか?」
「……架空の話だから作者によって解釈が異なるのだ」
長次の言う人間の利益について考えてみるが、真白が来てから特に利益を感じたことは無い。
「やっぱり天女なんて存在しないのかな」
「まぁ姫の可能性もなくはないが…」
伊作の言葉に留三郎は考えるように手を口元へ当てる。
「仮に姫だとして、地名が分からないなんてことあるのか?」
「文次郎の言う通りだ。姫の可能性もあると考えていたが、そもそも一人で倒れていた理由はなんだ。記憶が無いわけでもない。第一地名が分からないのも変だ」
どれだけ思考を重ねても、結局真白について何も分からない。空になった食器を眺めながら伊作は彼女のことを想った。
イチリンソウを挿した彼女の笑顔はとても綺麗だった。不安や恐怖さえ無ければ彼女はあんなに美しく笑える。それなのに自分が見たのは辛そうな顔ばかり。手は震え、顔は青ざめ、生きる気力の無い虚ろな目。安心してほしい、笑顔になってほしい。そんな願いは彼女に届くのだろうか。
俯いた伊作を皆が見つめる。これ以上考えても仕方がないと考えた留三郎が食器を持って立ち上がった。
「まだできることはあるかもしれないだろ?真白さんが起きたら彼女の力になってやろうじゃないか」
その言葉に一同は頷き、伊作は「ありがとう」と優しい同室の彼に礼を言った。
*****
今すぐに死んでしまいたい。
今まではどんなに辛いことも、両親が大切に育ててくれた思い出がそんな思考をどこかに飛ばしてくれた。だけど今自分がいるのは過去の世界。遠い昔の世界だ。家族も知り合いも誰一人いない。この世界では自分こそが異端者だ。そんな世界で、一人で生きていくの? それなら死んだ方がマシじゃないか。どんなに泣いても帰れる保証なんてない。これが全部夢だったなら。ただの悪夢ならどんなにいいか。
消えてしまいたい。存在ごと、全てを。
瞼がゆっくりと開いた感覚がした。腫れている瞼のせいで開けづらい。いつの間にか布団に移されている。最初に眠っていた時と同じ場所だ。辺りはまだ暗く、夜明け前なのだろう。眠りすぎて目が完全に覚めている。真白はゆっくりと障子を開け、縁側にそっと座った。
今夜は月が綺麗だ。星もよく見える。それはここが昔の世界で、夜に光る建物がないからだ。その事実に頭では理解できるが納得はできなかった。どうしてタイムスリップなんてしてしまったのだろう。漫画やドラマみたいな展開。まさか自分が経験するとは思わなかった。
死にたいと思った。知ってる人も、場所も、何もかも無い。こんな現実に耐えられるわけがない。それならここで死んでしまった方が元の時代に戻れるかもしれない。そう思って死のうとした。首を絞めて苦しくなって、これが夢じゃないと嫌でも感じさせられて。
でも私は生きている。きっと伊作さんや新野先生が看病してくれたのだ。結局死にきれずに、人に迷惑をかけて。のうのうと生きたまま帰りたいと泣き叫ぶ。なんて醜態を晒してしまったの。二人は私が泣いている理由がタイムスリップしたからなんて想像もしていないはずだ。変なことを言って突然泣き出す弱い女。
「あぁ……」
自己嫌悪に陥りながらため息を吐く。月を見上げる。思えばあの時、とても綺麗な満月だった。あそこで私はタイムスリップしたのだろうか。はたまた月の悪戯か。あの場所がキーポイントなのかもしれない。それなら、もう一度あそこへ行けば元の時代に戻れる?
真白の中で小さな希望が芽生え始めた瞬間、聞き慣れた声がした。
「真白さん?」
「い…伊作さん…」
足音が全く聞こえなかったので突然人が現れたことに驚く。一瞬目を見開いた伊作はすぐにいつもの穏やかな表情に戻り、真白の隣にすっと座った。隣に座られると思っていなかったのと、とてつもない醜態を彼の前で晒してしまった後悔で真白の顔は暗い中でも分かるほどに青くなっていった。しかしそんな真白の心情も余所に伊作はただ黙って月を見上げていた。
「……」
月に照らされた男女が二人。会話も無く静かに月を見上げている。ドクドクと早鐘を打っていた真白の心臓も、いつの間にかゆっくりと動いていた。
どれくらい時間が経ったのか、長くも短くも感じる曖昧な感覚の中で先に声を出したのは伊作だった。
「帰りたいですか?」
どこに、とは言わずに。真白は涙が出るのをぐっと堪えて視線をどんどん下へ向けた。
「帰りたい…です」
小さな小さな声でそっと言葉にする。彼の顔は見れなかった。もう何度も彼の前で泣いてしまった。ずっと醜態を晒すわけにはいかない。涙が出ないように、膝の上に置いてある両手に力を入れた。
すると突然両手の上に温度が乗った。それが伊作の手だと気づくのに数秒かかった。真白はぱちくりと瞬きをしてゆっくりと顔を彼の方へ向ける。彼は穏やかな微笑みを浮かべ、真白の両手を優しく取った。目の前で起きていることがまるで映画のスクリーン越しに見ているかのように感じた。
「僕が…僕たちが必ず貴方を帰りたい場所へ連れて行きます。すぐには難しくても、必ず」
真白の両手を包んだまま、ぎゅっと力を込める。真摯な瞳に射抜かれて、震えも不安も全てを優しく包み込んでくれるような錯覚がした。真白は小さく口を動かすも、声が出なかった。彼が施してくれる優しさに付いていけないのだ。視界が潤んで、でも涙は零したくなくて、ぐっと唇を噛んだ。それに気づいたのか、伊作がそっと手を真白の顔に近づける。彼の手が頬に触れる感触がして、真白はぎょっと動揺し体を揺らす。
「ああごめんなさい。唇を噛んでいたので」
「い、いえ…すみません…」
一気に熱が頬に集まる。青い顔をしていた真白は今はもう茹でタコのように真っ赤だ。気づいているだろうに何も言わないでいてくれる伊作がありがたかった。
小さく深呼吸をして、優しい茶の瞳を見つめ返した。
「ありがとう…ございます。…それから突然暴れてご迷惑をおかけてしまったこと、本当に申し訳ございませんでした」
両手を胸元に近づけて深々と頭を下げた。少し震えた声。静かな夜の中で真白の声はよく通った。
真白の言葉に伊作はほっと安堵の息を吐く。彼は笑っていた。穏やかに、本当に嬉しそうに。その表情に真白も肩の力がふっと抜けた。
「謝らなくていいんですからね。真白さんには真白さんの事情がありますし、誰だって安心できる所へ帰りたいものですから。不安になるのは当然です」
「…ありがとうございます」
「…真白さん。夜が明けたら、学園長とお話しされてみませんか?この学園にいる人はみんな、困っている人を見捨てるなんてことはしません。学園長もきっと真白さんが帰る方法を探してくださいます」
伊作の言葉に一瞬、胸が苦しくなった。当たり前のことだ。自分一人で何とかできる問題では無い。ただでさえ命を救ってもらい、衣食住を無償で提供してもらっている立場だ。彼の提案に「はい」と言う以外答えはない。分かってはいるがこの性格だ。とても偉い立場であろう方と対面で話しをするというのは、内気で人と話すのが苦手な真白にとって難儀なことだ。
でもここは私が知っている場所じゃない。それを理解しないと。人に助けてもらってばかりじゃダメ。
「…分かり、ました。学園長様とお話ししてみます」
揺れる瞳の中で微かな決意が滲み出た。伊作はぱっと表情が明るくなって、真白の手に優しく触れた。
「良かった。真白さんの心が少しでも軽くなるよう願っています」
あまりにも優しい顔で言うものだから、この人は仏様なのかと勘違いしそうになる。真白には善意で溢れた彼の瞳を見つめ返すことはまだ出来そうにない。
……ふと伊作がなぜこんな夜更けにここへ来たのか考えた。もしかして自分の様子を見に来てくれたのではないか。こんな夜も深い時間に。
「伊作さん…もしかして私の様子を見に来てくださっていたのですか?」
真白からの突然の質問に、伊作は笑みのまま少しだけ眉を顰める。
「少しだけ顔を見たくて…すみません、女性の寝床を訪ねるなんて無作法ですよね」
「い、いえそんな!私を心配してくださっていたんですよね?無作法だなんて思いません」
伊作の言葉にばっと反応する。やはり彼は容態を確認するために来てくれたのだ。ありがたい気持ちと寝顔を見られるところだった気恥ずかしさで感情が大忙しだ。そんな真白に伊作は「よかった」と優しく微笑む。
二人の間に穏やかな時間が流れ始めた。真白にとって初めて心穏やかに話せる異性が伊作だった。学校ではいつも静かに過ごしているから誰かに話しかけることもなければ話しかけられることもない。唯一の友人は同性だったし、彼女も異性に対して特に興味もなかったので遊びに行くのも電話をするのも二人だけだった。だからこそ、今異性である伊作と話している自分が信じられない。
「真白さん?どうかしましたか?」
「いえ……」
頭の中の思考に集中しすぎて彼がこちらをずっと見つめていたことに気がつかなかった。彼はずっと目を見て話してくれる。私という存在をその瞳の中で映してくれる。それがなんだかむず痒い。まだ…見つめ返せない。
「伊作さん、そろそろお部屋に戻られませんか?私はもう大丈夫なので…伊作さんもゆっくり寝てほしいです」
視線を少し下に逸らしながらそう言った。ずっと私の面倒を見てもらうわけにはいかない。彼の睡眠を妨げてしまっているならなおさらだ。一呼吸置いて伊作はにっこり笑って言った。
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて、今日は部屋に戻りますね。朝になったら土井先生が学園長のいる庵へ連れて行ってくださると思います」
「土井先生……」
「あ、土井先生は一年は組の先生でとても優しい方なので安心してください。僕か新野先生が真白さんをお連れする予定だったんですけどあいにく用事があって」
既に迎えが来ると確定していたということは、真白が目覚めて学園長に会いに行くことは決まっていたことなのだろう。自分という存在が私の知らない人たちに知られている。それに気づいて少しだけ怖くなってしまった。だけどここにいる人が優しいことは身をもって知っている。自分一人でも何とかすると決めたのだ。
真白はすぅと深呼吸をして伊作の瞳を見つめ返した。
「伊作さん、何から何までありがとうございます。学園長様ときちんとお話ししてきます」
「…はい。真白さんのことずっと応援していますからね。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
自分の部屋へと帰っていく伊作の背中を見つめながら、真白は自分の胸元に両手を当てた。
「頑張らなくちゃ」
今夜はあの日と違う。何も出来ずに倒れる自分ではない。自分の力で、頑張らないと。
今夜の月は私が頑張るためのスポットライトだ。
と、思うことにした。
「声が戻って本当に良かった。お嬢さんの名前を聞いてもいいですか?」
優しい微笑みに胸がすっと軽くなり、胸元に両手を当てながら口を開いた。
「小花衣真白と言います。この度は私を介抱してくださり本当にありがとうございました。このご恩は必ずお返しします」
「真白さん。素敵なお名前ですね。ここでは困っている人を助けるのは当たり前なんです。気持ちは嬉しいですが、恩を返そうなんて思わなくていいんですよ」
新野は穏やかな笑みのままそう言った。真白は受けた恩を返さない選択肢がなかった。しかし新野と伊作の善意しかない笑顔に変に恩を返そうとする方が迷惑なのではないかと考え始める。迷惑になることはしたくないが、何かお返しをしたい。二つの気持ちがせめぎ合って真白は混乱した。一人でぐるぐる考えていると新野と伊作がこちらに手招く。呼ばれている方に寄って二人と対面する形で座った。慣れてきたといっても向かい合わせに座ると緊張する。
「では、真白さん。貴方が無事に帰るために出来ることは何でもします。まずは貴方がどこから来たのか教えてもらえますか?」
真白が緊張してしまっているのを感じた新野は姿勢を緩めながら怖がらせないよう話した。それを感じ取ったのか、真白はほっと息を吐いて頭の中でずっと纏めていた言葉を口にしていく。自分が住んでいた町の名前、周囲の地名を細かく伝えた。
「私がその図書館を出たあと月を見ていたらいつの間にか山の中にいて…そこから意識が無くなりました」
自分の身に起きたことも全て伝える。言っていないことはないはずだ。ふうと息を整えて二人の返答を待つ。しかし二人とも何も言わず難しい顔をしている。その表情に何だか嫌な予感がして、真白は冷や汗をかいた。
「新野先生…」
伊作が新野に向かってぽつりと零す。新野は難しい顔をしたまま真白と目を合わせる。
「うーん……真白さん。貴方の話に出てきた地名が一つも分かりませんでした。これでも地名には詳しい方なのですが、一つも分からないという状況は極めて不可解です。真白さんの言っている場所からこの付近までどうやって移動したのか…何か思い当たるようなことはありませんか?」
嫌な予感が当たってしまったと、真白は顔を青くしながら思った。どういうことなのだろう。何も思い当たることはない。いつの間にかここへ来た。それだけだ。ここは特殊な宗教団体かもしれない。だから伝わらないのかもしれない。
「何も…何も思い当たりません。そ、そうだ電話…!電話を貸してください!両親に連絡すれば…!」
ぱっと顔を上げて言った。何故か文字が伝わらなかったが言葉が通じるなら電話のことを聞ける。それを見落としていたことに気づき安堵した。
だけど返された言葉は予想外のものだった。
「でんわとはなんですか?」
「え?」
新野の発言に素の声が出てしまった。急いで伊作の方へ顔を向けるが、彼も何か分からないといった表情で真白は口を開いたまま固まってしまう。特殊な宗教団体だとしても電話を知らないということはあるのだろうか。おかしい。明らかにおかしい。
真白はふとお風呂に入りながら考えていたことを思い出す。何を言っているんだと思われるかもしれない。ただ『それ』が本当だとしたら全ての辻褄が合う。当たらないでと思いながらおそるおそる口を動かした。
「今って何年ですか?」
真白はこの時ようやく、自分がタイムスリップをしたことに気がついた。
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「伊作どうした?全然食べていないじゃないか」
昼過ぎの食堂。ほかほかのご飯を目の前に箸が進まない伊作を気遣うように同室の留三郎は言った。六年生の授業が少し遅めに終わり、他学年が授業をしている間に彼らは昼食をとっている。なので今食堂には六年生しかいない。正確には食堂のおばちゃんもいるが、彼らの昼食を出したあと用事があるからとどこかへ行ってしまった。
「例の女性のことだろう」
仙蔵が顔も向けずに言い放った。彼の言う女性とは真白のことだ。真白を保護した日に忍術学園の教師、そして六年生は真白の存在を伝えられている。意識が無いとはいえ素性の知れない人間のため、万が一刺客だった場合速やかに”処理”できる人選だ。伊作や新野が彼女のことを逐一報告し、今ではほぼ無害であると判断されている。
「なんだ恋でもしたのか?」
「ちっ違うよ!真白さんのことを考えていたことは合ってるけど…」
小平太の率直な言葉に伊作は大きく反応する。今度は仙蔵が話を聞こうと顔を向けた。文次郎と長次は黙々と昼食を食べているが話は聞いているようだ。
伊作は表情を曇らせながら昨日あったことを話し始める。
「真白さんに今は何年かと聞かれて、何のことか分からなかったけど時代を聞かれてると分かったから答えたんだ。そしたらみるみる顔が青くなって焦ったように同じことを何度も聞いてきたんだ。何度答えても真白さんには聞こえていないようで、急に声を上げて泣き出したんだ」
「何で時代を聞いて泣くんだ…?」
傍で聞いていた留三郎が声を漏らした。
「それが全く分からなくて…泣き出したあとそのまま過呼吸になってしまったんだ。落ち着かせようと近づいたら急に外へ飛び出してしまって。一人だと危ないからすぐ追いかけたんだけど…彼女、遠くに行くんじゃなくて外に出た瞬間立ち止まったんだ。そしたら…自分で自分の首を絞め始めて」
「命を絶とうとしたのか」
仙蔵が驚いた表情で言う。伊作はこくりと頷いた。
「すぐに手を離させたんだけど、その時の顔が忘れられなくて…あんなに生きるのが辛そうな顔、見てるだけで胸が苦しくなる」
伊作の話が終わったあと、誰一人言葉を発さずしんと静まり返った。伊作が真白を連れてきた日、彼のことだから怪我人と称した刺客に騙されているのではないかと彼以外の六年は思っていた。しかし目覚めてからの彼女の行動、そして伊作の発言。これらの事から真白という人物がどれほどか弱い生き物なのか強く認識することになった。
「……そんな弱い女、さっさと家へ帰らせばよいというのに」
ずっと黙っていた文次郎が初めて声を上げた。その言葉は一見厳しいように感じるが、彼なりに彼女の心が安定する方法を提案しているのと同義だ。
「僕だって早く帰らせたいさ。だけど何回聞いても真白さんが言う場所が分からないんだ。皆にも教えただろう?先生方も分からないと仰っていたし…」
「先生方も分からないとなるとその真白さんがおかしいことになるが…」
「そう…なんだけど。でも彼女は普通の人だと思う。何度か話してみて、優しくて気遣い屋でいい人だと思ったんだ」
「まあ、伊作がそこまで言うならそうなんだろうな」
伊作の真剣な瞳に留三郎はふっと笑った。すると仙蔵が腕を組みながら伊作へ問う。
「それで?その人は今どうしてるんだ?」
「止めさせたあとも過呼吸が止まらなくて…そのまま意識を失ってしまったんだ。保健室へ運んで寝かせてる。新野先生が診てくれているんだけど、まだ一度も目覚めてないよ」
「もそ…」と長次が小さな声を漏らした。優しい心の持ち主である長次には真白の不安定さを不憫に思った。またもや静かになった食堂で、各々が彼女について考える。
沈黙を破ったのは留三郎だった。
「……本当に天女だったりして」
「天女だぁ?そんなもんほんとにいるのかよ」
「一理あるがどうにも納得できない要素が多い。どこかの城の姫という方がまだ信憑性がある」
文次郎と仙蔵が口々に言う。確信を持てないためか、留三郎は何も言えずに再び沈黙した。留三郎の零した"天女"と言う言葉に皆が思考を巡らせる。天女など空想上の存在でしかないが、真白について考えるほどその説もあながち間違っていないようにも思える。
「……書物で天女について読んだことがある」
普段無口な長次が言葉を発した。その声に皆顔を彼に向けて続きを聞くように視線を合わせた。
「もそ…天女は突然現れて我々人間の利益になるよう施してくれると」
「それだけか?」
「……架空の話だから作者によって解釈が異なるのだ」
長次の言う人間の利益について考えてみるが、真白が来てから特に利益を感じたことは無い。
「やっぱり天女なんて存在しないのかな」
「まぁ姫の可能性もなくはないが…」
伊作の言葉に留三郎は考えるように手を口元へ当てる。
「仮に姫だとして、地名が分からないなんてことあるのか?」
「文次郎の言う通りだ。姫の可能性もあると考えていたが、そもそも一人で倒れていた理由はなんだ。記憶が無いわけでもない。第一地名が分からないのも変だ」
どれだけ思考を重ねても、結局真白について何も分からない。空になった食器を眺めながら伊作は彼女のことを想った。
イチリンソウを挿した彼女の笑顔はとても綺麗だった。不安や恐怖さえ無ければ彼女はあんなに美しく笑える。それなのに自分が見たのは辛そうな顔ばかり。手は震え、顔は青ざめ、生きる気力の無い虚ろな目。安心してほしい、笑顔になってほしい。そんな願いは彼女に届くのだろうか。
俯いた伊作を皆が見つめる。これ以上考えても仕方がないと考えた留三郎が食器を持って立ち上がった。
「まだできることはあるかもしれないだろ?真白さんが起きたら彼女の力になってやろうじゃないか」
その言葉に一同は頷き、伊作は「ありがとう」と優しい同室の彼に礼を言った。
*****
今すぐに死んでしまいたい。
今まではどんなに辛いことも、両親が大切に育ててくれた思い出がそんな思考をどこかに飛ばしてくれた。だけど今自分がいるのは過去の世界。遠い昔の世界だ。家族も知り合いも誰一人いない。この世界では自分こそが異端者だ。そんな世界で、一人で生きていくの? それなら死んだ方がマシじゃないか。どんなに泣いても帰れる保証なんてない。これが全部夢だったなら。ただの悪夢ならどんなにいいか。
消えてしまいたい。存在ごと、全てを。
瞼がゆっくりと開いた感覚がした。腫れている瞼のせいで開けづらい。いつの間にか布団に移されている。最初に眠っていた時と同じ場所だ。辺りはまだ暗く、夜明け前なのだろう。眠りすぎて目が完全に覚めている。真白はゆっくりと障子を開け、縁側にそっと座った。
今夜は月が綺麗だ。星もよく見える。それはここが昔の世界で、夜に光る建物がないからだ。その事実に頭では理解できるが納得はできなかった。どうしてタイムスリップなんてしてしまったのだろう。漫画やドラマみたいな展開。まさか自分が経験するとは思わなかった。
死にたいと思った。知ってる人も、場所も、何もかも無い。こんな現実に耐えられるわけがない。それならここで死んでしまった方が元の時代に戻れるかもしれない。そう思って死のうとした。首を絞めて苦しくなって、これが夢じゃないと嫌でも感じさせられて。
でも私は生きている。きっと伊作さんや新野先生が看病してくれたのだ。結局死にきれずに、人に迷惑をかけて。のうのうと生きたまま帰りたいと泣き叫ぶ。なんて醜態を晒してしまったの。二人は私が泣いている理由がタイムスリップしたからなんて想像もしていないはずだ。変なことを言って突然泣き出す弱い女。
「あぁ……」
自己嫌悪に陥りながらため息を吐く。月を見上げる。思えばあの時、とても綺麗な満月だった。あそこで私はタイムスリップしたのだろうか。はたまた月の悪戯か。あの場所がキーポイントなのかもしれない。それなら、もう一度あそこへ行けば元の時代に戻れる?
真白の中で小さな希望が芽生え始めた瞬間、聞き慣れた声がした。
「真白さん?」
「い…伊作さん…」
足音が全く聞こえなかったので突然人が現れたことに驚く。一瞬目を見開いた伊作はすぐにいつもの穏やかな表情に戻り、真白の隣にすっと座った。隣に座られると思っていなかったのと、とてつもない醜態を彼の前で晒してしまった後悔で真白の顔は暗い中でも分かるほどに青くなっていった。しかしそんな真白の心情も余所に伊作はただ黙って月を見上げていた。
「……」
月に照らされた男女が二人。会話も無く静かに月を見上げている。ドクドクと早鐘を打っていた真白の心臓も、いつの間にかゆっくりと動いていた。
どれくらい時間が経ったのか、長くも短くも感じる曖昧な感覚の中で先に声を出したのは伊作だった。
「帰りたいですか?」
どこに、とは言わずに。真白は涙が出るのをぐっと堪えて視線をどんどん下へ向けた。
「帰りたい…です」
小さな小さな声でそっと言葉にする。彼の顔は見れなかった。もう何度も彼の前で泣いてしまった。ずっと醜態を晒すわけにはいかない。涙が出ないように、膝の上に置いてある両手に力を入れた。
すると突然両手の上に温度が乗った。それが伊作の手だと気づくのに数秒かかった。真白はぱちくりと瞬きをしてゆっくりと顔を彼の方へ向ける。彼は穏やかな微笑みを浮かべ、真白の両手を優しく取った。目の前で起きていることがまるで映画のスクリーン越しに見ているかのように感じた。
「僕が…僕たちが必ず貴方を帰りたい場所へ連れて行きます。すぐには難しくても、必ず」
真白の両手を包んだまま、ぎゅっと力を込める。真摯な瞳に射抜かれて、震えも不安も全てを優しく包み込んでくれるような錯覚がした。真白は小さく口を動かすも、声が出なかった。彼が施してくれる優しさに付いていけないのだ。視界が潤んで、でも涙は零したくなくて、ぐっと唇を噛んだ。それに気づいたのか、伊作がそっと手を真白の顔に近づける。彼の手が頬に触れる感触がして、真白はぎょっと動揺し体を揺らす。
「ああごめんなさい。唇を噛んでいたので」
「い、いえ…すみません…」
一気に熱が頬に集まる。青い顔をしていた真白は今はもう茹でタコのように真っ赤だ。気づいているだろうに何も言わないでいてくれる伊作がありがたかった。
小さく深呼吸をして、優しい茶の瞳を見つめ返した。
「ありがとう…ございます。…それから突然暴れてご迷惑をおかけてしまったこと、本当に申し訳ございませんでした」
両手を胸元に近づけて深々と頭を下げた。少し震えた声。静かな夜の中で真白の声はよく通った。
真白の言葉に伊作はほっと安堵の息を吐く。彼は笑っていた。穏やかに、本当に嬉しそうに。その表情に真白も肩の力がふっと抜けた。
「謝らなくていいんですからね。真白さんには真白さんの事情がありますし、誰だって安心できる所へ帰りたいものですから。不安になるのは当然です」
「…ありがとうございます」
「…真白さん。夜が明けたら、学園長とお話しされてみませんか?この学園にいる人はみんな、困っている人を見捨てるなんてことはしません。学園長もきっと真白さんが帰る方法を探してくださいます」
伊作の言葉に一瞬、胸が苦しくなった。当たり前のことだ。自分一人で何とかできる問題では無い。ただでさえ命を救ってもらい、衣食住を無償で提供してもらっている立場だ。彼の提案に「はい」と言う以外答えはない。分かってはいるがこの性格だ。とても偉い立場であろう方と対面で話しをするというのは、内気で人と話すのが苦手な真白にとって難儀なことだ。
でもここは私が知っている場所じゃない。それを理解しないと。人に助けてもらってばかりじゃダメ。
「…分かり、ました。学園長様とお話ししてみます」
揺れる瞳の中で微かな決意が滲み出た。伊作はぱっと表情が明るくなって、真白の手に優しく触れた。
「良かった。真白さんの心が少しでも軽くなるよう願っています」
あまりにも優しい顔で言うものだから、この人は仏様なのかと勘違いしそうになる。真白には善意で溢れた彼の瞳を見つめ返すことはまだ出来そうにない。
……ふと伊作がなぜこんな夜更けにここへ来たのか考えた。もしかして自分の様子を見に来てくれたのではないか。こんな夜も深い時間に。
「伊作さん…もしかして私の様子を見に来てくださっていたのですか?」
真白からの突然の質問に、伊作は笑みのまま少しだけ眉を顰める。
「少しだけ顔を見たくて…すみません、女性の寝床を訪ねるなんて無作法ですよね」
「い、いえそんな!私を心配してくださっていたんですよね?無作法だなんて思いません」
伊作の言葉にばっと反応する。やはり彼は容態を確認するために来てくれたのだ。ありがたい気持ちと寝顔を見られるところだった気恥ずかしさで感情が大忙しだ。そんな真白に伊作は「よかった」と優しく微笑む。
二人の間に穏やかな時間が流れ始めた。真白にとって初めて心穏やかに話せる異性が伊作だった。学校ではいつも静かに過ごしているから誰かに話しかけることもなければ話しかけられることもない。唯一の友人は同性だったし、彼女も異性に対して特に興味もなかったので遊びに行くのも電話をするのも二人だけだった。だからこそ、今異性である伊作と話している自分が信じられない。
「真白さん?どうかしましたか?」
「いえ……」
頭の中の思考に集中しすぎて彼がこちらをずっと見つめていたことに気がつかなかった。彼はずっと目を見て話してくれる。私という存在をその瞳の中で映してくれる。それがなんだかむず痒い。まだ…見つめ返せない。
「伊作さん、そろそろお部屋に戻られませんか?私はもう大丈夫なので…伊作さんもゆっくり寝てほしいです」
視線を少し下に逸らしながらそう言った。ずっと私の面倒を見てもらうわけにはいかない。彼の睡眠を妨げてしまっているならなおさらだ。一呼吸置いて伊作はにっこり笑って言った。
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて、今日は部屋に戻りますね。朝になったら土井先生が学園長のいる庵へ連れて行ってくださると思います」
「土井先生……」
「あ、土井先生は一年は組の先生でとても優しい方なので安心してください。僕か新野先生が真白さんをお連れする予定だったんですけどあいにく用事があって」
既に迎えが来ると確定していたということは、真白が目覚めて学園長に会いに行くことは決まっていたことなのだろう。自分という存在が私の知らない人たちに知られている。それに気づいて少しだけ怖くなってしまった。だけどここにいる人が優しいことは身をもって知っている。自分一人でも何とかすると決めたのだ。
真白はすぅと深呼吸をして伊作の瞳を見つめ返した。
「伊作さん、何から何までありがとうございます。学園長様ときちんとお話ししてきます」
「…はい。真白さんのことずっと応援していますからね。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
自分の部屋へと帰っていく伊作の背中を見つめながら、真白は自分の胸元に両手を当てた。
「頑張らなくちゃ」
今夜はあの日と違う。何も出来ずに倒れる自分ではない。自分の力で、頑張らないと。
今夜の月は私が頑張るためのスポットライトだ。
と、思うことにした。
