高校三年生になったばかりの内気な女の子
満月の夜に
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夜になるとまだ少し肌寒い季節だ。辺りも暗くなってきたので私は勉強道具を鞄に入れて図書館を後にする。外に出た途端穏やかな薫風が頬を撫でる。それがとても心地良くて、歩みを止め顔を上げる。見上げた空に星は見えなかった。ただ、大きな満月がぽつんと夜暗のなかで輝いている。まるで自分がここにいると主張しているみたいで私はふふと笑ってしまった。
そんなことを考えているとだいぶ時間が経っていることに気がつく。少し早歩きで帰ろう。今日は母が夜ご飯を作ると言っていたのを思い出す。いつも仕事で忙しい父も今日は早く帰って夜はみんなで食べようと言っていた。久しぶりに家族全員で食事ができることが嬉しくてこのままスキップしてしまいそうだった。
高校生活も三年目に突入し本格的に将来を考える時期になってきた。私は昔から物静かな人間で、特にこれといった特技は無く勉強をすることくらいしか趣味といえるものはなかった。趣味といえるほど好きというわけではないけれど、努力した分報われるのは嬉しい。一人娘の私を18年間大切に育ててくれた両親に親孝行するためにも、良い大学へ行って大手の企業に就職する。今私の中にあるのはこれだけだった。大きな夢も目標もないけれど、私は私の周りにいる人が幸せになってくれたら幸せだ。友達からは聖人君子すぎると言われてしまったけど、本当にそれ以外何も無いのだ。
良いことを言っているように見えて、実際そうでもない。私は何かに夢中になって熱くなったことがない。人に誇れる特技もないし、端的に言うなら空っぽ。面白みのない人間だ。人と話すことも苦手で自分からコミュニティを広げようとしない。そんな引っ込み思案な自分が嫌に思うときもある。だから、自分を嫌わないためにも人の幸せを願うのだ。誰かが笑ってくれると心が温かくなる。そうすると、少しだけ自分のことが好きになれる。
この先もずっと何気ない人生を歩んでいきたい。そう———月に願った。
街灯もない夜の道。月から視線を落とし転けないよう足元を確認する。
いつの間に道を外れていたのだろう。さっきまでレンガ道だったのに、今足元には雑草と花が生い茂っている。サーッと風が吹き、辺り一面の草木がさわさわと音をたてる。
「ここは…どこ」
明らかにさっきまでいた場所と違う。360度見渡しても草と花しか見えない。遠くの方に木が連なって見えるがここは山の中なのだろうか。月光が明るいとは言え今は夜だ。暗闇の中こんな野山に一人でいては危険だ。すぐに鞄の中にあるスマホを取り出そうとした。
……鞄が無い。図書館に忘れたはずはない。外に出たあと時間を見ようとスマホを使って確認したはずだ。気が動転して落としたのかもしれない。月の光をたよりに草木の中を懸命に探す。
「どこに…どこに落としたの。ばか、私のばか」
視界が涙で滲む。余計に探しづらくなって自分を罵倒する言葉が頭になだれ込む。嫌いだ。想定外のことが起きたらすぐ泣く自分が。すぐに最悪のことを考えて助かる方法を考えられなくなる自分のことが。
「だいっきらい…」
土だらけになった両手に涙が零れ落ちる。きっと服も汚れてる。白いワンピースなんて着るんじゃなかった。汚れが目立って母から怒られてしまうかも。でもきっと、どうしてそんなに汚れてるのって心配してくれるんだろうな。早く家に帰りたい。お風呂に入って父と母と一緒に夜ご飯を食べたい。溢れる涙の止め方が分からず、私はそのまま地面に倒れた。昼間に見たら綺麗だろう花も潰してしまった。茎が折れて花弁に土がつく。その光景が何だかとても悲しくて、折れた茎ごと胸元へ寄せた。もう体に力が入らない。力が抜けて落ちていく瞼に抵抗出来ず、そのまま意識ごと目を閉じていった。
明るい満月はスポットライトのように私を照らしていた。
*****
「新野先生。今日は絶好の薬草採取日和ですね」
「そうだね。伊作くんはここに来るまで落とし穴に何度も落ちていたけれど大丈夫かい?」
「はい。いつものことですし、新野先生が巻き込まれなくてむしろ幸運ですよ」
優しげな顔立ちの四十男と体中泥で汚れた青年が竹籠を背負いながら山の中を歩いている。どうやら青年の方は何度も落とし穴に落ちたようで擦り傷だらけだ。二人は笑いながら目的地である野原へと歩いていく。
今日は伊作と呼ばれた青年の言う通り、雲一つない晴天だった。穏やかな薫風が花の香りを運んでくれる。
「新野先生、もうすぐで着きますね。それにしても…保健委員全員で薬草採取の予定だったのにみんな予定が空いてないなんて…。今日は足りない薬草が増えたからたくさん集めようと言っていたのになぁ…ああ不運だ~」
「足りない分は私たちだけで集められますよ。全員が集まった時にまた来ましょう」
「そうですね…。よ~し!乱太郎たちが驚くくらい薬草を集めるぞ~!」
「ふふ、その意気です。伊作くん」
伊作が元気よく腕を上げた瞬間、たまたまそこにあった鳥の巣を落としてしまった。慌てて中を確認すると中に卵もヒナもおらずほっと息を吐いたのもつかの間。巣作りの途中を邪魔された親鳥が猛スピードで伊作に向かって飛び出した。
「うわぁ!ごめんよー!壊す気はなかったんだ!許しておくれーー!!」
そう叫びながら一目散に逃げる伊作を新野は呆然と眺めていた。その後やれやれと笑いながら、彼の後を追うように歩く速度を速めた。
「はあ、やっと逃げ切れた…。あれ、ここは…」
「目的地の野原ですね。さあ、薬草採取を始めましょうか」
「いつの間に。よし、たくさん集めるぞ」
意気込んだ伊作は新野と別れてそれぞれ薬草を集め始める。風がそよそよと音をあげて、この野原がいかに広大かを教えてくれる。
ふと顔を上げると、辺り一面草と花だらけなのに一か所だけ穴が開いたように何も無い場所があった。何があるのか気になって、そろそろと近づいてみる。大きな石でもあるのかと覗いてみると、伊作の表情が一瞬にして険しくなった。
白い布を纏った女性が倒れていたからだ。即座に呼吸と脈を確認する。息もしていたし、脈も正常だ。ほっと胸を撫で下ろし、近くにいる新野へ叫ぶ。
「新野先生!女性が意識を失ったまま倒れています!」
その声に新野がすぐさま駆け寄る。
「呼吸も脈も確認しました。生きてはいますが体が冷えきっています」
「ふむ…このままでは危険だ。呼吸は出来ているけどだんだん弱くなってきている」
「僕が運びます。忍術学園へ急ぎましょう」
「そうだね。じゃあこの子はお願いするよ」
伊作は冷えた彼女を背に担ぎ、新野とともに忍術学園へと急いだ。
*****
真白は真っ暗な夢の中、自分の家を探していた。
「お父さん、お母さん。どこにいるの?」
上下左右どこを見ても真っ暗な世界。上か下かも分からなくなるほど空虚な世界。家に帰りたいのに、ここがどこだか分からなくて立ち尽くしてしまう。何も見えなくて怖くなった。涙が頬を伝う感覚がして、無意識に泣いていたことに気づく。
自分の中でまたもや黒い感情が渦巻く。
「もう私を嫌いになりたくないのに…」
「だれか…助けて…」
その時、誰かの声が聞こえた。声と言っていいのか分からないほど小さな音。誰かを呼んでいるようなその声のもとへ行きたくて真白は走った。走っても走っても声のする方へ届かなくて、息を切らしながらもう一度辺りを見渡す。
突如、上方から光が溢れ出した。この光は見たことがある。
「月光だ…」
月の光が真白の行く先を照らしていた。月の示すまま道を歩く。進めば進むほど先程の声がはっきりと聞こえてくる。胸の鼓動がドクドクと体全体に響き渡っているようだ。真白は期待に目を輝かせながら光の終着点へと向かう。
これできっと帰れる。やっとあの暗い場所から離れられる。お父さんとお母さんに会える。
光の終着点へとたどり着いた真白。先程から聞こえる声が何と言っているのか耳をすませる。
「大丈夫ですからね。絶対、死なせませんから」
聞こえた言葉は男性の声だった。知らない人の声に動揺し後退る。その瞬間、後ろに道はなかったのか、浮遊感に包まれた。落ちていると気がついたのは数秒後だった。
「どうして…どうして私が…」
もう一度訪れた暗闇の世界に、止まったはずの涙が溢れ出す。続く浮遊感に気持ち悪くなり、真白は再び意識を失った。
これから訪れる新しい世界を、
元の世界に帰られない絶望を味わうことになることを
彼女はまだ知らない。
そんなことを考えているとだいぶ時間が経っていることに気がつく。少し早歩きで帰ろう。今日は母が夜ご飯を作ると言っていたのを思い出す。いつも仕事で忙しい父も今日は早く帰って夜はみんなで食べようと言っていた。久しぶりに家族全員で食事ができることが嬉しくてこのままスキップしてしまいそうだった。
高校生活も三年目に突入し本格的に将来を考える時期になってきた。私は昔から物静かな人間で、特にこれといった特技は無く勉強をすることくらいしか趣味といえるものはなかった。趣味といえるほど好きというわけではないけれど、努力した分報われるのは嬉しい。一人娘の私を18年間大切に育ててくれた両親に親孝行するためにも、良い大学へ行って大手の企業に就職する。今私の中にあるのはこれだけだった。大きな夢も目標もないけれど、私は私の周りにいる人が幸せになってくれたら幸せだ。友達からは聖人君子すぎると言われてしまったけど、本当にそれ以外何も無いのだ。
良いことを言っているように見えて、実際そうでもない。私は何かに夢中になって熱くなったことがない。人に誇れる特技もないし、端的に言うなら空っぽ。面白みのない人間だ。人と話すことも苦手で自分からコミュニティを広げようとしない。そんな引っ込み思案な自分が嫌に思うときもある。だから、自分を嫌わないためにも人の幸せを願うのだ。誰かが笑ってくれると心が温かくなる。そうすると、少しだけ自分のことが好きになれる。
この先もずっと何気ない人生を歩んでいきたい。そう———月に願った。
街灯もない夜の道。月から視線を落とし転けないよう足元を確認する。
いつの間に道を外れていたのだろう。さっきまでレンガ道だったのに、今足元には雑草と花が生い茂っている。サーッと風が吹き、辺り一面の草木がさわさわと音をたてる。
「ここは…どこ」
明らかにさっきまでいた場所と違う。360度見渡しても草と花しか見えない。遠くの方に木が連なって見えるがここは山の中なのだろうか。月光が明るいとは言え今は夜だ。暗闇の中こんな野山に一人でいては危険だ。すぐに鞄の中にあるスマホを取り出そうとした。
……鞄が無い。図書館に忘れたはずはない。外に出たあと時間を見ようとスマホを使って確認したはずだ。気が動転して落としたのかもしれない。月の光をたよりに草木の中を懸命に探す。
「どこに…どこに落としたの。ばか、私のばか」
視界が涙で滲む。余計に探しづらくなって自分を罵倒する言葉が頭になだれ込む。嫌いだ。想定外のことが起きたらすぐ泣く自分が。すぐに最悪のことを考えて助かる方法を考えられなくなる自分のことが。
「だいっきらい…」
土だらけになった両手に涙が零れ落ちる。きっと服も汚れてる。白いワンピースなんて着るんじゃなかった。汚れが目立って母から怒られてしまうかも。でもきっと、どうしてそんなに汚れてるのって心配してくれるんだろうな。早く家に帰りたい。お風呂に入って父と母と一緒に夜ご飯を食べたい。溢れる涙の止め方が分からず、私はそのまま地面に倒れた。昼間に見たら綺麗だろう花も潰してしまった。茎が折れて花弁に土がつく。その光景が何だかとても悲しくて、折れた茎ごと胸元へ寄せた。もう体に力が入らない。力が抜けて落ちていく瞼に抵抗出来ず、そのまま意識ごと目を閉じていった。
明るい満月はスポットライトのように私を照らしていた。
*****
「新野先生。今日は絶好の薬草採取日和ですね」
「そうだね。伊作くんはここに来るまで落とし穴に何度も落ちていたけれど大丈夫かい?」
「はい。いつものことですし、新野先生が巻き込まれなくてむしろ幸運ですよ」
優しげな顔立ちの四十男と体中泥で汚れた青年が竹籠を背負いながら山の中を歩いている。どうやら青年の方は何度も落とし穴に落ちたようで擦り傷だらけだ。二人は笑いながら目的地である野原へと歩いていく。
今日は伊作と呼ばれた青年の言う通り、雲一つない晴天だった。穏やかな薫風が花の香りを運んでくれる。
「新野先生、もうすぐで着きますね。それにしても…保健委員全員で薬草採取の予定だったのにみんな予定が空いてないなんて…。今日は足りない薬草が増えたからたくさん集めようと言っていたのになぁ…ああ不運だ~」
「足りない分は私たちだけで集められますよ。全員が集まった時にまた来ましょう」
「そうですね…。よ~し!乱太郎たちが驚くくらい薬草を集めるぞ~!」
「ふふ、その意気です。伊作くん」
伊作が元気よく腕を上げた瞬間、たまたまそこにあった鳥の巣を落としてしまった。慌てて中を確認すると中に卵もヒナもおらずほっと息を吐いたのもつかの間。巣作りの途中を邪魔された親鳥が猛スピードで伊作に向かって飛び出した。
「うわぁ!ごめんよー!壊す気はなかったんだ!許しておくれーー!!」
そう叫びながら一目散に逃げる伊作を新野は呆然と眺めていた。その後やれやれと笑いながら、彼の後を追うように歩く速度を速めた。
「はあ、やっと逃げ切れた…。あれ、ここは…」
「目的地の野原ですね。さあ、薬草採取を始めましょうか」
「いつの間に。よし、たくさん集めるぞ」
意気込んだ伊作は新野と別れてそれぞれ薬草を集め始める。風がそよそよと音をあげて、この野原がいかに広大かを教えてくれる。
ふと顔を上げると、辺り一面草と花だらけなのに一か所だけ穴が開いたように何も無い場所があった。何があるのか気になって、そろそろと近づいてみる。大きな石でもあるのかと覗いてみると、伊作の表情が一瞬にして険しくなった。
白い布を纏った女性が倒れていたからだ。即座に呼吸と脈を確認する。息もしていたし、脈も正常だ。ほっと胸を撫で下ろし、近くにいる新野へ叫ぶ。
「新野先生!女性が意識を失ったまま倒れています!」
その声に新野がすぐさま駆け寄る。
「呼吸も脈も確認しました。生きてはいますが体が冷えきっています」
「ふむ…このままでは危険だ。呼吸は出来ているけどだんだん弱くなってきている」
「僕が運びます。忍術学園へ急ぎましょう」
「そうだね。じゃあこの子はお願いするよ」
伊作は冷えた彼女を背に担ぎ、新野とともに忍術学園へと急いだ。
*****
真白は真っ暗な夢の中、自分の家を探していた。
「お父さん、お母さん。どこにいるの?」
上下左右どこを見ても真っ暗な世界。上か下かも分からなくなるほど空虚な世界。家に帰りたいのに、ここがどこだか分からなくて立ち尽くしてしまう。何も見えなくて怖くなった。涙が頬を伝う感覚がして、無意識に泣いていたことに気づく。
自分の中でまたもや黒い感情が渦巻く。
「もう私を嫌いになりたくないのに…」
「だれか…助けて…」
その時、誰かの声が聞こえた。声と言っていいのか分からないほど小さな音。誰かを呼んでいるようなその声のもとへ行きたくて真白は走った。走っても走っても声のする方へ届かなくて、息を切らしながらもう一度辺りを見渡す。
突如、上方から光が溢れ出した。この光は見たことがある。
「月光だ…」
月の光が真白の行く先を照らしていた。月の示すまま道を歩く。進めば進むほど先程の声がはっきりと聞こえてくる。胸の鼓動がドクドクと体全体に響き渡っているようだ。真白は期待に目を輝かせながら光の終着点へと向かう。
これできっと帰れる。やっとあの暗い場所から離れられる。お父さんとお母さんに会える。
光の終着点へとたどり着いた真白。先程から聞こえる声が何と言っているのか耳をすませる。
「大丈夫ですからね。絶対、死なせませんから」
聞こえた言葉は男性の声だった。知らない人の声に動揺し後退る。その瞬間、後ろに道はなかったのか、浮遊感に包まれた。落ちていると気がついたのは数秒後だった。
「どうして…どうして私が…」
もう一度訪れた暗闇の世界に、止まったはずの涙が溢れ出す。続く浮遊感に気持ち悪くなり、真白は再び意識を失った。
これから訪れる新しい世界を、
元の世界に帰られない絶望を味わうことになることを
彼女はまだ知らない。
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