第三章 怪談『雨に誘う朱い傘』

気が付けば、ほの暗い空間にいました。
足下には先に連れてこられた生徒たちが意識を失って倒れています。

辺りを見渡せば、雨音が激しく響き渡り、歪な妖力の気配がこの場を満たしていました。
妖力の気配から、ここがシグレさんの領域であることは間違いないでしょう。

ということは――


「これが、歪み……」


周りを囲むように蠢く黒い霧。
それは一定の距離を保ちながらも、こちらを飲み込まんと気味悪く揺らいでいます。

どうしましょう。

自分の妖力は先輩方よりも劣る。
できる事と言えばせいぜい音を反響させるか、花を咲かせるか。
実態のない霧が相手なら攻撃にも護りにもならない。
しかし、歪みがこちらを警戒してなのかこれ以上近づいてくる様子がないことがまだ救いです。

本当につくづく自分が嫌になる。

ただ藤の樹に“何か”居るかもと想われたから生まれただけで、何も力がない。
村が大雨で土砂に呑み込まれた時もそうでした。

領域に響く雨音が、遠い昔を思い出させます。

何もできなかった。
村が土砂の中に消えていく様をただ樹の上から眺めるだけで……。
ただ、無事を祈るだけで……。

あの時、村の人たちが私の事を悪く言っていたら?
今に語り継がれるような物語ではなかったら?

村も守れず、ただ居ただけの私に一体何ができるんでしょう……?

警戒を見せていた黒い霧がぐにゃりと大きく揺らぎ、そして、一歩また一歩とにじり寄ってきます。

あぁ、これは駄目です……。

そんなはずはない。
村の人たちは今も信じてくれている……!
だから、今日まで私は存在している……!

大丈夫だと自分を強く保とうと思うも、一度芽吹いた小さな不安が黒い霧に煽られて、私の中で大きくなっていきます。

そんな時――
「#フジヒメ#ちゃん!」と私の名を呼んでくれる声が聞こえました。

声をした方に顔を向けると、誰かがこちらに駆けてきます。


「あ……」


まだ姿がちゃんと見えた訳じゃありません。
かろうじて制服から女の子だとわかるくらい。

それでも、私は女の子に確信が持てました。

出会ってから幾度と私の名を呼ぶ彼女の声。
それに、彼女から感じる極微量の気配。


「ハナちゃんッ!」


彼女は間違いなくハナちゃんです。

彼女だとわかるや否や、私の中で芽吹いた不安が摘み取られていきます。

駆け寄り、両手を広げ、彼女を腕に抱きます。


「ご無事で良かったです!」


急に抱きついた私をハナちゃんは驚きながらも受け止めてくれました。

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