第三章 怪談『雨に誘う朱い傘』

廊下に落ちる影が闇へと溶け込みそうになっていた。

窓の外は日が沈み、空は昼の終わりを告げる茜色から紺色へと染まっていく。

夜が来る。

人間は昔ほど夜の闇を怖れなくなった。
光を得たからだ。

光で照らされた夜の町は星が瞬く空よりもはるかに明るい。
故に、すぐ隣にあった闇は消え、妖怪たちも姿を消していく。

空が茜色から紺色へ、昼から夜へと移り変わるこの時間を今の人間は何と言うのか。
幻想的でキレイな「夕暮れ時」か。
はたまた、昼間の盛りを過ぎて、全てが衰退していく「黄昏時」か……。
すぐ隣に闇があった時代、人間はこの時間を「逢魔時」と呼んだ。

妖怪が動き出す時間。
あの世とこの世の境目の時間。
人間は人ならざる者に出逢いやすい時間として怖れ、俺たち妖怪にとっては丑三つ時と同等に馴染みのある時間だ。

薄闇に包まれた昇降口は水が滴る音さえも聞こえそうな程、静寂に包まれていた。


「とても静かですね……」


そう溢れた#フジヒメ#の声はどこか硬い。

#フジヒメ#へと視線を向ければ目が合った。
すいっと居心地悪そうに外れる視線。


「……おい」
「えーと……。少しだけ、少しだけ寂しいなぁって思ってしまって……」


#フジヒメ#の様子がどうにも引っ掛かる。
普段ならウタシロやヒフミにと引っ付くコイツが、今日は“人間”である女子生徒に引っ付いているのだ。


「はぁ……」
「!」


長く息を吐けば、ビクリと肩を揺らす#フジヒメ#。

#フジヒメ#は昼間の喧騒を賑やかで楽しいと言うような後輩だ。
コイツが昔いた村は相当賑やかだったに違いない。

そう考えると、自然と#フジヒメ#に手が伸びた。

「子どもがいる」と言うだけで来たこの後輩に、今の学園の異様さは本当に“少しだけ”で済むのか。


「……ザクロさん?」


首を傾げる#フジヒメ#だったが、伸ばした手は受け入れられ、そのまま頭を撫でる。


「さっさとシグレの目を覚ましてやろうぜ」


そう柄にもなく言ってみれば、途端に花咲いた笑顔と聞き心地の良い声が返ってきた。

#フジヒメ#の周りで張り詰めていた空気が僅かに緩む。


「ったく、オマエは――」


世話が焼ける。

そう続くはずの言葉は、ゾワリと背筋を走った嫌な気配によって妨げられた。

ハッとして窓の外を見やると、いつの間にか雨が激しく音を立てて降っている。


「あ……、あ、あの方が、シグレさん、ですか?」


声を震わせる#フジヒメ#が指差した先には、朱色の唐笠を手に、歪んだ妖力を纏った妖怪が虚ろな瞳を俺たちに向けて立っていた。

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