第一章 七不思議の後輩ちゃん

生徒会での初仕事を終えた#フジヒメ#は、朝のホームルームが終わる時分になって、ふらりと理科室にやって来た。

とくに何をするでもなく、しばらく俺の尻尾で遊んでいたかと思うと、今は満足そうな顔をして眠っている。

窓から差し込む光と尻尾から伝わる#フジヒメ#の存在が、ひどく眠気を誘って、俺は目を閉じた。

次に目を覚ましたのは遠くで雷が鳴り出した頃だ。

時計を見ると、もうあと少しで午後の授業も終わる時刻を指していた。

今日は理科室を使わなかったのだろうか。
いつになく静かな時間だった。


「アイツは……――ってどこで寝てんだ?」


尻尾の中に姿が無いと思ったら、青い着物の袖に淡い紫が乗っている。
規則正しく膨らんでは萎む小さなからだに思わず笑みがこぼれた。

同じ姿勢で寝ていたために固まった体を伸ばそうとした時、ガサリと何かが音を立てる。


「あ? なんだ、コレ?」


置いてあった紙袋を開けると甘い匂いが鼻を擽った。


「ドーナッツです!」
「うわっ!?」


軽い破裂音がしたかと思えば、視界いっぱいに#フジヒメ#の髪が広がり、菓子の匂い打ち消すように藤の爽やかな香りが鼻を支配する。


「ザクロさん、ドーナッツですよ!」
「!」


「ここのドーナッツ美味しいって噂なんですよ」と喜ぶ#フジヒメ#の周りで微かに漂う妖力は、俺のものでもコイツのものでもない。

静かだったのは理科室を使わなかったのでなく、使えなかったから。
人避けの妖術が理科室に施されているためだ。

極め付きは紙袋の中にあったこの紙。


「……ったく、あの蛇神さまは何のつもりなんだ?」


――今朝はごめん。

あの蛇はあんな見た目をしてるが存外世話好きだ。

短く綴られた手紙に「何がだよ」と悪態ついて、妖術で燃やす。


「イリヤからの差し入れだってよ。せっかくだ、オマエも食べていくか?」


あいにく上品な食器も上手い茶もないが、#フジヒメ#は満面の笑みを浮かべて頷いた。


「後でイリヤさんにお礼を言わないといけませんね。このお店のドーナッツってすぐに売り切れるから、なかなか食べられないって、ハナちゃんが言ってました」
「ハナちゃん、なぁ……」


#フジヒメ#からよく出る人間の名前だ。
同じクラスだというその人間は中庭の藤を気に入っているそうだ。
そして#フジヒメ#もまた、藤に対して良くしてくれるその人間を気に入っている。

嬉しそうに頬張る後輩を横目に外を見ると、空は黒い雲に覆われ、雷が先ほどよりも大きな音を鳴らしていた。

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