第二章 怪談調査

これ以上は時間が遅いからと、ウタシロとメリィが女子生徒を家まで送り届けに行った。

体力の限界がきたらしい#フジヒメ#はザクロの尻尾の中で眠りにつき、ハナヲさんたちもそれぞれの場所へと戻っていく。

一人きりになった保健室は女子生徒から聞いた話のせいもあってか落ち着かず、オレは中庭へと足を運んだ。

相変わらず厚い雲が空を覆い、少し湿り気を帯びた空気が頬を撫でる。


「……ふふ。本当にキミは心配性だね、ザクロ」
「ったく、オマエがそうさせてんだろうが。それに俺だけじゃねぇ……」


振り返ってザクロを見ると彼の後ろから可愛い薄紫の花が顔を出す。

「おいで」と手招ければ、臆せず素直に腕の中へと飛び込んで来るこの花は、オレよりもはるかに小さく、か弱く、愛らしく、温かな存在だ。

苦しませないように気をつけながら腕に力を入れると、嬉しそうな声を漏らして胸にすり寄ってくるのが堪らなく――。


「愛おしいね」
「食うなよ」


透かさずお狐さまに止められる。

わかっている。
こんな可愛い子を食べてしまったらオレはオレ自身を深く恨むだろう。
たとえ、他の皆や彼女がオレを恨まなくとも。

あぁ、それに……こんなにも温かく寄り添ってくれているこの温もりがなくなってしまえば、昔よりもずっと虚しくなりそうだ。


「イリヤさん」
「おっと、ごめんねぇ。苦しかったかい?」
「いいえ。ただ“イリヤさん”とお名前を呼びたかっただけです」
「……ふふ。そうなの? #フジヒメ#」
「はい! イリヤさん!」
「ザクロ」
「あ?」
「ありがとう」
「いちいち礼なんざ要らねぇよ」


顔を赤くして逸らしたザクロ。
本当に彼はツンデレなお狐さまだ。


「イリヤさん」
「ん?」


怪談『雨に誘う朱い傘』の始まりは、いじめから女子生徒を守るためのものだった。
いじめを行っていた生徒たちが来なくなれば、きっと女子生徒は学園へ行けるようになるだろう。
再び笑顔を見せてくれるだろう。
そう願ってのものだった。

しかし怪談の噂が学園に広まっていく中で、誰かが面白半分に言ったのだろう。
「この怪談に誘われた生徒は二度と姿を現さない」と。

歪められた怪談は学園を脅かす存在へと姿を変えてしまった。

抑えられない衝動、自分が自分ではなくなる感覚……。
歪められる苦しみを味わうのはオレだけでいい。


「絶対にシグレさんを助け出しましょう! そして、ハナちゃんを返してもらうんです!」
「あぁ、そうだね」


ふと空を見上げると、雲の隙間から満月が顔を出しているのが見えた。

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