【完結】冷たい地獄の底ならば(鬼滅)
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例え地獄の底ででも、
ナマエは可哀想な子だった。
まだ俺が年端もいかない童だった頃、父に手伝い役として連れられてきたのがナマエだった。
父曰く、道に倒れていたところを拾ってきたらしい。
だが、実際はどこかで手を出した女にできた子供なのだろうな、と幼いながらに思った。何故分かったかと言えば、ナマエは鋭い目付きさえしていたものの、それ以外は父によく似ていたからだった。
それは母の方もよく分かっていたのか、時々苛立ちを露にして狂ったようにナマエを叩いていた。
そんな母に対しナマエも、泣きも呻きも逃げもせずジロリと睨むばかりだったので、いつも俺が止める他なかった。
ナマエは十九年もの間俺の側で働いていたが、その間一度も笑顔を見せたことはなかった。
そもそもナマエはいつも不機嫌か、不満げに怒ったような顔をするばかりで、それが崩れたのはたったの三度だけ。
一度目は、中庭を燃やそうとした母を俺が止めたとき。
俺にとっては美しい草花があると気持ちが良いからというだけで、特に何か思い入れがあるわけではなかったのだけれど、藤の木の世話を一任されていたナマエはそうではなかったらしく。
まあ、その時のナマエの表情は喜びや尊敬ではなく、ただ理解のできないものを見る表情 だったけれど。
二度目と三度目はどちらも驚きというか、怒りというか、悲しみというか。色んなものがない交ぜになった表情。
両親の死体の側に居る俺を見たときと、無惨様に血を与えられた直後の俺を見たとき。
この三度だけ。
それ以外はいつも口をへの字に曲げて目を据わらせてばかりで、口が利けないのも相まってナマエは無愛想だと評判だった。
そんなナマエを教祖である俺が側に置き続けたのは、ひとえに優秀だったからだ。
喋ることもできず、愛想も悪いのによくできるなぁと俺は思ったけれど、ナマエはその程度些細なことだと言わんばかりに黙々と働いていた。
ナマエの仕事はただの小間使いでしかなかった昔に比べ、今は教祖であり鬼でもある俺の世話から、諸事情で俺が対応できないときの代理、果ては日頃の中庭の管理までと比べ物にならないほど増えている。
信者の対応は教祖である俺がし、信者達の生活は信者達自身で協力して過ごしているとはいえ、その業務量を考えると中々のものだ。
俺もそれを可哀想に思って、新しく手伝いの子達をたまに入れてあげるのだけれど、ナマエは無愛想な上傲慢なところもあったからすぐにみんな『救い』を求めて俺の元へ来てしまって、困り者だった。
ナマエは「またやりやがったな」と言わんばかりに睨んでくるし。
まあ、何人か求めていない子達まで救済してしまった気がするけど、どうせ生きていても苦しいだけだったから。
「ねぇ、俺達は十九年も一緒に過ごしてきたじゃないか……。俺は悲しいよ、どうしてこんなことをしたの?」
ナマエ。
俺の目の前で、ナマエが倒れている。
可哀想に、傷口を抑えてなんとか出血を抑えようとしているけれど、頸動脈が切れたからもう助からない。どんどんと広がっていく真っ赤な水溜まりに膝をつけば、血を吸った袴がにわかに重くなった気がした。
ナマエはもう耳も聞こえてないのか、俺の言葉には反応せずか細い呼吸音を鳴らすだけだ。
「っ、ッ」
ごぽり、
ナマエの口から血が溢れ出す。確か脇腹も切っていたから、内蔵から血が逆流したのだろう。
一生懸命用意したのだろう毒とも呼べない液体は、俺の気分を悪くするだけで終わってしまった。離れた場所には折れた包丁が転がっている。
例え不意を突いても、ナマエではトドメを刺せない。殺し方も知らないのにこんな無謀なことをして、あまりにも愚かだ。
俺は分かりきっていた結末を見透かせなかったナマエが哀れで、ポロポロと涙をこぼした。
可哀想に、苦しいだろう。中途半端に切ってしまったから。今度はきちんと切り落として、楽にさせてあげよう。
――そうしたら、その後、どうしようか。
死にかけのナマエを見てふとそう思った。
ナマエは男だ。栄養豊富な女の体とは違う。筋肉質で筋張った肉だろう。上背もあったからきっと骨も大きくて食べづらい。
だから、どうしようか。
ナマエは優秀だし、嫌がりはするだろうけれど、どうせ死んでしまうなら、いっそ、――
と、そう思った時。
突然のことだった。
乱雑に胸ぐらを掴まれ、ぐいと引っ張られる。けれどそれで動くのは引かれた俺ではなく引いたナマエで。
ナマエの口が俺の耳元に勢いよく近づいて、ナマエは囁いた。
「救ってみろよ」
息をのんだ。
驚いて、ああナマエ、本当は喋れたんだ。なんて的外れなことを考えた。
ナマエが、血だまりの上にバシャンと音を立てて再び倒れる。
ナマエは笑っていた。俺を嘲笑うように、俺の顔を見て、確かに笑った。嘲りは混ざっていたけれど、初めて見た笑顔だった。
「ナマエ……?」
ナマエは真っ赤な水溜まりの中心で事切れていた。まるで、「お前と同じになって堪るか」と言わんばかりに。
救ってみろよ
もう動く筈のない死体が、もう一度そう言った気がした。
『俺は万世極楽教の教祖だから。信者たちの想いを、血を、肉を。しっかりと受け止めて救済し高みへと導いてあげるんだ』
昔、ナマエに話した言葉を思い出す。ナマエは信仰心なんていじらしいものを持っているわけがなかったので、「うるせぇ」と言う風に睨まれてしまったけれど。
ナマエが藤の花 を食らっていたのは知っていた。初めて見たときは母に叩かれ過ぎて頭がおかしくなってしまったのかと思ったけれど。
鬼になって聞かずとも理解した、理由と影響。
ナマエの体はいつも藤の香りをさせていた。移ったのではなく、発していた。
そんなナマエの血をすすり、肉を喰らえばその影響は容易に想像できる。
……ただ、そうそう死まで行くことはないだろう。だってナマエが食っていたのは毒ではなくただの藤だったから。
――でも、そうだなぁ。
もしも『そう』なったら、――
ナマエの喉仏に歯を立てると、甘い藤の香りがした。
【例え地獄の底ででも、】
楽しい旅路となりましょう。
ナマエは可哀想な子だった。
まだ俺が年端もいかない童だった頃、父に手伝い役として連れられてきたのがナマエだった。
父曰く、道に倒れていたところを拾ってきたらしい。
だが、実際はどこかで手を出した女にできた子供なのだろうな、と幼いながらに思った。何故分かったかと言えば、ナマエは鋭い目付きさえしていたものの、それ以外は父によく似ていたからだった。
それは母の方もよく分かっていたのか、時々苛立ちを露にして狂ったようにナマエを叩いていた。
そんな母に対しナマエも、泣きも呻きも逃げもせずジロリと睨むばかりだったので、いつも俺が止める他なかった。
ナマエは十九年もの間俺の側で働いていたが、その間一度も笑顔を見せたことはなかった。
そもそもナマエはいつも不機嫌か、不満げに怒ったような顔をするばかりで、それが崩れたのはたったの三度だけ。
一度目は、中庭を燃やそうとした母を俺が止めたとき。
俺にとっては美しい草花があると気持ちが良いからというだけで、特に何か思い入れがあるわけではなかったのだけれど、藤の木の世話を一任されていたナマエはそうではなかったらしく。
まあ、その時のナマエの表情は喜びや尊敬ではなく、ただ理解のできないものを見る
二度目と三度目はどちらも驚きというか、怒りというか、悲しみというか。色んなものがない交ぜになった表情。
両親の死体の側に居る俺を見たときと、無惨様に血を与えられた直後の俺を見たとき。
この三度だけ。
それ以外はいつも口をへの字に曲げて目を据わらせてばかりで、口が利けないのも相まってナマエは無愛想だと評判だった。
そんなナマエを教祖である俺が側に置き続けたのは、ひとえに優秀だったからだ。
喋ることもできず、愛想も悪いのによくできるなぁと俺は思ったけれど、ナマエはその程度些細なことだと言わんばかりに黙々と働いていた。
ナマエの仕事はただの小間使いでしかなかった昔に比べ、今は教祖であり鬼でもある俺の世話から、諸事情で俺が対応できないときの代理、果ては日頃の中庭の管理までと比べ物にならないほど増えている。
信者の対応は教祖である俺がし、信者達の生活は信者達自身で協力して過ごしているとはいえ、その業務量を考えると中々のものだ。
俺もそれを可哀想に思って、新しく手伝いの子達をたまに入れてあげるのだけれど、ナマエは無愛想な上傲慢なところもあったからすぐにみんな『救い』を求めて俺の元へ来てしまって、困り者だった。
ナマエは「またやりやがったな」と言わんばかりに睨んでくるし。
まあ、何人か求めていない子達まで救済してしまった気がするけど、どうせ生きていても苦しいだけだったから。
「ねぇ、俺達は十九年も一緒に過ごしてきたじゃないか……。俺は悲しいよ、どうしてこんなことをしたの?」
ナマエ。
俺の目の前で、ナマエが倒れている。
可哀想に、傷口を抑えてなんとか出血を抑えようとしているけれど、頸動脈が切れたからもう助からない。どんどんと広がっていく真っ赤な水溜まりに膝をつけば、血を吸った袴がにわかに重くなった気がした。
ナマエはもう耳も聞こえてないのか、俺の言葉には反応せずか細い呼吸音を鳴らすだけだ。
「っ、ッ」
ごぽり、
ナマエの口から血が溢れ出す。確か脇腹も切っていたから、内蔵から血が逆流したのだろう。
一生懸命用意したのだろう毒とも呼べない液体は、俺の気分を悪くするだけで終わってしまった。離れた場所には折れた包丁が転がっている。
例え不意を突いても、ナマエではトドメを刺せない。殺し方も知らないのにこんな無謀なことをして、あまりにも愚かだ。
俺は分かりきっていた結末を見透かせなかったナマエが哀れで、ポロポロと涙をこぼした。
可哀想に、苦しいだろう。中途半端に切ってしまったから。今度はきちんと切り落として、楽にさせてあげよう。
――そうしたら、その後、どうしようか。
死にかけのナマエを見てふとそう思った。
ナマエは男だ。栄養豊富な女の体とは違う。筋肉質で筋張った肉だろう。上背もあったからきっと骨も大きくて食べづらい。
だから、どうしようか。
ナマエは優秀だし、嫌がりはするだろうけれど、どうせ死んでしまうなら、いっそ、――
と、そう思った時。
突然のことだった。
乱雑に胸ぐらを掴まれ、ぐいと引っ張られる。けれどそれで動くのは引かれた俺ではなく引いたナマエで。
ナマエの口が俺の耳元に勢いよく近づいて、ナマエは囁いた。
「救ってみろよ」
息をのんだ。
驚いて、ああナマエ、本当は喋れたんだ。なんて的外れなことを考えた。
ナマエが、血だまりの上にバシャンと音を立てて再び倒れる。
ナマエは笑っていた。俺を嘲笑うように、俺の顔を見て、確かに笑った。嘲りは混ざっていたけれど、初めて見た笑顔だった。
「ナマエ……?」
ナマエは真っ赤な水溜まりの中心で事切れていた。まるで、「お前と同じになって堪るか」と言わんばかりに。
救ってみろよ
もう動く筈のない死体が、もう一度そう言った気がした。
『俺は万世極楽教の教祖だから。信者たちの想いを、血を、肉を。しっかりと受け止めて救済し高みへと導いてあげるんだ』
昔、ナマエに話した言葉を思い出す。ナマエは信仰心なんていじらしいものを持っているわけがなかったので、「うるせぇ」と言う風に睨まれてしまったけれど。
ナマエが藤の
鬼になって聞かずとも理解した、理由と影響。
ナマエの体はいつも藤の香りをさせていた。移ったのではなく、発していた。
そんなナマエの血をすすり、肉を喰らえばその影響は容易に想像できる。
……ただ、そうそう死まで行くことはないだろう。だってナマエが食っていたのは毒ではなくただの藤だったから。
――でも、そうだなぁ。
もしも『そう』なったら、――
ナマエの喉仏に歯を立てると、甘い藤の香りがした。
【例え地獄の底ででも、】
楽しい旅路となりましょう。