【完結】冷たい地獄の底ならば(鬼滅)
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冷たい地獄の底ならば
幼い頃『万世極楽教』の前教祖に拾われ、下男として働いてきた。
衣食住の保証を対価に、他の小間使いと共に食事の用意をしたり、湯浴みや御髪を整える手伝いをしたり、信者の案内をしたり。
その立ち位置は前教祖とその奥方が死に、前教祖の息子であるアイツが教祖の座に就いたときも変わらず。
そのアイツが鬼となり、救いと称して信者を喰らい始めたときも、俺以外の小間使いが居なくなったときも、だ。
食事を用意する必要がなくなったり、掃除の手間が増えたりはしたけれど、やることはそんなに変わらない。
中庭に咲く藤の花を食む日常も変わらず。
何故藤の花を食むのかと問われれば、それしか知らないからと答える他ない。
一つ前の『俺』が読んでいた物語を、必死に手繰り寄せて生きる筋道を見出だした。
早くからここで過ごしていた俺に、鬼を殺す技術を教えてくれるような伝手はない。腕力には自信があるが喧嘩などしたこともないし。鬼を殺せる刀なんぞ当然持っているわけがない。
……最初は とんでもないところに連れてこられたから、少しでも生きる確率を上げたくて始めたことだった。
言ってしまえば半ばヤケみたいなものだ、これ食っとけば多分大丈夫きっと恐らく知らんけど、的な。
まあかと言って、鬼をも殺す毒を作っていた彼女のような、自分が今どれくらいの毒素を持っているか分かる学もないのだが。
そもそもの話、俺が食っているのは精製された『毒』ではなくただの藤なので、俺の血肉が毒となっているかの確証もない。
しかし、『万世極楽教』の施設内に藤の木が植わっていたのは、悲運ばかりの我が生で唯一の幸運だったと言えるだろう。前教祖の奥方……アイツの母親が突然藤の木を燃やそうとしたときは焦ったが、その蛮行を宥め止めさせたのがアイツだったというのは随分皮肉の効いた話だ。
しかしてこれまた不思議なことに、アイツは鬼になった後も藤の木を撤去することはなく、ただより本殿から遠くへと移動させただけだった。
鬼が忌み嫌う筈の藤をなぜ排除しようとしないのか俺にはてんで理解できなかったが、アイツは薄っぺらな笑みで微笑むだけだった。
訳が分からん。理解できないのは昔からだが。
ケッ、と内心毒づきながら、中庭の植物に水を撒く。
視界の端ではアイツの部屋へと向かう何人かの信者が蠢いていた。恐らく教祖サマに救ってもらいにいくのだろう。
敬虔で、そして哀れな信者達だ。『救い』が死とも知らないで、遠目からでも分かるほど幸せそうに笑っている。
誰が掃除すると思ってんだよ。アイツまた新入りの小間使い殺しやがって。
さっさと水やりを終えるため、水の滴る柄杓を乱雑に振った。
最初は、本当に生きる確率を上げるためだった。
イカれた未来の人殺しを世話することになったから。生きるために。それだけだった。
だが、今は、ただアイツを殺すためだけに藤の花を食んでいる。
別に、特筆してアイツが憎いというわけではない。
前世では好きなキャラクター殺すし、今世では勝手に人を可哀想にするし、無駄に仕事増やすし、価値観も考えも全然理解できないしで不愉快な奴ではあるものの、一応俺の雇い主として一定の信用はあった。憎悪の感情はない。かといって好きでもないけれど。
ただ一つだけ、もしも一つだけ好ましいところをあげるとすれば、アイツのことの他高い体温が好きだった。
人の心を持たず、人ならざる美しさを持って産まれてきたアイツの、唯一 人足らしめるその温もりに、ほんの少しの愛おしさを感じていた。
僅かに触れ合う一瞬に感じる温もりが好ましかった。
だが今は湯浴みをしても、温い血肉を啜っても、アイツの体が暖まることはない。
それが心底不快で、吐き気を催す程に嫌だったから、アイツを殺そうと思ったのだ。
折れたなまくらの包丁が遠くに転がっている。
藤の花を擂り潰して作った液体は、どうやらほとんど効かなかったらしい。やはり学もないのに彼女の真似をするのは無理だったか。
あーあ、とため息を吐こうとしたが、代わりに出たのは赤々とした血液だけだった。
不意を突いたと言うのに返り討ちに合い、不様に血を垂れ流す俺を見下げるアイツは、薄っぺらな涙をポロポロと溢し、眉を下げて哀れみの目を向けていた。
嗚呼、クソったれ。俺をその目で見るな。
哀れな信者達に向けるソレと、おんなじ目。一番嫌いな目。不愉快な目。
しょっちゅうそんな目で俺を見てきやがって。ふざけんな。お前よりマシだ。
もはや沸く血も残っていないだろうに、怒りがふつふつと沸き立った。最期の執念でアイツの胸ぐらを掴み、耳元で呟いてやる。
「――――――」
もう音も聞こえないと言うのに、アイツの息を飲む音が聞こえた気がした。
ざまをみろ。
これでお前は俺を喰うだろう。
藤の花も、葉も種も木の皮さえも 食らってきたこの体を。
俺を喰って、崇高な教義と救済の元に死んじまえ、お前なんか。
手前勝手なのは分かっている。これに正義や道理の文字はない。
そもそも、アイツの『救済』を三年も黙認していた奴にあらぬ期待を寄せることの方が馬鹿らしい。地獄行きは承知の上だ。
言ってしまえばアイツの、童のような体温を再び感じたい。取り戻したい。それだけの、馬鹿らしい自己中心的で独善的な望み。そんなことのために命を消費すること等、我ながら正気の沙汰ではないのだろう。
ただ、そうして思い描いた企ての通りにアイツが死に、共に冷たく暗い地獄の底へと堕ちられたなら――人ならざる死人のような体温も、少しは温く感じられることだろう。
【冷たい地獄の底ならば、】
少しは温くなりましょう。
幼い頃『万世極楽教』の前教祖に拾われ、下男として働いてきた。
衣食住の保証を対価に、他の小間使いと共に食事の用意をしたり、湯浴みや御髪を整える手伝いをしたり、信者の案内をしたり。
その立ち位置は前教祖とその奥方が死に、前教祖の息子であるアイツが教祖の座に就いたときも変わらず。
そのアイツが鬼となり、救いと称して信者を喰らい始めたときも、俺以外の小間使いが居なくなったときも、だ。
食事を用意する必要がなくなったり、掃除の手間が増えたりはしたけれど、やることはそんなに変わらない。
中庭に咲く藤の花を食む日常も変わらず。
何故藤の花を食むのかと問われれば、それしか知らないからと答える他ない。
一つ前の『俺』が読んでいた物語を、必死に手繰り寄せて生きる筋道を見出だした。
早くからここで過ごしていた俺に、鬼を殺す技術を教えてくれるような伝手はない。腕力には自信があるが喧嘩などしたこともないし。鬼を殺せる刀なんぞ当然持っているわけがない。
……
言ってしまえば半ばヤケみたいなものだ、これ食っとけば多分大丈夫きっと恐らく知らんけど、的な。
まあかと言って、鬼をも殺す毒を作っていた彼女のような、自分が今どれくらいの毒素を持っているか分かる学もないのだが。
そもそもの話、俺が食っているのは精製された『毒』ではなくただの藤なので、俺の血肉が毒となっているかの確証もない。
しかし、『万世極楽教』の施設内に藤の木が植わっていたのは、悲運ばかりの我が生で唯一の幸運だったと言えるだろう。前教祖の奥方……アイツの母親が突然藤の木を燃やそうとしたときは焦ったが、その蛮行を宥め止めさせたのがアイツだったというのは随分皮肉の効いた話だ。
しかしてこれまた不思議なことに、アイツは鬼になった後も藤の木を撤去することはなく、ただより本殿から遠くへと移動させただけだった。
鬼が忌み嫌う筈の藤をなぜ排除しようとしないのか俺にはてんで理解できなかったが、アイツは薄っぺらな笑みで微笑むだけだった。
訳が分からん。理解できないのは昔からだが。
ケッ、と内心毒づきながら、中庭の植物に水を撒く。
視界の端ではアイツの部屋へと向かう何人かの信者が蠢いていた。恐らく教祖サマに救ってもらいにいくのだろう。
敬虔で、そして哀れな信者達だ。『救い』が死とも知らないで、遠目からでも分かるほど幸せそうに笑っている。
誰が掃除すると思ってんだよ。アイツまた新入りの小間使い殺しやがって。
さっさと水やりを終えるため、水の滴る柄杓を乱雑に振った。
最初は、本当に生きる確率を上げるためだった。
イカれた未来の人殺しを世話することになったから。生きるために。それだけだった。
だが、今は、ただアイツを殺すためだけに藤の花を食んでいる。
別に、特筆してアイツが憎いというわけではない。
前世では好きなキャラクター殺すし、今世では勝手に人を可哀想にするし、無駄に仕事増やすし、価値観も考えも全然理解できないしで不愉快な奴ではあるものの、一応俺の雇い主として一定の信用はあった。憎悪の感情はない。かといって好きでもないけれど。
ただ一つだけ、もしも一つだけ好ましいところをあげるとすれば、アイツのことの他高い体温が好きだった。
人の心を持たず、人ならざる美しさを持って産まれてきたアイツの、唯一 人足らしめるその温もりに、ほんの少しの愛おしさを感じていた。
僅かに触れ合う一瞬に感じる温もりが好ましかった。
だが今は湯浴みをしても、温い血肉を啜っても、アイツの体が暖まることはない。
それが心底不快で、吐き気を催す程に嫌だったから、アイツを殺そうと思ったのだ。
折れたなまくらの包丁が遠くに転がっている。
藤の花を擂り潰して作った液体は、どうやらほとんど効かなかったらしい。やはり学もないのに彼女の真似をするのは無理だったか。
あーあ、とため息を吐こうとしたが、代わりに出たのは赤々とした血液だけだった。
不意を突いたと言うのに返り討ちに合い、不様に血を垂れ流す俺を見下げるアイツは、薄っぺらな涙をポロポロと溢し、眉を下げて哀れみの目を向けていた。
嗚呼、クソったれ。俺をその目で見るな。
哀れな信者達に向けるソレと、おんなじ目。一番嫌いな目。不愉快な目。
しょっちゅうそんな目で俺を見てきやがって。ふざけんな。お前よりマシだ。
もはや沸く血も残っていないだろうに、怒りがふつふつと沸き立った。最期の執念でアイツの胸ぐらを掴み、耳元で呟いてやる。
「――――――」
もう音も聞こえないと言うのに、アイツの息を飲む音が聞こえた気がした。
ざまをみろ。
これでお前は俺を喰うだろう。
藤の花も、
俺を喰って、崇高な教義と救済の元に死んじまえ、お前なんか。
手前勝手なのは分かっている。これに正義や道理の文字はない。
そもそも、アイツの『救済』を三年も黙認していた奴にあらぬ期待を寄せることの方が馬鹿らしい。地獄行きは承知の上だ。
言ってしまえばアイツの、童のような体温を再び感じたい。取り戻したい。それだけの、馬鹿らしい自己中心的で独善的な望み。そんなことのために命を消費すること等、我ながら正気の沙汰ではないのだろう。
ただ、そうして思い描いた企ての通りにアイツが死に、共に冷たく暗い地獄の底へと堕ちられたなら――人ならざる死人のような体温も、少しは温く感じられることだろう。
【冷たい地獄の底ならば、】
少しは温くなりましょう。
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