【完結】何でもないある日の話(鬼滅)
名前
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人喰い鬼を狩る力を有した剣士、そしてその剣士を支える者たちが集った、政府非公認の組織。
剣士を支える者達の役割はそれぞれあれど、剣士の役割はただ一つ。彼らの刀に刻まれた『悪鬼滅殺』の言葉の通り、悪鬼を滅殺することに他ならない。
そして今宵もまた、宵闇の中剣士達は鬼の頸を切る。災厄を祓う、その時まで。
と、仰々しく語りはしたが、この話に鬼は出てこないし、戦うような場面もない。
この話はただただ穏やかな、何でもない或る日の、平和なお話。
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時は昼前。
ある男が店でうどんを注文した。
「月見うどん一つ……」
彼の名は村田。階級『
夜通し鬼殺の任務で動きっぱなしだった彼は、強い陽光に目をシパシパさせながらうどんをすすり、報告に飛んだ鴉の帰りを待っていた。
そんな彼に近づく者が一人。
「村田せんぱーいっ!」
名は明原。階級『庚』になったばかりの、炎の呼吸を使う鬼殺隊の剣士である。
にこにこと輝くような笑みを湛えながら、それはそれは上機嫌にかけよって来る。
「げっ」
「可愛い後輩にげとは何ですか。」
嫌な予感に村田が思わず溢した声に、明原が唇を突き出して文句を飛ばす。が、それも仕方がないもので、大抵明原がかけよって来るときは飯をたかりに来るか、面倒くさく絡んで来るかの二択であることを村田は身に沁みて理解していた。
「今までの行動を鑑みてくれ……」
「現在を生きる剣士なのでちょっと何をおっしゃっているのか。山かけうどん一つ~!」
「流れるように頼むなよ!」
鬼殺隊の給金は命をかける分高いので村田の財布にはうどん一杯くらい痛手でも何でももないが、同じくらい金を貰ってる奴が当然のようにたかりに来るのはやはり癪に触るというもの。
いつもは何だかんだで流されて払わされるが、今回ばかりはビシッと言ってやる! と村田は決意していた。
「まあまあ、今日は自分で払いますって。何なら菓子でも奢りますよ。」
「……!?……!!?」
「後輩の優しさに普通そんな顔します?」
しかしそんな決意もむなしく、明原から出た言葉はいつもとは全く違っていた。あんまりにも違っていたので村田は偽物か何かと疑ったが、すぐさま飛んできた減らず口にあっこいつ明原だと一人納得した。
「……何企んでるんだ?ま、まさか後で高級料理でも奢らせる気か!?」
「失礼な!明原ほど純粋で無垢な人間はそんなことしませんよ。優しい先輩にいつものお礼をしようかと。」
「やっぱり偽物だなお前!!俺を騙そうったってそうはいかないぞ!!」
「ンなわけないでしょ!!村田先輩は馬鹿なんですか!?」
村田が逃げるようにがたんと音を立てて立ち上がれば、明原もがたんと音を立てて立ち上がる。
戦いの狼煙があげられる――直前で、「あのぅ……」と申し訳なさそうな女将の声が響く。
「山かけうどん……お持ちしました。それと、他のお客様も居りますので……」
「「し、失礼しました!!」」
狼煙の炎は水をぶっかけられたかのように消え去り、村田と明原は二人一緒になって顔を真っ赤にしながら平謝りをすることになった。
謝罪も終わり、明原が少しだけぶすくれながらちゅるちゅるとうどんをすする。村田は横目でそれを眺め、出汁を飲み終わるのを見計らって口を開いた。
「それで、今日は本当にどうしたんだ?何か悩みごとか?」
明原は目をぱちくりとさせ、ゆっくりとお茶を飲んでからポツリと呟いた。
「……妹弟子ができたそうなんです。」
「へっ?あ、ああ、育手の、」
「会ってみたいのですが、中々仕事が忙しくて。」
たっぷり間を取った割に、出てきたのは妹弟子。
鬼殺隊を辞めたいとか隠に転向するといった話を予想していた村田は呆気にとられてしまった。村田は鬼殺隊の剣士となって長い方で、それこそ辞める奴はそこそこ見てきた。今日の明原の様子はそいつらにどこか似ているように村田には見え……。
「なので、変わりに村田先輩、女装してくれません?」
「何っでだよ!!!」
「えっ!?駄目なんですか!?」
「駄目に決まってるだろ!!むしろ何で行けると思ったんだよ!!俺の心配を返せ!!」
「チッ……」
「舌打ち!!!」
ギャンギャンとまた言い争いが始まりそうになったところで、また「あのぅ……」という申し訳なさそうな女将の声が響く。
あっと思った頃にはもう遅く、村田と明原は瞬きをする間もなく店の外に放り出された。お代はいつの間にか回収されている辺り、いつの世も女将は強いのである。
「……今のは村田先輩のせいですよ」
「う……すま、ってお前が変なこと言い出すからだろ!!」
「まあそうカッカせずに。」
「誰のせいだ!!誰の!!」
「仕事のせいですよ仕事の。」
相変わらず口の減らない。明原とはそういう奴である。
そしてそんな明原にうざったるく絡まれても嫌いにはなれない。村田とはそういう男である。
「村田先輩、村田先輩。」
「何だ!!」
「菓子屋に行きません?」
へっ?
村田の口から間抜けな声が溢れる。村田の呆け顔に明原はぷぷっと吹き出した後、「店の中で言ったでしょ、優しい後輩が奢ってあげますよ!」とさっさか足を動かし始めた。明原の羽織が歩みと共にゆらゆらと揺れる。
「どうせ村田先輩も鴉が報告から帰るのを待ってる口でしょ?なら暇人同士仲良くしましょうよ。」
にひひと悪戯っ子のような明原の笑みを見て、村田は一つ溜め息を吐いてから、「分かったから急かすな!」と返した。
が、それは途中で、甲高い鴉の声に遮られる。明原の鎹鴉だ。
「あー……、もう暇じゃなくなっちゃいました。残念ですがまた今度ですね。」
「……そうだな。」
鎹鴉は明原が差し出した腕に止まった後、ぽそぽそと明原の耳元に仕事の通達を囁いていた。明原の鎹鴉は恥ずかしがり屋なのである。
明原が鎹鴉に相槌を打つのを眺めながら、村田は鎹鴉は大抵当人に似てるか相性のいい奴が選ばれる……ということは明原が実は恥ずかしがりな可能性が……?という割とどうでもいいことを考えていた。
「……何ですかその気持ち悪い表情」
「いや、ないな。」
「は?」
明原が侮蔑するような視線を村田に向ける。一方村田はいつもの明原を感じて安堵していた。それでいいのか村田。
「なあ、明原。」
「何ですか、村田先輩。」
明原がふ、と微笑みながら村田に視線を向ける。村田は不自然にグッ、と口を引き締めた後、真っ直ぐに明原を見つめながら口を開いた。
「それが終わったら、今度こそ菓子屋に行こう!その時は俺も何か買ってやる!」
「……じゃあ、〝きゃらめる〟と〝ちょこれいと〟買ってください。」
「わざわざ高い洋菓子を!!」
「もう言質取りましたー!」
「こいつっ……!!まあいいけど、約束したんだからちゃんと守れよな!!」
言外に、生きて帰って来いという村田の言葉に明原は少しだけ呆けた後、いつものように減らず口を叩く。
「それはこっちの台詞ですって。
何たって明原は駆け足で階級上げてってますから? 山だろうが何だろうが、ババンと活躍して村田先輩に敬語使わせてやりますよ!」
「山?」
いつもなら、お前は本当に口の減らない奴だな!と叫ぶ筈の村田が明原の言葉をなぞる。
明原はいつもなら突っ込む筈の村田に疑問符を浮かべながらも、ええ、そうですよ、と答えた。
「ここから北北東の、
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